CODE5 戦場の女神(2)

「とりあえず、ここは一人で行ってみて。危なくなったら助けるから」

 チームバトルをいくつかこなした後に、ミサがコーチをすると言い出した。今よりも強くなれば、バルキリー44もより完成したチームになるのだ。異論はなかった。


 対峙しているのは、恐竜タイプのレッド・ブーツ・ドラゴンだった。体中を覆うメタリックレッドの鱗が、日の光を反射してきらめいている。尻尾を含めた全長は七メートル。火炎を吐いたりはしないが、ゲームきっての巨漢であり、スピードもパワーも桁違いだ。


 ぼくはフットワークを踏みながら近づこうとしたが、巨大な尾が邪魔をして中々きっかけがつかめなかった。

「考えちゃダメ。相手が動き出すきっかけを感じるの」

「ゲームなのに、そんなのあるのか?」


「あるわ。このゲーム自体、人間や動物の動きをモーションキャプチャーして作ってるから。攻撃に転じるときには、必ずきっかけの動きがある」

 ぼくが中々、動きを感じることができず、苦労していると、

「私の動きをなぞって」

 とミサが言って、ぼくの前に立った。


 ぼくはミサごしに敵を見つめ、動きをトレースした。ミサが敵の攻撃を余裕を持ってかわしていくのを見て、ぼくは唸った。

「それじゃ、一人でやってみよう」

 ぼくは、ミサの言葉にうなずくと、一人でレッド・ブーツの前に立った。大きく深呼吸をする。


 すると、目の前の映像が一瞬ちらつき、敵の右手が動くというインスピレーションが閃いた。

 ほぼ同時に、敵の右手がわずかに上がる。

 回転しての尻尾による攻撃の初動だ!


 ――躊躇せず、ジャンプする。

 すぐに尻尾が下を通り過ぎていく。

 背中を見せた相手に、すかさず突きを見舞う。


 剣が深々とレッド・ブーツの背中と腹の境目を貫いた。会心の一撃だった。

「さすが。筋がいいよ」

 ミサの賞賛の声が、心地よい。


 だが、これが敵のきっかけの動きに気づいたということなのか――。

 最初に目の前の映像がちらついたのは何だったのか――。

 ミサが言うように、きっかけの動きに気付いたのとは違うような気がした。

 ――ふと、何かが語りかけてきたような気がして、辺りを見回したが、何もいない。

 ぼくは大きく息を吐いた。



 足下に轟音を立てて、モンスターが倒れ込んだ。

 牛のような頭に羊の大きな角。頭には大きく真っ赤な脳が半分見えている。マゴット・ブレイン。

「もう、十匹めだ」

 モンスターから武器の素材になる角を剥ぎ取りながら呟いた。ボスステージを片っ端から回り、あらゆる種類のボス級のモンスターたちを狩っていた。


 ぼくは完全にコツを掴んでいた。敵の攻撃を正確に予測し、カウンターを喰らわせることができる。だが、ミサの強さは更に際立っていた。信じられないようなスピードでモンスターを幻惑する。そして、多彩なフェイントが、そのスピードをより効果的にしていた。


 スタジアムステージにチーム戦がないのが残念だった。ぼくたちのチームの強さは圧倒的であり、誰もついてこれないのではないか、と思えたからだ。

「よし、行こう」

 ミサの言葉にうなずく。


 ぼくたちは、その後も狩って、狩って、狩りまくった。戦いを重ねるうちに、本当に生身のミサと一緒に戦っているような、不思議な感覚に陥っていった。

 すぐ傍らに、激しく躍動する美しい女性の戦士がいる。彼女の呼吸に合わせて攻撃を繰り出し、防御をする。二人のコンビネーションは、速さと力、虚と実を補い合い、確実にモンスターを幻惑し、仕留めた。


 いったいどれくらいの時間、この世界にいるのか分からないくらい没入してプレーした。

「今日はここまでね」

 突然のミサの言葉に、現実に引き戻される。

「もう、こんな時間か?」


 モニターから目を離すと、窓の向こうは真っ暗で、時計の指し示す時間は、既に十二時を過ぎていた。

 首を回し、「ふうっ」とため息をつく。すると、お腹が大きな音で鳴った。空腹に気づくと頭までふらふらしてくる。



 ぼくはミサに促されるまま、ロビーに移動して、ポイントを確認した。

「よしっ」

 無意識のうちに、コントローラーを持ってない方の手でガッツポーズをとっていた。


 今日のトップにバルキリー44のチーム名があったのだ。更に、それだけではなかった。一日で獲得できるポイント数としても、ゲームが始まって以来の記録だったのだ。

「やったわね。まだまだ行けるわよ」

「そうかな」


「私たちが最強のチームなのよ。それもたった二人のチームでよ。価値があると思わない?」

「確かに。こんなチーム、世界中探してもないよね」

二人だけのチームでこの成績はあり得ない。ぼくたちは、ある意味で偉業とも言えるようなことをやり遂げたのだ。満足感で一杯だった。


 ピピッと違うユーザーからのチャットの告知音が鳴った。

「あ。待ってるから、いいよ……」

 ミサが言ってる側から、二人のキャラクターの横に、ずんぐりむっくりした小さなキャラクターが並んだ。

(おい、キング! 元キングか? 返事しろよ。呼びかけても全然反応しやがらねえ)


(ムサシボー。その呼び方やめろって)

(だってさあ、ケイタ。お前、誰なんだよこいつ)

 流されてきた文句のテキストを見て頭をかく。ゲーム中は、ミサとのヘッドセットでの会話に集中していて気づかなかったのだ。

(え、えっと)

 キーボードで返答しようとすると、チャット画面に次々に友人たちからのメッセージが入った。


(なんてこった。いつの間にこんな可愛い娘www/お前が負けた娘じゃん。なんか悔しいぞorz/もう、俺たちとはチーム組んでくれないんだな(T_T)/信じてたのに。ショックだ!)

 ぼくはキーボードに指を走らせた。ヘッドセットの声は、ミサとしか通じないようにしてある。

(みんな、ありがと。しばらくは、このバルキリーで頑張るよ。でも、機会があったら、また遊んでよ)

(俺たちとなんか遊んでる場合か? /お幸せにwww/またねwww/もう、遊んでやるか^ ^)


 なんだか、みんな優しいぞ……。ぼくは、現実の世界では受けたことのない気遣いに少し戸惑いつつ、少し涙ぐんだ。返信を続けていると、再びピピッとチャットの告知音が鳴った。ムサシボーだ。

(ケイタ、話途中だぞ)

(ごめん、ごめん)

(まあ、恋愛は自由だから、あれこれ言うつもりはないけどな)

(そんなんじゃねーよ。お前も一緒にやるか?)

(バカ。そんなこと、するか。それより、この前、聞き忘れたんだけどさ。お前、前にあげたMP3聴いたか?)


(ああ、あのうるさいロック)

(うるさいとか、言うな! 20世紀の名曲だぜ。まあ、曲名は「二十一世紀の精神異常者」だけどな)

(そんな、タイトルだったのか。お前らしいというか)

(どういう意味だよ?)


(いやいや。でも、タイトルはともかく、以外に聴きやすかったよ。ホント、最初はうるさいだけだと思ったんだけど、色んな楽器が複雑に鳴ってるっつーか、クセになる感じだよな)

 ぼくは素直に感想を述べた。実際に昨日の朝もリピートしまくって聴いてたのだ。クセのあるボーカルにハードなギター、動き回るベースにドラム、途中でサックスも入ってきてそれが悪くなかった。


(さすが! 分かってんじゃん。クリムゾンの曲で一番好きなんだ)

(そうなのか。ま。ありがとな。良い曲を教えてくれて)

(ああ。でも、ケイタ、お前の会話にわざわざ割り込んだのは、言っておきたいことがあるからなんだ)

(なんだよ?)


(あのな。照れくさいから、一回だけしか言わない。いいか? 俺たちはダチだろ?)

(ああ)

(だから、もしも、何かあったら……自分の身に危険を感じることがあったら必ず呼べ。いいな、必ずだぞ)

(え?)

 突然、話題を変えられ戸惑っていると、

(じゃあな)とテキストが流れ、ムサシボーがいなくなった。


 来た時も突然だったが、いなくなる時も唐突だった。現れ方や去り際まで、あいつらしいが、単なるゲームで身の危険というのも、大袈裟な話だった。

 いなくなると同時に、ムサシボーからの贈り物のメッセージが届いた。それは、ぼくが普段使っている剣のパワーアップアイテムだった。


「何でこんな物を?」

 不思議に思いながらも剣の束に被せるように装着する。

 一瞬剣が金色に光り、元の色に戻った。見た目はほとんど変わらないが、攻撃力が一割は増しているはずだった。簡単には手に入らないレアアイテムだ。


 次に会った時は、何かお礼しなきゃな。そう思いながら、皆への返信を続けた。

 友人たちがいなくなってからヘッドセットのマイクをセットし直した。ぼくは咳払いをすると、ミサに、心に引っかかっていた質問を口にした。

「ね……。なんで、ぼくを誘ったの?」

「んー……」


 沈黙が続く間、自分でも分かるくらい鼓動の速度が速まる。質問しなけりゃよかった――。そう思っていると、ミサが口を開いた。

「やっぱ、運命?」

「え」

 一瞬で頭に血が上った。

「ははは、照れるぜ、ケイタ」

「ちょっ……もう」

「ふふふ。でも、私が認めたんだから、自信は持ちなさい」

 ミサは笑いながら言った。


「でも、ミサから見て本当にそんなに強いかな?」

 ぼくは率直に訊いた。

「ま、正直に言うと最初はさ、チャンピオンをこてんぱんにやっつけてやろうと思って、あの戦いに臨んだのよ。でもね、私はあなたに他の人にない力を感じたの。閃いたっていうか、フィーリングっていうか、あんま具体的に説明できないんだけど」

「ふうん」


「だから、運命だなって……だって、結果的にこんなに強いチームを組んだの初めてだし。ケイタはそうは思わないの?」

「え。あ、そっ、そうだね……」

 自分の変な期待に気付いたぼくは、もごもごと口ごもった。と同時に、このチームがミサに「運命」と言わせるほどの強さを持っていることが素直に嬉しかった。

「ケイタ、明日も遊べる?」

 気がつくと涙が溢れていた。


 口を開くと泣いているのがばれそうで、すぐに返事ができない。ミサに認められたことが素直に嬉しかった。

「どうしたの?」

 様子を感じ取ったのか、ミサの言葉に心配そうな雰囲気がにじむ。ゲーム機の向こうにいるミサにばれないよう深呼吸して、涙をぬぐうと、言葉を続けた。

「もちろん大丈夫だよ。明日も同じ時間でいいかな?」

「よかった。明日も記録更新ね」

「うん」


 もう、このゲームから離れられない。いや、ミサと会わない日なんて、想像できない。紛れもない自分の世界――。ここには、ミサやムサシボー、そしてぼくを応援し、認めてくれる友人たちがいる。

「じゃね、また」

「うん、絶対」

 再度、噛みしめるように挨拶を交わすと、後ろ髪を引かれる思いでミサと別れ、ログアウトした。ため息をつきながらGGS4の電源を落とす。



 バーチャグラスとヘッドセット、そしてリストバンドを外すと、そのままベッドに転がり込み、今日の戦いのことを思い出した。今までの人生の中で、こんな充実感は初めてだった。心地よい疲労を感じながら寝転んでいると、猛烈な睡魔が襲ってくる。

 あくびをしながら、戦いのコンビネーションのことを考えていると、泥の中に沈み込むかのように、意識が消えていった。

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