CODE12 一瞬の幸せ(1)
「こうして、奴は生まれたのよ」
ミサが震えながら言った。
悪夢の記憶が蘇り、ぼくの体も震えた。自分もこいつに殺されかけたのだ。
「雷のせいなのか?」
「おそらく、そのせいでプログラムにバグが生じたんだと思う。でも、きっとそれだけじゃない。実験の最中から、加納博士が思う以上にプログラムは成長していたのだと思うわ」
二人の間に沈黙が流れた。
魔神はどこかに逃げて、LODDのサーバーにアクセスしてきているのだ。
「魔神はどこにいるんだ?」
「分からないの。でも、LODDのサーバーでないことは確かよ。さっきも、データを送ることができなくて、苦労してたでしょ」
魔神もどきや煙の蛇のことを思い出して、ぼくはうなずいた。
「状況は大体分かった。魔神の生き残りたい気持ちもなんとなくだけど、分かる……。でも、奴はなぜ君を狙う?」
「あいつ、仲間が欲しいのよ」
「どういうこと?」
「あなたも今、分かるって言ったじゃない。この世に生を受けた仲間たちは全て敵で、倒さなくては生きていけない運命で……、産みの親である加納博士に消されそうになった……。あいつは自分が心から信頼できる仲間が欲しいのよ」
ミサが遠くを見つめて言った。
「LODDの化け物を手下のように使っているけど、それも?」
「なぜLODDに来るようになったのかは分からない。でも、あれはLODDのプログラムを操っているだけ、ロボットみたいなモノよ。あいつが欲しいのは自分と同じAIで信頼できる仲間なの」
「だから、ミサを仲間にしようとしてるってことか。あいつがキサキって言っているのは……」
「うん、私のこと。どこで、そんな言葉を覚えたのか知らないけど、伴侶って言う意味の后(きさき)のことなの」
やはり、そうだったのか――。そうではないかと、予想はしていたが、いざ実際に聞くと衝撃だった。
「ミサが魔神にとって何か特別なのか?」
「この状態が長いせいかもしれないわ。この世界ならある程度、自分が考えたようにできる私のことを、あいつは仲間のように考えているのかもしれない。それに、あいつ、自分の分身、自分の子どもを欲しがってるの……」
「だから、キサキなのか……。つまり、魔神はミサのデータと自分のデータを掛け合わせ、子孫を作ろうとしているってことなのか……」
「そうみたい。加納博士がプログラムの自己増殖機能を設定しなかったせいもあるんだと思うけど……」
何もない仮想空間を必死に逃げ回るミサの姿が脳裏に浮かぶ。胸を掻きむしられるようななんとも言えない気持ちになった。
「ケイタそれ?」
ふと、ミサが何かに気づいたように訊いてきた。
ぼくも首元からおばあちゃんの形見のネックレスが出ていることに気づいた。
「ああ、これはおばあちゃんの形見なんだ。もう死んじゃっていないんだけど、先のハートのチャームにおばあちゃんの写真が入っててさ。で……あの、ぼくのおばあちゃんが言ってたことなんだけど、さ……」
ネックレスを見たせいなのか、思いもしなかった言葉が口をついた。
「おばあちゃんさ、ぼくのことを大切にしてくれて、とても優しかったんだ」
「うん……」
ミサがきょとんとした顔でうなずいた。
なぜ、おばあちゃんのことを話そうとしたのか、本当のところは自分でも説明がつかない。その時のぼくは、ただ、話題を変えようとしたわけではなく、無性に自分のことを話したくなったのだった。
*
「おばあちゃん、ただいまあ」
その頃、ぼくは毎日のようにおばあちゃんの家に帰っていた。両親が仕事で帰りが遅いためだった。この日もそうだったのが、一つ違うことがあった。
いつまでも、家に上がろうとしないぼくを心配して、おばあちゃんが玄関までやって来た。
「啓太、どうしたの? 早く上がりなさい」
そう言って、やってきたおばあちゃんは泣きじゃくるぼくを見て、目線までしゃがむと、ぼくを抱きしめた。
ぼくは、近所の大きい子どもたちにランドセルを取り上げられたこと。結局、返してはもらえたけど、散々、小突かれたことを話した。話す間もずっと涙が止まらない。しゃくり上げながら、事の顛末を話した。
おばあちゃんは、「うん、うん」とだけ言って、ぼくの頭を泣き止むまで、なで続けてくれた。
「さ、上がろう」
ぼくが泣き止んだタイミングでおばあちゃんが、家に上がることを促す。一緒にリビングまで行くと、ソファに座らせられた。
「嫌なことは甘い物でも食べて忘れちゃおう」
おばあちゃんはそう言うと、イチゴのショートケーキを出した。
現金な物で、ぼくは目の前にある美味しそうな物に、嫌なことも忘れて夢中でかぶりついた。
「啓太、今日のことを許せない気持ちがあるのは分かるよ。男だから、当然さ。でもね、明日になれば、また仲良くなれるから。ね」
ぼくは口の周りに付いた生クリームを舐めながら、おばあちゃんの言っていることにうなずいた。言われていることは今ひとつピンと来ていなかったのだが……。
「で、どうだったの?」
ミサが興味津々といった顔で尋ねる。
「おばあちゃんの言ったとおりになったんだ」
「へえ」
「まあ、あの時は小学生だったからね……」
「でも、以外に、忘れちゃって、お互いに根に持たなかったおかげで、嫌なこともどこかに行っちゃう……みたいなこともあるのかもね!」
ミサが少し笑って言った。
「で、ケイタはイチゴのショートケーキが好きなんだ?」
「ま、まあ。そうだね……ミサは何が好きなの?」
「え! 何か恥ずかしいなあ」
「まあ、そう言わずに教えてよ!」
勇気を出して軽い感じで言ってみると、ミサが頭をかきながらぼくの顔を見た。
「私、和菓子が好きなんだよね。一番好きなのは駅前の和菓子屋さんの栗きんとんなんだ」
し、渋い! 思わず口に出しそうになる。
「く、栗、好きなの?」
「うん。でもあそこのは特別。甘すぎなくって栗そのものの味がするのよ」
少し、首をかしげて話す表情が、たまらなく可愛い。
「へえ、そんな風に言われると食べたくなる」
「どういうこと? 本当は食べたくないとか?」
ミサが笑いながら言った。
「体に戻ったらさ、一緒に……さ、食べに行こうよ」
言ってから、見る見るうちに顔が真っ赤になって、鼓動が早くなっていくのが分かった。生身の体も同じ状態になっているに違いなかった。
「ばか、何を言ってるの」
ミサの顔も赤くなる。
「ね、ケイタ。私の手を握って。そして、反対の掌を上に向けて」
ぼくは、ミサの言うとおりにした。
ミサが目をつぶり、力を込めると、何かがぼくの体の中を通った。
それはミサの手を握っている右手から頭を通り抜け、反対の左の掌の上に出てきた。見る見るうちに形作られていくそれは、和菓子に見えた。
「それが、私の大好きな栗きんとんよ。ね、ケイタもおばあちゃんの出してくれたイチゴのショートケーキを思い出してみて。ちゃんと味もイメージして、私の手の中にそれを送って」
ぼくは素直に、おばあちゃんとの思い出にあるショートケーキをイメージした。すごく昔のことのはずなのに、ついこの間のことのようだった。
「わあ、美味しそう!」
ミサの言葉で、イメージを送ることに成功したことを知った。
「ねえ、食べてみて。私も食べてみるから」
ぼくはうなずくと、ミサの栗きんとんを口に入れた。それは、優しい甘さで、幸せになる味だった。
「美味しいよ。とても」
「わたしも。何だか元気になる味ね」
「ホントに?」
「うん」
突然、ミサが顔を背けた。
「どうしたの?」
「私、言わなきゃいけないことがある……私はケイタが特別な力を持っていることを分かって……。あなたなら、私を助けてくれるはずだ……そう思って、あなたに近づいたのよ……。ケイタが特別な力を持っていることを私は最初から見抜いていたの」
「でも、ぼくにそんな力があるのか?」
「あるじゃん。魔神にこちら側に引きずりこまれて、戦って生き抜いてきた。LODDの剣を使って、あいつらと戦うなんて、そんなこと、他の誰にもできないわ。でも、その……言いたかったことはこんなことじゃないの……。謝りたかったの」
ミサがぼくを見つめた。
「本当にごめん」
「ミサにそんなふうに頼られるのは、別に嫌じゃないよ」
ぼくは首を振ってそう言った。
「だって……結果的にあなたを巻き込んでしまったわ」
「いや。だって、ぼくと魔神との間には切っても切れない因縁があるらしいんだ。魔神曰く、お互いに殺し合う運命なんだって。それに、ミサの立場なら……一人で生き抜いて来た君の立場なら、そんなふうに思ってしまうのも仕方がないさ」
ぼくは笑ってみせた。ミサの辛そうな顔が、逆に辛かった。魔神とのことは既にぼくの問題でもあるのだ。
その時――、ミサがよろめいた。
ふと、ミサの体がかすんで見えていることに気付いた。
目をこすってみるが、気のせいではない。実際に体の色が薄くなっているように見えた。
「ミサ! 体の色が……」
体から粒子が立ち上るように湧き上がっている。それは、煙の魔神の体から出ている細かい数字やアルファベットと同じように見えた。
「何、これ?」
ミサが粒子の立ち上る部分を押さえ、不安そうな顔でぼくを見つめる。
見ていると、顔の
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