CODE25 暗い欲望(3)

「……う、うん」

 ぼくは頭を振りながら目を開いた。

 なぜか、制服を着ていることに気付き、辺りを見回す。


 壁には習字や標語が貼られ、後ろの棚には鞄が無造作に突っ込まれている。そこは学校の教室だった。いつもと違うのは、机や椅子が乱雑にひっくり返っていること、そして、部屋の真ん中に学生服を着た男たちの人だかりができていることだった。


 机の上には、誰かが押さえつけられ、周りを男たちが囲んでいた。

 ガッ、ガタ、ガタッ!!

 机が揺れる音が響いた。


「やめて、お願い!」

 悲痛な叫び声とともに衣服を引きちぎるような音が響く。聞き覚えのあるその声に、ぼくは跳び上がった。


「ケイタなんかとつき合ってるから、こんな目に遭うんだぜ」

 冷たくてサディスティックな声。工藤だ。

 なぜだ? なぜ、ミサが。

 ぼくは慌てて一人の肩に手をかけた。男たちが一斉にぼくを見た。工藤を始め、ぼくをいじめていたグループの奴らだった。


 ミサの破られた白のブラウスにチェックのスカートが目に入った。

 怒りで、目の前が真っ赤に染まる。

「そうだ、その目だ。その目になると、強くなるんだよな。だがな、ケイタちゃん。ここでも好きなようにやれると思ったら大間違いだぜ」

 工藤が下品な笑い声を上げた。


 無視してパンチを打ち込もうとした瞬間、白いもやのようなものが右腕に絡みついた。むきになって動かそうとするが、ピクリともしない。

「そこで、俺たちが今からすることを見てるんだな」

 工藤が勝ち誇ったように言い、周りの取り巻きの連中も一斉に笑い声を上げた。

「みさちゃんっていうのか、いい女だぜ」

「やめろっ」

 一歩踏み出そうとした足も左腕も、全身が絡め取られていた。

 一斉に男たちがミサに手を伸ばした。


「いやぁっ! ケイタ、助けて!」

 悲鳴がぼくの心を抉った。服が破れ、真っ白な下着が露わになる。男たちの手はミサの体を這い回り、柔らかな肌を無遠慮につかんだ。

 大切な物が汚される。


 ――学校でのいじめの記憶が蘇り、心が散り散りにちぎれそうになった。

 落書き、無視、悪口、暴力、いやがらせ……。そして、そしてあの日、おばあちゃんの形見を足で踏まれたこと。


 衝動が、怒号となって喉をこじ開け、体の奥底から、力が突き抜けるように溢れた。

 体を押さえていた男たちをはね除けると、ぼくは立ち上がった。工藤たちに跳びかかり、男どもを次々に殴り、蹴飛ばした。


 攻撃を加えるたびに、男たちが消し飛ぶように消えていく。そして、そのたびに、凶暴な快感が体を焦がした。

 そこにいる男たちがいなくなると、ぼくは肌も露わなミサを抱きしめた。

 たまらなくなって、ミサと唇を重ねる。


 ミサの瞳は黒く濡れ、不思議な表情を浮かべていた。

 ミサを欲しい。ミサと一つになりたい。

 そう思った途端、ミサの服がかき消すように無くなった。


 すらりとした裸身が露わになる。

 上向きに尖った小ぶりな胸、くびれた腰から太ももへと続く優美な曲線。白い肌は、微かに光っているかのような美しさだった。


 そのあまりの美しさに、ぼくは息を呑んだ。ミサの唇がぼくの唇に重なり、きつくぼくを抱きしめた。

 いつしか、ぼくの服も溶け、二人は裸できつく抱き合っていた。ミサの柔らかく熱い体に足を絡ませ、胸に顔を埋める。


「オイ」

 誰かがぼくに声をかけた。

 ぼくは顔を上げ、辺りを見回した。


「目的ヲ忘レテイルナ?」

「何のことだ?」

 ぼくはイライラして邪魔をする声の主を探した。


 誰にも今、このときを妨げる権利はないはずだ。かたくなに頭を振るぼくに向かって再び、声が響いた。


「ミサヲ抱キタイノカ?」

「ああ、そうだ」

「ソノタメニ、来タノカ?」

「悪いか?」


「オ前ガ、ミサヲ好キナノハ、悪クナイサ」

「じゃあ、いいだろう。邪魔をするな」


「ソウハイカナイ。オ前、ソレハ今スベキコトカ? イヤ。オ前ハ何ノタメニ、ココニ来タンダ?」


「決まっている」

 そう答えて、目の前がぐらりと揺れる。頭を覆っていた濃密な霧が晴れていく。

「ぼくは……、ミサを助けに……」

 答えて、はっとする。あんなに体を突き動かしていた衝動が嘘のように消えていく。


「一体、どうしたんだぼくは……」

 ミサを守る。始めは、そんな純粋な想いだったぼくの気持ちが、いつのまにかミサを自分のものにしてしまいたい衝動へと変化していたことに気付いた。

「ヤット、目ガ覚メタカ?」

「ああ、マーク1」

 ぼくは、ミサを体から離した。


 いつしか、そこは教室ではなく、何もない空間になっていた。

 目の前でミサが力なく、膝から崩れた。目はうつろで、瞳に意思の光は無かった。

「AIと脳が一体となっているっていうのは、以外とやっかいなものだな。すぐに思ったとおりになると思ったんだが……」

 藤田博士の声が響いた。

 次の瞬間、テレビのチャンネルを切り替えたかのように風景が変わった。

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