CODE4 戦場の女神(1)
次の日の朝、両親が、玄関で靴を履く音を確認してから、食卓で顔を上げた。そわそわしているのを見破られそうで、ずっと下を向いて我慢していたのだ。
一日経つと、現金なことにLODDで負けたショックは薄れていた。それより一刻も早く昨日ミサに誘われたことを確認したい気持ちの方が強くなっていた。LODDでコテンパンにやられた相手からチームを組むことを誘われたことに対する興味が、ショックを大きく上回っていたのだ。昨晩、ミサに負けたのと両親との諍いとで落ち込んでいたのが嘘のようだった。
ドアが閉まる音を聞いてから、GGS6の前まで走り、電源を入れる。そして、バーチャグラスをかぶり、リストバンドを付けると、深呼吸してゲームパッドを握り直した。
ログインすると、ロビーでミサを探した。
友だち登録している者同士なら、ゲームにログインしていればチャットできる。平日の朝からゲームをやっている保証はなかったが、何となくいるような気がしていた。
――いた!
友だちのステイタスが画面が、右上に出る。ログイン中だ。
(や、やあ)
急いで、あいさつを打ち込むと(こんにちは)とそっけないテキストが返ってきた。
(昨日はゴメン。突然落ちちゃって)と打ち込んで送信すると、
(いや、別に)と、返ってきた。
何と返していいか分からなくて躊躇していると、向こうからメッセージがきた。
(それで、なんで昨日、突然いなくなったんだ?)
(親が突然帰ってきて、ゲームの電源を切らなくちゃいけなくなって)
(そうか)
ますます素っ気ない。
(あ、あの)
(何だ?)
(怒ってるの?)
(いや、別に怒ってなんかないよ)
(ごめん)
(本当に怒っていないから)
テキストだけ見ると、怒っているようにも思えるし、本当に怒っていないようにも思える。だけど、これ以上この話題を続けてもしょうがないような気がして、ぼくは話題を切り替えることにした。
(あの、昨日言われたことだけど)
(うん)
(チームの誘い)
しばらく間が開いたが、ぼくは意を決してキーボードをタイプした。
(本気かな、と)
(嘘は言わないよ)
(えっと、そういう意味じゃなくて、なんでチームに誘ったのかなと)
ぼくは慌てて質問を変えた。どうやら、本気でチームに誘っていることは間違いが無いようだった。
(キミが強いから。それしかない。何なら、今からクエストに行ってもいいよ)
(そうか。実は手こずってるボスがいるんだ)
ぼくは反射的にメッセージを打ち込んでいた。
先週、配信されたばかりのクエストのことだった。数回、他の仲間と挑戦したが、いずれも負けだったのだ。ミサはぼくの提案を了承したが、二人だけで行くことにこだわった。
(他の人を誘っちゃダメなの? 強い奴を知ってるけど)
(二人で勝つから意味があるんだ)
(なんで?)
(誰もやったことをやるからだ。それとも自信がないのか?)
(分かった。じゃ二人で行こう)
挑発するような言葉に、負けず嫌いの部分が反応する。本当に二人で勝てるとは思えなかったが、心のどこかに、もしかしたら……という思いもあった。
ボス討伐クエストのデータロード中、久しぶりに心が躍る感覚があった。コロシアムステージ以外でこの感覚を感じるのは久しぶりだ。このコンビの力を試せるのが楽しみでしょうがなかった。
程なくして、ジャングルに囲まれたステージが現れ、ぼくはミサと一緒に進み始めた。前と同じなら、そろそろ敵が現れるはずだ。
一際大きな茂みが揺れて、突然そいつが現れた。
セイタン・タートス――。大きな甲羅と鋭い牙を持ち、真っ黒な体には無数の鱗がある。堅い防御力を誇る上、攻撃の威力も半端ない奴だ。離れていてもその巨大な口から灼熱の炎の塊を吐き出す。
(こいつと何回戦ったんだ?)
(三回)
(で、全部負けたのか?)
(ああ、だから今日は勝つよ)
(ふーん。なぜだ?)
(だって)
ミサの挑発するようなテキストに、頭の奥がカッとしてくる。
と、突然、相手の火炎攻撃が襲ってきた。左手の盾で跳ね返しながら、移動する。
火炎攻撃がやんだ途端、目の前にミサのキャラクターが回転しながら現れた。素早く相手の頭に短剣を突き刺すと、敵がひるんで後ずさった。
(私と一緒だから、負けるわけない! だろ?)
ミサが回転しながらぼくの後ろに隠れる。その途端に飛んできた火炎を盾で弾き飛ばす。
(このまま、相手に突進)
(了解)
盾を構えながら、全速力で突進した。
ガギギギッ!!
セイタンの爪と盾が火花を散らしながらぶつかる。
ぼくは同時に剣を振り下ろした。
剣の動きをなぞるように、ミサが飛び出した。
ぼくの剣が当たったコンマ数秒後に、ミサの剣が別の箇所を攻撃する。セイタンは、ぼくの攻撃を防御するのに忙しく、ミサの攻撃によって削られる。
ぼくはセイタンが火炎を吐かないよう体当たりと攻撃を繰り返した。見る見るうちに相手の体力が無くなっていく。
ぼくは攻撃のパターンを変えた。峰にある大きなギザギザの刃で甲羅を削り、その部分に返す刀で切りつけたのだ。
セイタンはその攻撃を嫌がり、他の部分の防御が甘くなった。
盾で体当たりし同じ攻撃を繰り返すと、ミサが飛び出して剣を首に深々と突き刺した。
地響きとともに、セイタンが前のめりに倒れる。
最後の最後まで、二人のコンビネーションは一切の隙を与えなかった。
(結構余裕だったな!)
ミサのメッセージに反応できない。ぼくは興奮していた。最強のコンビだ。あんなに苦労したセイタン・タートスをこんなに簡単にやっつけられるなんて。
(こ、これからも)
(何?)
(よろしく)
(www)
ミサの返事を見て、顔がにやける。
(ヘッドセットは持ってないのか? マイク付きのヘッドホン)
(持ってないよ)
(じゃ、買ってきてよ。キーボードじゃ隙ができる。今日も危なかったし)
(了解)
突然の提案に、反射的に了解したが、戸惑っていた。そもそも、人と話すのが嫌で、キーボードを使用していたのが、直接声でやり取りすることになるとは。
(ね。今日、買ってこれる? そしたら、午後からも遊べるよ)
(だね。買ってくる)
(じゃあ、お昼の一時に待ち合わせよう)
(了解!)
返信しながら、ぼくは同意したことがもたらす結果に気付いて息をのんだ。ミサの声を直接聞くことができる。そして、ぼくの声も聞かれてしまうのだ。
鼓動が早くなっていくのが分かった。
昼過ぎ。ぼくは、バタバタと作業にかかっていた。
段ボール箱や梱包のビニール袋を散乱させ、ヘッドセットをGGS6にセットする。終わると、空になった箱類を慌ててベッドの下に押し込む。
ゲームを起動させ、約束の時間にロビーに行く。
友人リストが立ち上がると、ミサの名前があった。平日の午後だから当たり前かもしれないが、他の友人の名前はなかった。
「や、やあ」
少し、緊張気味に挨拶する。
「き、聞こえてる?」
返事がないことに不安になる。ヘッドセットの設定が間違っているのではないか?
「聞こえてるよ」
澄んだ、でも決して冷たくない声音。心臓が鳴った。同い年くらいの女の子の声だ。
「何? なんか変?」
言葉ほど、口調は厳しくない。それに、テキストの男っぽい文体と違って、普通の女の子がしゃべる感じだ。
「もう、何か言ってよ」
はっと我に返る。
「あ、あの……」
「何?」
「いや。そ、の……あのテキストの感じだと、男だとば、ばっかり……」
正直に言ってしまって、思わずどもる。
「ああ、そっか。ネットだと女だと分かった途端に粘着してくる奴とかいて、鬱陶しいからわざとあんな文体にしてるんだ。普段は私もマイクは使わないから」
ミサはそう言って、えへへと笑った。
その口調は飾り気はなかったが、女の子らしい柔らかいものだった。やはりいろんなサーバーを渡り歩いているのだろう。話の内容から、それなりに豊富な経験を積んでいることが想像できた。
「と、とにかく……。これで万全だね」
ぼくは、すっかりどぎまぎして、顔を赤くしながらそう言った。
「え?」
「いや、だから、これからマイクで話せるからさ……これで無敵だって」
「……あはははは!!」
一瞬の沈黙の後でミサが大声で笑った。
「笑わなくってもいいじゃん!」
「ごめんごめん。怒んないで。そんなつもりじゃないんだけど、なんか笑い出すと止まんなくて」
ひとしきり笑った後でミサが謝った。
「だいじょぶ。怒ってない」
わざと、つっけんどんな口調で言うと、
「うそ」「ホント」とやり取りした後に、また、ミサが笑った。
ぼくも釣られて笑った。嬉しそうなミサの声を聞いてると、ぼくも嬉しかった。
「とりあえず、よろしく」
「うん」
他人と話していて、こんなにしっくりくるのは、初めてかもしれなかった。
「それで本題というか、提案なんだけど……」
この昼に考えていたことを伝えようと、ぼくは口を開いた。
「チーム名だけど、考えがあって……」
「どんなの?」
「その、あの……バルキリー44《フォーティ・フォー》ってどう?」
「ん? 特にこだわるわけじゃないけど、それってどういう意味?」
「北欧神話に登場する神様なんだ。戦場では、死を定め、勝敗を決する女神とも言われてて、なんだかぼくたちにぴったりだと……」
「へえ。でも、44は?」
「実は、昔から4って数字が好きで……。ふと、時計を見ると秒針やデジタルの数字が4を指してることが多かったりして、縁を感じるって言うか、さ。日本では不吉な数字みたいに言われることも多いけど、敵に対しては死神っぽくてよくないかな? 二人のチームだから4が二つ。嫌だったら変えてもいいけど」
ヘッドホンを通して息をのむ声が聞こえ、
「悪くないよ」すぐにミサの声が返ってきた。言葉は冷静な感じだが、口調は弾んでいた。
「本当?」
「うん。やつらにとって私たちは、戦場の女神で死神……ってことね! 俄然やる気が出てくるわ」
ミサの返事に、ぼくは嬉しくて一人笑顔になっていた。端で見ている人がいたら気持ち悪くなるくらいに、へらへらと笑っていたに違いない。
「それじゃ、早速行く?」
ミサの誘いに一瞬遅れて「うん」とぼくはうなずいた。
さっそくチーム名をロビーで登録する。
「とりあえず、ここ最近のクエストは、全部記録狙うよ」
ミサが挑戦的な声で宣言した。
「OK。じゃ最初のクエストはこれでいい?」
うなずきながら、クエストを提案する。ミサが了承するのを待ってクエストを選ぶと、ぼくは決定ボタンを押した。
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