CODE19 二人の研究者(3)
目の前に、藤田博士の3D映像が立っていた。光の線で描かれた博士の姿がぼくを現実に引き戻した。
「あれは……あの化け物のような虫は……、煙の魔神なんですか?」
「おそらくは、そうだ。奴の体を君が食べたように見えたが、やはり魔神とマーク1とは、互いに殺し合った因縁の相手というところなのか……」
確かに、そうかもしれない。
「マーク1! 返事してくれ」
今なら呼びかけに答えてくれそうな気がしたのだが、何の返答もなかった。
「あの音の結界……。ぼくに幻覚を見せるあの音がないと、話ができないって言ってたんです」
力を落として、そう言う僕の肩に、博士が手を置いた。
「そうか。だが、この場所なら、違うアクセスの方法があるよ」
「どういうことですか?」
博士はぼくの後ろに回った。そして、すぐに首筋に何かが刺さった。心の奥底だというこの場所で、それはおかしな表現だったが、そうとしか言いようがない。何かが、首筋に突き刺さり、より深いところを探られているような――そんな感覚だった。
「何をしてるんですか?」
「今の君は心の深い部分にある君自身。そして更に奥底に、マーク1がいる。今、それを探っているのだ」
突然、ぼくの周囲に画像の帯が広がった。まるで映画のフィルムのように見えるそれが、回転しながらいきなり頭を貫通した。先ほど見たジャングルでのサバイバルの日々がコマ送りのように眼前を通り過ぎていく。
今までとは異なる映像が流れ始めた。切り結ぶ剣から放たれる火花、大きく口を開くLODDのモンスター、そして体に絡みつく煙の魔神――。
「これは?」
「今の君の記憶だ」
博士がそう言うと同時に、ぼくの体があの醜悪な虫の姿に戻っていった。そして、煙の魔神を構成する微細なアルファベットと数字の粒子が体の周りを回った。
イ、キ、ロ――。コ、ロ、セ。
頭の中で、無機質な音声が繰り返される。それは、マーク2に刻まれたプログラムコードだった。同じものが、ぼくの中にもあるのだ。
煙の魔神は、学校で疎外され続けてきたぼくや、生き抜くことを義務づけられたマーク1と同じだった。
生き残り続けること。それが奴の望みなのだ。思考が単純化され、ぼく自身の中にある生存本能が、シンプルに鋭敏化されていく。
「あ、ア、お、オイ……お、オレに触ロウトスルノハ、誰ダ?」
自分の口から、頭の中で鳴るあの声が、溢れるように出てきた。それは自分の奥深くから込み上げてくるようにぼくの口をこじ開けた。
「やっと、会えたか? マーク1だな?」
「無理矢理カ? 余リ、イイ趣味デハナイナ」
藤田博士に向かって、マーク1がそう言った。
*
「何カ、訊キタイコトガ、アルンダロ?」
不機嫌そうにマーク1が言った。
「無礼なのは許してくれたまえ……。姿は見せてもらえないのかな?」
「オレト、ケイタハ、一心同体ナノサ。ダカラ、ケイタノ姿ガ、オレノ姿ダ」
「そうか。それなら、なぜ、椎名君の呼びかけに応えないんだ?」
「アノ音ノ結界ノ中ジャナイト、上手ク話セナイノサ。ケイタモ言ッタト思ウガナ」
「だが、今は話せるじゃないか?」
マーク1の素っ気ない答えに博士が苦笑いする。
「オ前ガ繋ゲタンダ。コノ、ケイタノ脳ノ奥底デナ。ココハ、イワユル深層意識。オ互イノ自我ガ、完全ニ独立シテ存在スル場所ダカラコソ、ツナガッタトモ言エル」
「ここより、上の階層では混じり合うと?」
「マア、ソンナ感ジダ。ダガ、ケイタトオレハ、今、完全ニ独立シテイルシ、完全ニツナガッテイル」
「博士、大丈夫です。マーク1の記憶も、力も、考えていることも、全てが分かります」
ぼくの言葉に、博士が満足そうにうなずいた。
「君とマーク2、いや煙の魔神は、やはり殺し合った仲なんだな?」
「訊カナクテモ、オ前モ見タンダロ?」
「ああ、さっき、見させてもらったよ。それじゃあ、念のため確認だが、マーク2……いや、煙の魔神は、マーク1である椎名君を殺そうと狙っているということでいいんだね?」
「アア、ソウダ」
「それじゃあ、これは……分かれば、でいいんだが……君と因縁のあるマーク2の居場所は分かるかな?」
マーク1を試すような口調で博士が尋ねた。
「オレニ、分カルト思ウノカ?」
マーク1が挑戦的に言う。
「おい、マーク1……」
「フン」
たしなめるぼくにマーク1が鼻をならす。
「奴はスーパーコンピューターです。あいつがぼくにつけたマーキング。それが、まだ微かにつながっていて、分かるんです」
「スーパーコンピューター?」
「そうです」
「あそこは、真っ先に疑って隅々まで調べたんだがね」
「一度、ハードディスクを初期化すべきでしたね……。今、かなり危ないです」
「それは、どういうことだい?」
「奴ノ意識ハ、コノ病院全体ニ拡ガッテイル。ツマリ、病院全体ノコンピュータシステムガ、奴ノ支配下ニアルッテコトサ」
――マーク1がそう言って笑った。
「ケイタ、オ前モ、感ジルダロ?」
「ああ、やばいな」
突然、藤田博士の姿が歪んだ。光の線でできた藤田博士が、ぐにゃぐににゃになっていく。
「う、うおっ! な、何だ?」
藤田博士が叫び声を上げる。
「ケ……イタ、気……ヲ抜ク、ナ。奴モ、気ヅ、イテ……イ、ル」
マーク1の声が途切れ途切れになる。
ドンッ、ゴズッ!
と、大きな物が床を打つ音がして、周りの空間に波紋ができる。
ぐにゃぐにゃの光の線になった藤田博士が消えた。
このまま、ここにいるのは危ない。外で何かが起きているのは明白だった。
ミシ、ミシッ
と、空間が軋む音がして、獣の息づかいのようなものまで聞こえてきた。
「マーク1、どうすれば、ここから出れるんだ!?」
「ヤ……バイ! ヤ、ラレ……ル!」
マーク1の恐怖の感覚が、ぼくの目を唐突に開いた。
現実世界の白い光が、ぼくの視界に広がった。
――目を開いたぼくは辺りを見回した。だが、部屋には藤田博士も、ミサも、加納博士もいない。深層意識の中から藤田博士が消えてから、ほんのわずかな時間しか経っていないのに、あり得ないことだった。
「ミサ! 藤田博士! 加納博士!?」
ぼくは何が起こったのか分からず、途方に暮れて叫んだ。
すると、三人を探すぼくの目に、信じられないものが映った。
それは大昔の格闘ゲームのような3Dポリゴンのセイタン・タートスだった。ゆっくりと首を動かし、ぼくの方を見ると口を大きく開いた。
「うお!」
ぼくはヘッドフォンを外し、床を転がった。
ゴウッ!!
傍らを高温の火球が轟音を発して通り過ぎた。
顔を上げると、そこにはリアルな映像へと変化していくセイタンがいた。3Dポリゴンの皮膚が、見る間に微細な生物のものへと変わっていく。
「音がはっきりきこえるようになったせいか!?」
ヘッドフォン越しにも最低限の情報を脳に送り込んでくるだけのパワーが、ここの音源にはあるのだろう。ぼくは、立ち上がると、横に回り込みながら、体当たりをかました。体の芯に響く衝撃から、圧倒的な質量が伝わってくる。
ガラス玉のような無機質な目がぼくを見る。
「くそ!」
辺りに目を走らせ、落ちていた油性ペンを拾い上げる。すかさず、LODDの剣を脳裏に思い描く――と、火花を散らしながら、見る見るうちに巨大な剣が現れた。
素早く踏み込み、一直線に剣を振り下ろす。
セイタンは巨体に似合わない機敏な動きで、ぼくの剣を甲羅で弾き飛ばした。
目の前が真っ赤に染まり、暴風のような力が体に満ちていくのを感じた。
ぼくはセイタンへ向かい駆けだした。
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