CODE12 ミサの秘密(3)

「ミサ! 何か知っているのか?」

 ミサはぼくの質問に答えず、黙ってぼくの目を見た。

 しばらく無言が続いた。強い風が吹き、ミサとぼくの間に壊れたバケツが転がってきて通り過ぎていった。


「ケイタ、今、この世界に自分自身がいることを気づいている?」

 ミサの言葉に促されるように自分の顔を、触った。指と顔の皮膚に感触がある。ゲームのアイテムであるはずの剣についても、重さや硬さを感じた。


 なぜ、今まで、気づかなかったのか……。いや、気づいていたのに、気づかないようにしていたのかもしれない。確かに、ゲームを始めて記憶もないし、そもそもコントローラーの操作なんかしていないのだ。これまで、どこか焦点を結んでいなかった意識が覚醒し、ぼくは現実を直視していた。


「正直、あなたを巻き込むべきか迷ってる」

 ミサの声音が震えた。

「何のことだ? 知っていることがあれば教えてほしい」

「でも、死ぬかもしれない……私には分かっていた。あなたが特別だってことが……。だから、呼んだのよ。この世界に。だけど、迷ってる……」


「呼んだってどういうことだ?」

「今から、全部説明するわ。その上で考えてほしい。ここまでで止めてもいいの。私に付き合う必要はないのだから……」


「分かった。そうする。危なくなったら逃げる。だからミサの知っていることを全部教えてほしい」

 ぼくは思ってもいないことを敢えて口にした。ミサにどこまでもついて行く覚悟はあったから。それに、ミサの知っていることは自分の秘密に繋がることなのかもしれなかったからだ。


「じゃ、目をつぶって。そして、耳に神経を集中して」

「え?」

「お願い。言うとおりにして」

 その真剣な声に、ぼくは慌てて目をつぶった。訳も分からず、言われるがまま、耳に神経を集中する。やがて、ファックスを流すときのようなデジタル音が流れてきた。


 突然、足下にあった床の感覚がなくなり、空中に浮かんでいるような感覚に陥った。前後、上下が全く分からない。戸惑っていると、体が落ち始めた。その物凄いスピードにぼくは息を呑んだ。

 しばらくして、体が落ちていく感覚が止まった。


「目を開いて」

 ミサに促され、ゆっくり目を開くと、そこは上下左右、見渡す限り何もない真っ青な空間だった。傍らにほっそりとした白い肌の少女が浮かんでいる。薄いピンク色のパジャマを着た少女は、まるでほのかに光っているかのようだった。


 目と目が合った瞬間、心臓が高鳴るような衝撃が奔った。黒く長い髪は、柔らかく空間になびき、大きな瞳は、少し茶色ががっていて美しかった。先ほどまでのゲームのキャラクターの面影が少しだけあったが、これほど、可憐という言葉が似合う女の子を、ぼくは見たことがなかった。


「ミサなのか?」

「うん」

 ぼくはミサの大きな瞳から、苦労して自分の目を離しながらうなずいた。

「どうしたの?」

「い、いや、あの」


「ふふ。どんな感覚? 生身で飛ぶのは?」

 戸惑っていると、想像もしていなかったことを訊かれた。

「ん? どういうこと?」

 空中に浮かんでいることを自覚した途端に体が傾く。


「お……う、うゎ」

 一気に体一つ分程、下へ落ちた。ミサの伸ばした手にしがみつきながら、自分自身の体でここにいることに気付く。

「ここは、ゲームの中なのか? それにミサも本人って……」


「ここはゲームの中じゃ無いわ。いわば、仮想空間ね。そして、あなたの脳は、直接ここへアクセスしているのよ」

「いや、意味が……」

 ぼくは頭をかき、首をひねった。


「さっき、LODDの中でも、そうだったのよ。だから、自分自身の姿でここにいるの」

 ミサが笑った。ぼくは慌てて、自分の手足を見た。確かに部屋で着ていた服だ。

「ひょっとして、ずっと、ぼく自身の姿を見てるってこと?」

「うん」

「へ、変?」


「ううん。思ったよりも男前で安心した」

 顔が一気に赤くなり、にやけるのが分かった。お愛想だと思ったが、やはり褒められるのは嬉しい。

「えへへ。ところで、ケイタ。あなたが、その悪夢を見た時ってゲーム機の電源を切っていなかったんじゃない?」


「言われてみれば……」

「それが、秘密なんだな。魔神はゲーム機を使ってあなたにあの夢を見せているのよ」

「え?」

「その時も、自分自身の体でモンスターや魔神と戦ったんでしょ?」

「確かにそうだけど」

 ぼくは半信半疑でうなずく。


「ゲーム機のスピーカーから出る音を使ってあなたに幻覚を見せているの。デジタル信号って1か0。どんなに複雑な音楽や動画ゲームでも、データそのものは1か0の組み合わせで決まるの。ファックスの音って聴いたことある? あのピーガ、ガーっていう音」

「それは、もちろんあるさ」


「そのデジタル音で、あなたの脳に直接データを送り込んでいるのよ」

「え? だけど……、それは、いわば幻覚なんだよね?」

「少し違うわ。脳の様々な感覚を感じる部分に直接データを送り込んで、現実として認識させているのよ」


「マジ、か……」

 にわかには信じがたい事実だった。

「実感が追いつかないよね。まあ、ホントはもっと複雑なんだと思うけど、大体合ってるはずよ。受け入れるしかないんじゃない? 現実ってやつを、さ」

 ミサが立てた人差し指を左右に揺らしながら言った。


「まあ、そうかもな」

 ぼくは苦笑いしてうなずいた。

「だけど、もう一つ疑問がある。ミサも魔神と同じ方法でぼくをここに連れてきたってことだろ? なぜ、そんなことができるんだ?」


 その時、突然、体が下にずり落ちた。ミサが慌ててぼくの手を強く引っ張り上げる。足下の空間は底なしのように見えた。

「ほら。ここで飛べることを忘れてる! 本当に落ちていってしまったら、現実の体にどんな悪影響があるか分からないわよ」


 ミサの言葉を聞いて冷や汗が流れた。

「今から、あなたの疑問に答えるわ。でも、私の連れて行くところに、一緒に飛んできてもらわなきゃいけないの。そうじゃないと、あなたの知りたい私や魔神の秘密は分からないわよ」


「わかった。がんばるよ」

「ここで移動するためには飛んでいくの。それが私の作ったルール」

 手足をばたつかせるぼくを見て、ミサは笑った。


「じゃ、行こうか」

 ミサはそう言うと、浮かんだまま、すいと、横に動いた。バレリーナのように回ると、背中を向けて飛んでいく。ぼくは慌てて、両手、両足を動かし、必死でついていった。

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