CODE24 暗い欲望(2)

 ぼくは笑っている博士の顔を見つめ、

「さっきは、そんなこと言ってなかったじゃないですか?」と訊ねた。

 博士の突然の告白に、自然に責めるような口調になってしまう。


「後で説明しようと思ってたんだ。混乱するんじゃないかと思ったからね」

 博士は首をすくめてそう言った。

「じゃ、これは博士が作ったもの……?」


「ああ。病院でも事件が起こった時に備えたのさ。さっきも言ったが、これは対処療法のためのシステムだ。奴らの出す音の周波数を中和する重低音を発する。さすがに、煙の魔神だけは、手こずるな」


 博士が手元のスイッチを押すような仕草を見せると、大きなウーファースピーカーから発せられる重低音が更に大きくなり、魔神がもだえ苦しんだ。周りにいたLODDのモンスターたちは粗方消えていた。


「目が覚めた時、博士たちがいなかったのも……」

「ああ。急いでこの機械を取りに行ってたんだ。やっとのことで準備が終わって、急遽ここに向かったというわけさ」

「それで……。ミサは大丈夫なんですか?」


「いや、彼女だけは行方が分からん。準備をして帰ってきたらいなくなっておった。椎名君は分からんのか?」

「てっきり、博士が知ってるものだとばかり……」

「そうか、奴を倒したらスーパーコンピューターにアクセスして探そう」

 博士はそう言うと、重低音を更に大きくした。


「博士。とどめはぼくが刺します」

 ぼくは右肩に剣を担ぐと、膝を曲げた。

 ――大きく息を吐くと踵を踏み、魔神に向かって一気に進む。

「うおおおおお!」

 体中を巻き込むように捻りながら剣を打ち込む。


 剣が床まで達すると、二つに割れた魔神は、それぞれが蠢く煙の塊となった。

 博士の車椅子が、ぼくと煙の塊の間に結構なスピードで割って入った。

 ぼくは、その慌てたような動きに少しだけ違和感を感じたが、魔神を倒したことの喜びの方が強くて、そんな思いはすぐにどこかに行ってしまっていた。


「啓太君、よくやった。もう大丈夫だ」

 博士がそう言うと、大きなバキューム音とともに煙の塊が博士の車椅子に吸い込まれ始めた。

「何をしてるんです?」

「なに、最後の掃除だ。煙の魔神が復活するといけないだろう? この椅子の中でバラバラに分解してしまうさ」


 最後に残った魔神の顔の片割れが、一際大きく目を見開いて、博士とぼくを睨んだ。

「覚エテロ……」

「ああ、ずっと忘れないさ」

 博士がそう呟くと同時に、魔神は全て吸い込まれた。


 車椅子が大きく光り、振動する。すると、博士の頭ががくりと前のめりになった。一瞬、博士の眉間に深いしわが刻まれ、こめかみに太い血管が浮かび上がった。

「博士、大丈夫ですか?」

「ん? ああ」

 博士はぼくの呼びかけに何事も無かったかのように、頭を起こした。


 突然、ぼくの鎧と剣が消える。

「博士、鎧が無くなりました」

「ああ、奴が消えた証拠だ……」

 大きく息を吐きながら、博士が言った。


 終わったのか? 思わず辺りを見回す。どこにもモンスターの姿はない。照明が一つ一つ点いていく。

 煙の魔神や周りの怪物が消えると、フロアに倒れている菊池の姿が見えた。

「菊池さん!」

 ぼくは急いで駆け寄った。


「煙の魔神は倒しましたよ。しっかりしてください」

 菊池の手はだらりと力なくぶら下がっていた。傍らに愛用のナイフが一本落ちている。

 必死で介抱を続けるぼくの横に、藤田博士の車椅子がやって来た。

「その人は誰なんだい?」


「この人は……自衛隊から特戦研とかいう組織に出向している方で、今回の一連の幻覚事件を追っていたそうです。博士の部屋で初めて出会って、煙の魔神を倒すために、一緒にここまで来てくれたんです……」

「自衛隊? とくせんけん? 外部の人間が動いていたのか……それで、あんなナイフがあったんだな……」

 藤田博士の口調が、一瞬とげとげしいものになったような気がした。


「でも、一緒にここまで来て、ぼくのことも助けてくれたんです。彼がいなければ、やられていたかもしれません」

「そうか……。まあ、まずは命を救うことが最優先だな」

 博士の口調が和らいだのを聞いてほっとする。


「ここは病院のスタッフに任せるか……。今から呼んで、治療に当たらせるよ」

 藤田博士はそう言うと、手元を動かし始めた。スタッフを呼ぶためのボタンかスイッチを操作しているのだろう。

「さあ、行くぞ。救助を呼んだから、その人のことは任せよう。椎名君はわしのこれに乗るといい。美沙ちゃんの病室まで行くぞ」

 藤田博士が自分の座る横を手で叩いた。


 ぼくはぼんやりとうなずくと、機械の椅子に飛び乗ろうとした。

「どうした?」

 動こうとしないぼくに、藤田博士が不思議そうに訊いた。


 博士の横に飛び乗ろうとするが、意に反して体が動かない。

 機械の椅子が、催促するように前後に動き、モーター音が静寂の中で響いた。

 反射的に見上げると、博士と目が合った。


「ヤバイ! 逃ゲロ、逃ゲルンダ!」

 マーク1の警告が頭の中で鳴った。


 バシュッ!

 椅子から飛び出したワイヤーが体に巻き付き、ぼくの自由を奪う。

「博士! これは、何です?」


 質問した瞬間、ワイヤーの巻き付いた箇所に、強烈な電流が走った。

 気が遠くなりそうになるのを、唇をかんで耐える。倒れないように、床に足を踏ん張っていると、「意外に、タフだな」と、博士が言うのが聞こえた。


 顔を上げると、博士の穏やかな笑顔が視界に入る。博士が、笑みを浮かべたまま、ボタンを押すのが見えた。

 ――再び、強烈な電流が流れる。

 焦げ臭い匂い、荒い呼吸。

 ぼくの目の前は、真っ暗になった。

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