CODE20 浸食(1)

 ブンッと音を立て、思い切り剣を振る。

 盛大な血飛沫とともに、セイタンの指を数本吹っ飛ばした。血を浴びながら、続けて顔面を薙ぐように切りつける。


 セイタンが体を沈めながら、頭ごとぶつかってくる。

「回リ込メッ!」

 マーク1の声と自分の意識がシンクロしている。声が聞こえた時には、自分の体が動いていた。


 横に回り込みながら、攻撃をかわし、カウンターで剣を当てる。

 追撃してくる左右の爪を、大きく飛び退って避けると、セイタンの口が大きく開き、口の前の空気が歪んだ。

「転ガレッ!」

 前転しながら巨大な火炎球をかわす。


 立ち上がると左足で床を踏みこみ、反発する力を推進力に変えて打ち込む。

 集中力が極限まで高まっているせいか、敵と自分の動きが、スローモーションのように感じた。振り下ろされる巨大な爪を余裕でかわしながら、顔面を二つに断ち割っていく。分厚い肉や骨を切り裂く感触までがゆっくりと伝わってきた。


 セイタン・タートスが倒れ込み、辺りに断末魔の声が響き渡った。

 ふと、火炎球がぶつかったはずの壁に目がとまった。

 やはり、と言うべきかそこには、一切の異常が見られなかった。床に大量に流れたはずの血もどこかへ行っている。音で幻覚を見せていることの証明だった。


 ぼくは大きく息を吐いた。手のひらに大量の汗をかいている。現実の世界でLODDの怪物を倒した緊張感のせいかもしれなかった。

「マダ、ダッ」

 マーク1の声と同時に、後ろから巨大な殺気を感じた。同時に金属的な激突音が響く。


 振り向くと、屈強な男が、巨大なナイフを2本クロスさせて、セイタン・タートスの一撃を受け止めていた。倒したと思っていたのだが、まだ息があったのだった。

 二つに断ち割られた頭から血をだらだらと流しながら、セイタンが雄叫びを上げる。


「誰だ、お前?」

「あれを壊すんだ!」

 男はぼくの問いに答えず、大きな声で壁の上部を顎で指し示した。

 男の示した先――壁の上部には、スピーカーがあった。

 男の意図を呑み込んだぼくは、壁際に置いてあった丸椅子をスピーカーに投げつけた。大きな音を立てて、スピーカーが外れ床に落ちる。


 セイタン・タートスが霞むように消え、同時にぼくの剣も元の油性ペンへと変わっていった。

「椎名啓太さんですね。話には聞いていたが、興味深いですね」

 ぼくの剣がペンに戻るのを見て、男が言った。


「あなたのその能力も、奴らの音の結界のうちでだけ有効になるんですね?」

「なぜ、そんなことを知ってる……んですか? それに、そのナイフ。なぜ、あいつ等の攻撃を受け止められるんですか?」

「これは、すみません」

 男は軽く会釈すると踵を打ち合わせ、背筋を伸ばした。


「申し遅れましたが、わたくし、菊池といいます。特殊な武器や戦い方を研究する秘密機関『NPO法人特殊戦略研究会』、通称『特戦研』の者です」

「とくせんけん?」

「ええ、本来の所属は陸上自衛隊ですが、現在出向中です」

 男はチノパンにスニーカー、真っ白なTシャツ、そして、モスグリーンのキャップを身につけていた。シャツの半袖が引きちぎられそうなほど太い腕だったが、筋肉質な体つきとは対照的に優しそうな顔立ちをしている。


 よく見ると、ナイフは刃の部分が青く光って見えた。

「元々、このナイフは、切れ味を増すために高周波を発生する特殊ブレードだったんです。それを奴らに効く周波数の音波を発生するように改良したもの。名付けて特殊音波ブレードってとこですね」

 菊池が口元に笑みを浮かべて言った。


「奴らが武器として認識って……、それって奴らが出す音の仕組みを解明したって事なんですか?」

「いえ、残念なら違います。実は、ネットを経由して奴らのコンピューターにウィルスプログラムの一種を仕込んだんですよ。この周波数を出すものを武器だと認識するように」


「そんなことが?」

「ええ、このナイフはぶっつけ本番だったんで心配でしたが、通用してほっとしました」

 菊池がナイフを顔の前に掲げ、青く光る刃の部分を指でなぞった。ぼくには想像も付かないような巨大で特殊な組織の一員に違いなかった。


「奴らのことを知ってるんですね?」

「ええ、それなりに……。しばらく前から起こっている化け物たちの目撃事件。知りませんか?」

「ニュースで聞いたことがあります」

「幻覚だ何だって言われていますが、あれの後始末をしてきたのも私たちなんですよ」


「そうなんですか……でも、菊池さんたちはあの化け物たちがここに出ることを何で知ってたんです? 目的は何なんですか?」

「うーん……。詳しくは後で追々お話ししますが、煙の魔神やケイタさんのことはずっとマークしていたんです。その流れで、この病院が怪しいことも分かっていたんですよ」

 言葉を選ぶようにして、菊池が言った。


 煙の魔神のことは、幻覚事件の延長線上で分かったとして、なんでぼくのことまで知ってるのか……ぼくはとりあえず疑問を飲み込んだ。大人の事情があって話すことができないというのがひしひしと伝わってきたからだ。話ぶりから菊池が悪い人じゃなさそうなのは、伝わってきたが、得体の知れない組織に属しているということは事実だ。


「あの、今からミサさんを助けに行くんですよね? スーパーコンピュータールームに」

「ええ。でも、なぜ、そんなことまで知ってるんですか?」

 唐突な質問に驚いていると、

「私がここに入ってきた時に、啓太さんが椅子の上で、大きな声で言ってたんですよ。奴はスーパーコンピュータールームにいるって」と、菊池が苦笑して言った。


「一緒に行きませんか? この病院は、化け物たちが溢れている可能性が高いです。二人で行った方が安心ですよ」

「ですね。でも……」

 菊池の本当の狙いを計りかね、ぼくは言葉を濁した。


「化け物たちを退けつつ煙の魔神を倒すなんてことが、一人で可能だと思いますか? まして、捕らわれているミサさんの意識を無事に救い出すためには、コンピューターの破損も避けなけらばなりません。私が一緒の方が救出の可能性は高まるはずです!」


「コイツ、別ニ狙イガアルンジャナイカ?」

 突然、マーク1の声が頭で鳴った。声と同時に、ふと頭に浮かんだことが口を突いた。

「菊池さんたちの狙いって、ひょっとして煙の魔神を手に入れること……とか?」

「えっ!? と、まあ……啓太さんも結構鋭いですね……」

 言葉を濁しかけた菊池が、観念したような顔でぼくを見た。


「武器として使える可能性があるため、手に入るのなら、手に入れろと言われています……。ただし、手に入れることが無理なら、破壊しろ、とも言われているんです……。でも、それは、それです。ミサさんを助けることについては、私も全力でサポートします」

 ぼくは菊池の目を見つめた。菊池が正面からぼくの目を見返す。その顔から、信念と言うべき、気迫が伝わってくる。


 答えにくいだろうことを正直に話してくれた菊池のことをとりあえず信じてもいいような気がした。マーク1も異論は無いらしく、何も言ってこない。

 ぼくは大きく息を吐き出すとうなずいた。


「正直、菊池さんを信用していいのかどうか分かりません。ひょっとすると、ぼくのことも煙の魔神を手に入れるため利用しようとしているのかもしれない。でも、ぼくも菊池さんを利用した方が、ミサを助けられる可能性は上がりそうだ。とりあえず手を組みましょう……」

 ぼくの言葉に、菊池が笑顔になった。


「あ、そう言えば!」

 ふと、重要なことを訊いていなかったことに気付いて慌てて言った。

「菊池さんがここに来た時、藤田博士やミサたちはいなかったんですか?」


「ええ。私が来たときには、ここにいたのはあなただけでした。他には誰もいませんでしたよ」

「そうですか……」

 ぼくは落胆して言った。


 あの短い時間や状況で、どこに消えるというんだ? 胸に大きな不安が拡がる。意識がないはずのミサの体の行き先については、特に気になった。

「私が、仲間に連絡を入れて探させます。今は、スーパーコンピュータールームに急ぎましょう」

 すぐにインカムで仲間に連絡し始める菊池を見ながら、ぼくは気合いを入れ直した。

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