CODE23 暗い欲望(1)

 倒れたセイタンの甲羅を駆け上ると、更に高く跳び上がる。

 着地する勢いで、足下のマゴット・ブレインに剣を突き刺す。

 吹き上がった血飛沫を浴びながら、次々に敵を切り裂いていく。


 暗闇の中、時折、飛んでくるセイタンの火球が化け物どもを照らした。すぐ後ろで、菊池がナイフを振り回しているのも見えた。

 襲い続けてくるモンスターを切り伏せながら、ジリジリとパソコンに近づいていく。


 もう少しで椅子に手が掛かる位置まで来た時、突然、背後に立つ巨大な殺気に気づいた。同時にもの凄い風圧を伴った攻撃が襲いかかってきた。

 ぼくはパソコンを横目で見ながら前に転がって、その攻撃を避けた。立ち上がると、そこには巨大な拳を振りかぶった真っ黒な巨体があった。


「ヨウヤク来タナ……」

 魔神が笑って言った。

「待ちわびたか? ぼくはお前に会うのも、いい加減飽きてきそうだがな……」

 ぼくはそう言い放つと、愛剣の切っ先を魔神に向けた。


「ククク。マア、ソウ言ウナ」

 笑う魔神の体からは、微細な数字やアルファベットが黒い煙のように立ち上っている。

「こいつが、煙の魔神ですか……」

 菊池が駆け寄ってきて、横でナイフを構える。

 ぼくは頷いた。


「サテ。再会シタバカリデ悪イガ、ココデハ、フルパワーガ出セルンダ。コレデオ別レトイコウカ……」

 煙の魔神はぼくを真っ赤な目で睨み付けた。

 ミリミリと生木を裂くような音を立て、魔神の体から真っ赤に燃えたぎるようなとげが生えてくる。


「来ルゾッ!」

 マーク1の警告と同時に、魔神の体が振動し、

 ダンッ!

 という爆発音が鳴った。無数の棘が撃ち出される。


 集中力が極限まで高まり、耳から音が消えた。恐ろしいスピードで迫ってくる棘が、スローモーションのように近づいてくる。

 ぼくと菊池は並んで剣とナイフを構えた。

 次々に棘を叩き落とし、体を捻りながら棘を避けていく。

 菊池は、二本のナイフを独立した生き物のように動かして棘を弾き飛ばしていった。


 第一弾の攻撃をかわしきり息を吐いたぼくらは、新たな棘が魔神の体に生えてきているのを見て背筋に寒いものを感じた。間髪入れずにまた棘が発射された。

 辛うじて、二回目の棘の攻撃を躱しきった瞬間、ぼくらの体を大きな拳が襲ってきた。


 それは、魔神の体から離れた魔神自身の拳で、本体と紐のような煙で繋がっていた。気を抜いた絶妙のタイミングで飛んできたのだった。

 右拳はぼくのみぞおちを、左拳は菊池の顎を打ち抜いていた。

 鎧のおかげで致命傷には至らなかったが、衝撃は体の奥深くに届いた。ぼくは激しく嘔吐き、菊池は大きくはね飛ばされた。菊池が気絶したまま床を転がっていく。

 魔神の体に再び棘が生え始めた。床に転がるぼくらの元に、LODDのモンスターが殺到してきた。


 やばい。このままだとやられてしまう……。

 僕が身をすくめた瞬間、

 ドンッ!

 と、大きな音を立てセイタン・タートスとレッド・ブーツの巨大な頭部が床に転がった。


 目の前で、大きなナイフを持った機械の腕がヒラヒラとひるがえる。

 続けて襲ってきた魔神の両腕を繋ぐ紐も切り落とされ、床に転がり落ちた。


「椎名君。こいつがあの煙の魔神か?」

 機械的な音声を妙に懐かく感じる。それは、車椅子に座った藤田博士が発したものだった。

「誰ダ? オ前ハ?」

 魔人のうろたえるような声が響いた。


 博士の椅子から、機械の腕が伸びている。三本の機械の指の先には、菊池が使っていたナイフが握られていた。

「このナイフ。なぜ、こいつ等に効くのかは不思議だが……。まあ、私が来たからには大丈夫だ。少し下がって見ておきなさい」


 博士は余裕たっぷりに言うと、椅子の下の方にあるパネルが開いた。黒い大きな箱が二つ、せり出してくる。箱の真ん中にはラッパとスピーカーの合いの子のようなものが見えた。


 ブウウンッッ!!

 体全体を揺らすような重低音が、部屋中に響いた。

 髪の毛や体毛が逆立ち、震えるのが分かる。


「音の結界を中和する重低音を出すウーファースピーカーだ」

「ウ……ウ、ヤ、ヤメロ……」

 魔神の体が振動し、体色が薄くなっていく。


 魔神は床を転がり、身もだえていた。体中に生え出た棘も、見る見るうちに短くなっていく。

 LODDのモンスターたちも、大声を上げて苦しんでいた。壁や床を振るわせる重低音の振動によって、体が細かく分解され、消えていく。


「藤田博士。これは何なんです?」

 ぼくは、呆然として訊ねた。

「ニュースでもやっているが、患者に怪物を見た人がいてね。調べてみると、どうも音がその原因なのではないかということになった。その時は、音そのものを中和する装置を作っておけば、治療にも使えると思って、実際の周波数やら調べたのさ。患者の記憶を引っ張り出してね……」

 博士はそう言うと、髪をかき上げて笑った。

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