CODE14 ソノ少年、凶暴(1)
ぼくは校門の前で立ち止まり、灰色の校舎を見上げた。
工藤に椅子をぶつけたのは、まだ一昨日のことなのだ。滅入る気持ちが足を止める。だが、ミサを助けたい気持ちが上回った。とりあえずの手がかりはこれしかない。こんなところで、躊躇している暇はないのだ。
ぼくは手のひらの汗を握り込み、校門を一歩またいだ。
そして、すぐに職員室を目指した。冷たい廊下を進み、職員室へ辿り着くと、意を決して入っていった。奥に座る担任教師に一直線に向かい、挨拶を済ませる。
担任が心配そうに「大丈夫か、無理するなよ」と言うのに被せるように頭を下げる。そして、すぐに教室へ向かった。
歩いているうちに、ふつふつと闘志がわき上がっていく。
教室に入ると、突き刺すようなクラスメートの視線を無視して、自分の机まで歩いた。一瞬、工藤と目が合うが、その無表情な目からは感情を読み取ることはできなかった。
三時限目の授業が終わり、休み時間――。誰も話しかけてこない時間をやり過ごしていると、工藤が近づいてきた。
「啓太、よく来たな。昼休みになったら付き合え。絶対逃げるなよ」
工藤は後ろからそう言うと、さっさと自分の机へと帰って行った。
案の定、ヤキを入れるつもりらしかった。
四時間目が終わり、給食になった。食べ終わり、食器を片付けて机に戻ると、さっそく工藤の取り巻きの一人である武田が、ニヤニヤと笑いながらやってきた。
「体育館の裏だ」
小さな声で後ろからそう告げる。
振り向くと、奴らが下品な笑いを浮かべて立っていた。これから行われる生け贄の儀式が待ちきれないって顔だ。
ぼくが気づいたのを確認すると、一斉に背中を向け外へ出て行った。
思わず、胸のペンダントに伸びそうになった手を下ろした。これは、自分で乗り越えないといけない問題だ。こいつらと戦うことが、手掛かりを探すことにつながるかどうかは分からなかったが、魔神と戦い始めてからぼくの中に点いた火がぼくの気持ちを奮い立たせていた。
ぼくは、ゆっくり立ち上がると、体育館の裏をめざし、廊下へと出て行った。
薄暗い体育館の裏へ着くと、奴らは既に待っていた。
センダンの古木が、何本も生えていて、大きな日陰を作っている。密集した枝から日光が漏れ、所々、白い光が地面に落ちている中をぼくは歩いて行った。
「よう。逃げずに来たな」
工藤がぼくに声を掛ける。
取り巻きの連中も、工藤も下品な笑いを口元に浮かべている。
揃いも、揃って、この時を待ちかねていたって顔だ。自分たちが痛い目にあうかもしれないなんてこれっぽっちも思っていないようだった。
嘲笑する工藤を睨みつけていると後頭部に風圧のようなものを感じ、反射的に右足を軸に体を回した。
工藤の子分、武田の振り下ろした
「てめ!」
空振りした竹箒を抱えた、武田の動揺した声が響く。
ぼくは自分の体の反応と動きを反芻し、フットワークを小さく踏んだ。
魔神と戦った時と同じように動ける。何となく予感はあったのだ。自分の中で目覚めつつある力のおかげだと思った。
「ばーか。とろい啓太ちゃんに逃げられてんじゃねーよ」
工藤が余裕たっぷりに乾いた笑い声を上げ、武田が竹箒を構え直す。
視線が激しく絡み合った刹那、意表を突いて左から別の奴、山中が、体当たりしてきた。
重心がかかった足にタックルが入り、地面に転がされてしまうが、そこからの反応は早かった。
背中を軸に体を回転させ、山中の足を払う。勢いでそのまま立ち上がり、腹を思い切り蹴りつけた。
腹を押さえて字面で
そして、呆気にとられた顔でぼくを見る。
「何、笑ってんだよ。偉そうにしてんじゃねえぞ!」
ふと、我に返ったように工藤がヒステリックにわめいた。ぼくはその言葉で、自分が笑っていることに気づいた。
相手の動きが分かる。LODDの中と同じように、相手が攻撃をしてくる前に分かるのだ。それに攻撃のスピードそのものも自分の方が圧倒的に上だった。
ぼくはこいつ等より強い。それも、圧倒的に、だ。予感が確信に変わった今、負ける気は全くしなかった。
恫喝してくる工藤を睨み返した。得体の知れない高揚感がぼくを包み、体が震える。
「大勢じゃないと、ぼくごときも、怖いってか?」
挑発しながら平手打ちを食らわす。
工藤の顔が一瞬で赤くなり、周りの空気が変わる。まさか、ぼくが工藤本人に手を上げるとは思わなかったのだろう。工藤は慌てた顔をしていた。
周りの殺気が跳ね上がった。
背後から、武田が思いきりローキックを当てに来た。スローモーションのように伸びて来るすねに直角に右膝を入れる。いわゆる弁慶の向こうずねというやつだ。鈍い音をさせ、倒れていくのが見えた。
左から町田。パンチの打ち始めに合わせて、鳩尾に右肘を打ち込む。
右横から加藤。肩からぶつかってこようとするのをいなしながら頭を押さえ、膝蹴りをぶち込む。
最初に倒した武田もあわせて四人が地面に転がり、あっという間に、工藤一人になった。うめき声が、辺りに響いた。
工藤が「野郎」と呻きながら胸ポケットから何か尖ったモノを取り出した。
パチンと音がすると、冷く光る金属が伸びた。
小型のバタフライナイフ。
「這いつくばって、謝れ。啓太ごときが生意気なんだよ」
工藤が狂ったような目つきで呟き、震えながらナイフを突き出す。目が血走り、口の端から泡を吹き出している。
顔に向かって突き出されたナイフを避けると、腹に向かって横なぎに払ってくる。その殺気の籠もった攻撃に、ぼくは冷や汗を流した。
工藤の様子は明らかにおかしかった。
ナイフをめちゃくちゃに振り回し、突き出す様は常軌を逸し、狂っているかのように見える。その狂気に満ちた攻撃は驚くほどの素早さだった。
深く腹部めがけて伸びてきた攻撃を大きく跳び退りながら避ける。
ぎりぎりで、右手の人差し指と親指でナイフを挟み取る。
大きく息を吐き、指に力を込めると、ナイフが動かないようにがっちりと押さえた。冷たく硬い金属が、手の中にあった。
「な、何なんだ? 何で、お前……そんなに強く?」
工藤の目が泳ぐ。
「おい、そんなことどうでもいいだろ? それより本当にぼくを殺すつもりか? どうしたんだ、お前? いつもの、小ずるくて冷静なお前なら、こんな手は使わないはずだ。人殺しになって、人生終わるぞ」
「こ、殺す?」
ぼくの忠告に、工藤の目がふと正気に戻った。
「ああ、お前。ただ、ヤキを入れるだけのつもりだったんだろ?」
「そ、そうだ。な、何で、だ?」
不思議そうに言う工藤は、その言葉とは裏腹にナイフを放すとぼくの目に人差し指を突き込んできた。その不意を突いた殺気のない攻撃は、それだけに恐ろしさがあった。
ぼくはその攻撃を頭を下げて額で受けた。少しずつひしゃげていく指の感触が額を通して伝わってくる。
工藤が続けて頭突きを放ってきた。
常人なら、指の折れた痛みで、のたうち回っているはずだった。
ぼくは大きく後ろに跳んで距離を取った。
「て、テメえ! オ、オレヲ、な、ナメ……てんジャねえゾ!」
唾を飛ばしながら工藤が叫んだ。
頭を振りながらぼくは近づき、左のボディブロウを放った。左拳が、工藤の脇腹に突き刺さる寸前で止まった。
「ん?」
拳が、真っ黒な手につかみ取られていた。それは、工藤のズボンのポケットの辺りから不自然に生え出ていて、微細な粒子が煙のように舞い上がっていた。
工藤の目から涙があふれ、ガチガチと奥歯をかみ合わせる音が響く。
「嘘だろ!?」
反射的に掴まれた拳を引き抜こうとすると、その腕がぞろりと伸びた。
煙の魔神! 背中を悪寒が走る。
魔神はぼくの左拳を掴んだまま、見る見るうちにポケットから出てきた。気がつくと、魔神の右腕と顔がすっかりこちら側に現れていた。
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