CODE13 一瞬の幸せ(2)
「どうやって、ここを知ったんだ!?」
ぼくはミサの頬に現れつつあるそいつに向け、叫んだ。
「サ、サッキ、オ、オ前ノ足ニ……」
頬の黒い部分が、魔神の口の部分から実体化していく。
ぼくは魔人の言葉に、自分の足を見た。
「マ、マーキングシタノダ……気ヅカレナイヨウニナ……」
あのきつく巻き付いた時か!?
足首に付いた痣に、細く黒い煙の紐が結びついていた。
反射的に手ではたき落とし、唇を噛んだ。
「ココナラ、捕マエルコトガデキル。フルパワーヲ出セルカラナ」
黒い頬の部分に、魔神の顔が完全に現れていた。
魔人は笑うと、黒い小さな蛇に変わった。そのままミサの顔から首をつたい、服の中へと消えていく。
「ああっ」
ミサが突然、体を抱きしめるように押さえ、しゃがみこんだ。足首から黒い紐状の煙が伸びている。繋がっている先を目で追うと、どこまでも続いているように見えた。
「やめて。離して」
ミサが苦しそうに呻いた。
「フフフ……ハハハハハ」
背筋が凍るような笑い声で、煙の魔神が応えた。
ミサの服の襟からあふれるように、煙の魔神が現れた。
同時に、空中の一点に渦巻くように大きな穴が開く。
煙の魔神から伸びた黒紐状の煙はミサに絡みつき、その穴へと伸びていた。
魔神がミサに絡みついたまま、一緒に穴へと移動していく。
「待てっ!」
ぼくはミサを連れて行こうとする魔神を追った。
ミサの右手を握り、こちら側に引っ張る。
ミサが絡め取られている部分を引きちぎろうと手で引っ張ると、紐から幾つもの触手のような物が伸びてきた。
体に触手が巻き付き、ぼくとミサを引き離す。ぼくは触手に反射的に噛みつき、引きちぎろうとした。目の前が真っ赤に染まり、自分の中にある荒れ狂う力が溢れ出すようだった。
「ソウダ、ソノ目ダ。思イ出シタノカ? アノ殺シアッタ日々ヲ」
魔神がどこか嬉しそうに言った。
魔人はぼくの噛みついている部分を切り離すと、大きく突き飛ばした。すぐに右手を剣の形に変化させて、ぼくの胸に突き込んでくる。
最初の攻撃を大きく仰け反って避ける。
二撃目は体を回しながら、手のひらでいなす。
息をつくひまもなく、三撃目が胸の中心に突き刺さってくる。剣の先端が浅く胸を抉ったところで、その動きが止まる。
ぼくは目を疑った。剣が突き刺さる寸前でミサの両手が絡みつき、その動きを阻んだのだった。ミサの両手からは血が流れていた。
「ケイタ! これ以上、こいつの好きにはさせない! 巻き込んでおいてこんなことを言うなんて、嫌な奴だけど……私のことは助けなくてもいい。お願い! 逃げて! こんなところで死んじゃダメ! 私の力で、あなたを現実の世界に戻すわ!」
ミサは、きっとした表情で魔神を睨み、そう宣言した。
ミサの足下に、イチゴのショートケーキと栗きんとんがつぶれて落ちていた。データが煙のように舞い上がり、半ば消えかかっている。
ぼくは、怒りで我を忘れ、魔神に跳びかかった。魔神の右手に噛みつくと肉を噛みちぎり、呑み込む。食べた分だけ、魔神の凶暴な力が、ぼくの中に充填されていく。
「ケイタ、あなた……」
ミサが驚いた顔でぼくを見た。
「グゥアアアアアアオオウウウウ」
喉をこじ開け、自分が出したとは思えない声が轟いた。
それは獣の叫び声だった。
手足から微細な粒子が巻き上がり、毛の生えた虫のような姿形へと変化していく。
「クソ、油断スルト、コレダ……」
魔神はぼくを力任せに引きはがし、遠くへ投げ飛ばした。ぼくは四つん這いで空中に浮かんだ。
「フン」
煙の魔神は鼻を鳴らすと、ミサを絡め取ったまま、渦の深いところへ沈んでいった。
「ケ、ケイタ! 元の世界に戻ったら……わ、私が……!」
まだ何かを言いかけているミサの口を魔神の手が塞ぎ、その頬にキスをした。
「ミサ!」
必死に渦の中心に向かって跳びかかった。ミサの右手にぼくの手が掛かろうとした寸前で、ミサの体が渦の中に引きずり込まれた。
そして、目の前が真っ白に光った。
*
「ミサァァッ!」
見慣れた染みのある天井に気付く。
激しく上下する胸を押さえ、咳き込む。
胸の中心が浅く抉られ、血の筋が流れていた。
――ミサが元に戻してくれたのか。
手の甲で額の汗を拭い、壁時計を見る。まだ、朝の十時過ぎだ。
窓の外から日差しが部屋に射し込んでいた。柔らかな日差しが、ここが平穏な日常世界だということを教えてくれる。
「くそっ、一体、ぼくのこの体はどうなってる? ぼくは一体何者なんだ? これから、どうしたらいいんだ?」
頭を掻きむしり、自問自答する。ミサを失ってしまい、自分が何者かも分からない。これから、どう行動すれば良いのか、そのヒントが欲しかった。
ふと、目の前が真っ赤に染まり、耳の中にゴウッと音が響いた。
そして、思い出したくもない映像が目の前に浮かんで消えた。
それは、あの学校の教室のイメージだった。一瞬のことだったが、間違いない。取り巻きたちの笑い声と嫌らしい顔。そして、工藤の喜びに満ちた凶暴な笑顔――
「っ……!」
反射的に拳を突き出したが、パンチは空を切り、そのイメージがかき消えた。
「おいっ!」
頭の中に向かって叫ぶ。直感で、頭の中で鳴るあの不思議な声が見せたのだと思った。
「お前が見せたんだろうっ? 学校に何かあるのか? おいっ!」
必死に呼びかけるが、全く反応はない。
「くそっ!」
しばらく考え、ぼくは立ち上がった。どうせ、悩んでいても何も解決はしない。それより行動した方がましだった。
足音を鳴らして、階段を下り、鞄を取る。今から行けば、三時限目からになるはずだ。
「待ってろ、ミサ。必ず助けるからな」
ぼくは決意を込めて玄関のドアを開いた。
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