CODE7 ミサの秘密(1)

 目を開いて最初に目に入ったのは、蛍光灯の側に染みのある自分の部屋の天井だった。

 カーテンの隙間から朝日が射し込み、壁を照らしている。

 けたたましく鳴り響く目覚まし時計の頭を叩き、ベルが鳴るのを止めた。

 手がぶるぶると震え、汗で手のひらが濡れていた。


 たまたま、目覚まし時計をセットしていたおかげで助かったのか!? 耳から聞こえた音が実体化するなんて……あれが単純な夢だったとはぼくには到底思えなかった。

 ふと、GGS6の方を見ると、電源がオンのままになっていることに気付き、ベッドを降りる。ほうっておいても、スリープ状態になるはずなのに、入りっぱなしになっていることに違和感を感じつつ、惰性で電源を落とした。


 静かになった部屋に、秒針の時を刻む音が響いた。

 喉が、からからに乾いていた。

 手足に目をやると、右手と左足に、大きな青紫の痣ができている。右足首にも小さな痣があった。どちらも、モンスターに噛まれたところだった。


 絶対にただの夢じゃない。つい先日見た悪夢と同じだった。

「おい、お前いるんだろ? 返事しろよ?」

 頭をかきむしりながら、頭の中の声に向かって呼びかける。だが、全く反応は無かった。


「くそ……」

 ため息をつくと、ベッドの上で膝を抱える。膝が震えているのが自分でも分かった。Tシャツは汗でぐっしょりと濡れ、心臓の鼓動も早い。

 煙の魔神? キサキ? あの巨大なモンスターは? 頭の中から聞こえる不思議な声は? 恐怖と疑問が、入り混じって頭をかき回した。


 訳の分からない、しかし、自分には身に覚えのない因縁がある化け物。煙の魔人と名乗るそいつは、有無を言わさずに襲ってくる。

 逃げようと思っても、逃げ切れるはずがない。次に眠った時も、また、襲われる可能性がある。今回はたまたま逃げ切ったが、次はどうなるか分からなかった。


 ぼくは、のろのろと立ち上がりドアを開けると、階段を降りた。

 キッチンで冷蔵庫を開け、牛乳パックを口に付けるとそのまま、渇いた喉に流し込む。


 口元からあふれ、筋を作った牛乳を手の甲でぬぐい取った。

 テーブルにあった食パンをそのまま貪るようにかじる。食欲があるわけではなかった。ただ、ただ、食べ物を体に入れていく。

「うぐっ」

 急に我に返ったかのように、吐き気をもよおした。


 ぼくは口を押さえ、上がってきた食べ物を無理矢理飲み込んだ。

 ダン! と音を立て、テーブルを拳で打ち据えた。

 恐怖に必死に抵抗しようとするが、体と頭が言うことをきかなかった。再び、心臓が大きく鳴りはじめ、目の前がぐるぐると回る。


 ぼくはやっとのことで部屋に帰ると、ベッドの上で再び膝を抱えた。

 胸のペンダントを握りしめ、おばあちゃんのことを思い出して落ち着こうとするが、今回に限っては、明確なイメージが浮かばない。


 モヤモヤとする頭の中に、突然ミサの声が浮かんだ。

「やっぱ、運命?」「ははは、照れるぜ、ケイタ」

 ミサに会って、相談したい。そう思ったが、悪夢の中にあふれ出てきたLODDのモンスターや煙の魔神への恐怖が勝った。

 どうしても、GGS6の電源スイッチを入れる気にはならなかった。



 ――夕方になり、夜になった。

 母が帰り、父が帰ってきたのが分かった。何回か部屋のドアをノックされたが、無視した。相談しても何にもならない。病院でも勧められるのがオチだった。

 時間が経つと、ぼくは少しだけ落ち着き、そして冷静になっていた。

 台所からくすねてきたインスタントコーヒーを飲みながら、頭の中で事実や情報を整理していく。


 全く記憶がないし、荒唐無稽な想像になるのだが、煙の魔神によると、彼とぼくの間では、過去に殺し合うようなことがあったらしい。

 現実的に考えればあり得ないことなのだが、今の非現実的な状況に照らし合わせると、どうやらそれは間違いのない事実のようだった。

 恐らく何らかの事情で、ぼくはそのことを忘れているのだ。


 そして、ぼくの頭の中で呼びかけてくるあの不思議な声。

 あいつは、自分とぼくは同じだと言った。この頭の中に、あいつはいて、ぼくの忘れている煙の魔神との因縁を知っているのではないか――。冷静になると、そうだとしか思えなかった。


 それから、キサキという謎の言葉。

 それにぼくは会っているらしい。論理的に言って、キサキが人なのであれば、それはミサに違いない。ぼくが会っている新しい人間はミサしかいないからだ。


 分かっていることはこの三つだけ、それは、現時点では何も分かっていないということと同じだった。やはり、ミサに会って話をするしかないのか――。

 ぼくは、テレビから流れてくる深夜番組を眺めながら、ため息をついた。

 やがて、テレビ番組は終わり、ザーッという音がテレビから響いてきた。


 ずっと座っているのにも疲れてきて、ぼくはベッドに寝転がった。

 眠ってしまうと、あの悪夢の世界に引きずりこまれそうだったが、体の疲れにどうしても抵抗できない。


 眠らなければいいんだ。そう思いながら、ぼくは仰向けになって、天井を見た。白い天井にある染みを眺めていると、断続的に強い眠気が襲ってくる。

 あくびが出て、目の前の天井がぼうっとして来る。

 ぼくは朦朧とする意識の中で、ファックス音のような音を聞いたような気がした。

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