CODE16 城南医科大学
ブレーキをかけるエア音を響かせ、バスが止まる。
「城南医科大学前――」
アナウンスに促されるように腕時計を見ると、午後2時4分を指していた。デイパックから財布を取り出し、降り口へ向かう。
一旦、家に帰り、普段着に着替えて出てきたのだった。
市中心部のバスセンターから約30分。小高い里山を削って造成された人工的な街に、城南医科大学はあった。幅の広い歩道と植樹された大きな広葉樹が、外国のような雰囲気を醸し出している。
ここに来るまでの間、断続的に頭の中に向かって呼びかけたが、あの声は聞こえなかった。回線が切れてしまったような、そんな感覚だった。
加納とAIをキーワードにスマホでネット検索もした。城南医科大学をキーワードに追加すると、すぐに加納研究室のページに辿り着いた。
いかにも切れ者といった加納博士の顔写真を見てため息が出た。多くの国際的な論文や研究を発表している研究者、併せて天才的なプログラマー。それが世間の評価であるようだった。
加納博士に事の次第を上手く説明して、ミサを助けるのを手伝ってもらう、というのが一番近道なような気がする。だが、この荒唐無稽な状況を博士が納得いくように説明できるのか自信は無かった。
ぼくは、大きく息を吐いた。
LODDのワールドと違って、こっちの世界でのぼくは、
バスを降りると、灰色のビルが、厳めしく屹立しているのが見えた。手前には四階建ての茶色のタイル貼りの建物が建っていて、大きなガラス張りの入り口がある。病院の受付は手前の建物にあるに違いなかった。
しばらく行くと、歩道に乗り上げるように大きな白いワンボックスカーが駐まっていた。車体の側面には地元のケーブルテレビの派手なロゴが描かれ、屋根には衛星放送に使うような丸いアンテナが乗っている。
自動車の横に立っているパーカーの男を避けて、建物の方へと歩いて行く。
頭の中は、加納博士に会うところまでこぎ着けるにはどうすればいいか、ということで一杯だった。
こんな時、ぼく以外の奴ならどうするんだろう? ぼくは、ふと思った。見ず知らずの高校生が『会いたい』と、いきなり言っても、会ってくれるとは到底思えない。
なぜだか、工藤のずる賢い顔が浮かび、次に魔人に捕まるミサの顔が浮かんだ。
ぼくは意を決して研究室のホームページにある電話番号にかけてみることにした。どうせ、このまま悩んでいても
「はい。加納哲朗研究室、佐藤です」
2回コールの後に、若い女性が電話に出た。
「すみません。加納博士にお会いして、お話したいことがあるのですが」
ぼくは考えられる限り丁寧に話した。今まで、こんな公的な場所に電話した経験なんてない。心臓が大きな音で鳴るのが分かった。
「失礼ですが、お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
女性が怪訝そうに訊き返してきた。多分、電話の声が若すぎて、ぎこちないことを疑っているのだ。
「えっと、ケイタ。椎名啓太です」
ぼくは、緊張しながら答えた。
「どちらの椎名様でしょうか? 教授とお約束なさっているのでしょうか?」
明らかに疑っている声で、電話口に出た佐藤さんが訊き返してきた。
「あ、あの……約束はないんです。知り合いでもないんですが、どうしても会ってお話しないといけないことがあるんです」
必死に言葉を紡いだが、電話の向こうは無言だった。物凄く長い時間、無言の時間が続いたような気がしたが、実際はほんの少しだったのかもしれない。
「くそっ!」
電話を切って悪態をつく。あれ以上、言葉が出ない。――ただ人に会うだけのこともできないのか。どうしたらいい?
ぼくはその場をぐるぐると回った。名前……顔……そうか、会えればいいんだ。約束なんか取る必要はない。閃いた考えにうなずきながら、デイパックを背負い直す。
ためらっている暇は無かった。ぼくは意を決すると、自動ドアをくぐり、中へと足を進めていった。
建物に入ると、ぼくは周りを見渡した。
広いフロアーの真ん中には、青い布張りの長いすが並ぶように置かれ、カウンターが周りを囲むように円形に配置されている。白いプラスチック製のプレートが、幾つも天井からぶら下がっており、カウンター左手の一番手前が、総務課だった。
ぼくはふわふわとした足取りで手前のカウンターを目指した。
「すみません」
勇気を出して、一番手前にいた若い女性に声をかけた。
「はい。なんでしょう?」
「姉に……、加納博士……のところの佐藤に届け物があって来ました」
「あら、佐藤さんの弟さん?」
事務的だった女性の声が一挙に柔らかくなる。
女性の優しそうな笑顔を直視できない。ぼくは、目を伏せて何度もうなずいた。
「私が、届けておきましょうか?」
「いえ、直接届けたいので……。加納博士の研究室は何階でしたっけ?」
「十階ですよ。104号ですね」
「ありがとうございます」
頭を下げ、研究棟と書かれているプレートの方向へ足を向けた。真っ白なフロアを駆け抜けるように進む。
奥のエレベーターに辿り着き、上矢印のボタンを押すと、開いたドアから中に体を滑り込ませる。十階を押すと、ほっと息をついた。どっと疲れが出て、その場に座り込みたくなるのを我慢する。
低いモーター音と、エレベーターの上がっていく感覚を感じながら、ぼくはどうするかを考えていた。きっと、いきなりドアを開けても取り次いではもらえないだろう。研究室の前まで行って、博士が出てくるか、帰ってくるまで、待つのが一番可能性が高いように思えた。
十階に着くと、ドアに取り付けられた小さなプレートを確認しながら長い廊下を歩いた。
「あった!」
思わず呟いた。104号――。
その瞬間、ドアが開き、背の高い男が出てきた。
「君、確か?」
その男の顔に見覚えがあった。ミサと一緒に見た映像記録や研究室のホームページにあった顔。
――加納哲朗博士、その人だった。
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