CODE29 決戦(3)

「おばあちゃんっ!」

 ぼくは、起き上がると耳に突っ込まれていたイヤフォンを引き抜いた。

 それまで流れていた古くさいロックが消えると同時に、周りの状況が分かってきた。


 ここは、地下室――か。

 急いで辺りを見回す。

 と、すぐ隣に、パーカーを着た美しい顔の男がいた。


「まだ夢を見てるんじゃないのか?」

「え。何?」

「まだ、分かんないのか? バカ! 元キング!」

 状況をつかめないでいるぼくに、男が唇をとがらして言った。


「そのしゃべり方、ひょっとして……?」

「やっと、分かったか。ムサシボーだよ」

「マジか?」

 ぼくはその男を呆然として見た。ゲームのキャラクターと異なるその見た目に、全く実感がわかない。


「マジ、マジ。さっきすれ違ったんだが、分からないか?」

「いや、確か……ケーブルテレビの車の所ですれ違ったよな。そうか、お前がムサシボーだったんだな。助かったぜ。あのクソロックのおかげで」

 ぼくは床に落ちるイヤフォンを見て言った。

「だろ? クリムゾンはやっぱ偉大だぜ。それに、LODDのプレーヤーにも助かっただろ?」

 ムサシボーの指す方向に四つん這いになった巨大な魔神がいた。


 見た目にも分かるほど、動きに勢いがなくなっている。無数のLODDのプレーヤーが戦っているせいなのか――。魔人の背中から伸びている巨大な触手をプレーヤーたちが削っていた。


「LODDのサーバーと繋いだって、本当なんだな? 特戦研って何者なんだ?」

「聞いてないのか? 表向きはNPO法人だが、実際は重電や重機、航空機製造、造船なんかの軍需産業と自衛隊が協力して設立した秘密組織なんだ。実はおれも世話になってる」


「なにがあって、そうなるんだよ?」

「それは、おいおい説明するけどさ、ずっと、監視用のプログラムやキクチに付けていたモニターカメラを通して見守ってたんだぜ」

 ムサシボーが髪を掻き上げながら言った。


「プログラム?」

「お前にあげただろ。剣のパワーアップアイテム」

「あれが?」

「ああ」

 ムサシボーは得意げに言うと、ぼくの肩を叩いてある方向を指し示した。


「あそこに、ぼくを特戦研に誘い込んだ張本人がいるよ。」

 たくさんのLODDのプレーヤーに混じって、菊池が闘っている。片手にあのナイフを、片手には銃を持っている。

「なぜ、銃があいつらに効くんだ?」

「ナイフと一緒だ。弾から、あいつらの苦手な音波を出すようになってる!」

 ムサシボーが大声で答えると、菊池がこっちを振り向いた。


「菊池さん! 大丈夫だったんですか?」

「ええ。丈夫なだけが取り柄なんで」

「よかった……」

 ぼくは一緒に死線を乗り越えた戦友が生きていたことを喜んだ。


「そんな風に言ってもらえて嬉しいです」

 菊池がにっこり笑って、何か決心したような顔になった。

「こんな時に言うのも何ですが、実は私もLODDのプレイヤーなんです」

「え? 知ってる人?」

 菊池の言葉を聞いてぼくは飛び上がった。


「ええ。『キク』が私のハンドルネームなんですが……」

「は? マジ? キク!」

 驚くぼくに、キクが控えめに笑顔を作りながらうなずいた。

「久しぶり! っ……ていうか、何でさっきは言わなかったんだよ?」


「すんません。言うなって命令されてて……でも、もういいです。ここを乗り切らなきゃ大変なことになるかもしれないって時に、隠しごとしてる場合じゃないっすから」

「そりゃ、そうだ」

 ぼくは、笑いながらキクの肩を叩いた。


「それは、そうと、あれって?」

 ぼくは、目をこすりながら、すぐそこで闘っている男の人を指さした。

「ええ、察しのとおり……。あれは加納博士です」

 あの加納博士が、鎧を纏い、薙刀を振り回して闘っている。それは、何かの冗談のように思える光景だった。


 キクが顎で指す方向を見ると、ムサシボーがゲームコントローラーを操っていた。博士が旋風のように舞いながら、触手に付いている化け物を切り伏せていく。加納博士が、あの母親の言っていた戦士だったのだ。


「ケイタ、派手にイクぜ! こいつはストーム・ブリンガー。相手の魂を喰らう巨大な黒い剣の名前から取ったんだ!」

 ムサシボーが叫ぶと、加納博士の周りに風が巻き起こり、見覚えのあるパーツが加納博士に貼り付いていった。博士が見る見るうちに、あの継ぎ接ぎだらけのモンスターの中に埋もれていく。


 モンスターは、轟くような吠え声を上げ、触手を蹴散らすと、無数に降ってくる魔神の触手と組み合った。確か、魔神に襲われて助けられた時に付いていた顔は、ムサシボーの顔だったはずだが、今は博士の顔が付いている。シュールとしか言い様がなかった。


「全く何でもありだな。本当に信じられないことばかりだ……」

 ぼくは、自分に言い聞かせるように、そう言うと、剣をベルトに刺し、四つん這いになった。


「だけど、まあ、これが一番信じられないことかもな」

 口を大きく開き、宙に向かって大きな声で吠える。体中に毛が生え、筋肉が隆々と盛り上がった。背中が大きく曲がり、体が、獣へと変化していく。マーク1と完全に一体化し、マーク2の一部を取り込んだぼくの今の力だった。


 キクがすぐ横で口笛を吹いた

 ぼくはニヤリと笑うと、大きく宙に跳び上がり、体を回転させながら、魔神の元へと飛び込んでいった。

 LODDのプレイヤーやムサシボーの操るモンスターが、巨大な魔神の体を削っていくのが眼下に見えた。

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