CODE31 決着(1)
一階のフロアーは、多くの人で大騒ぎになっていた。
非常用のベルが鳴り響く中、大勢の消防署員と救急隊員が慌ただしく行き来し、けが人が運び出されていく。
ぼくらは、溢れる人混みの中をかき分けるように、建物の外を目指した。
外には、何台もの救急車が駐まっていた。
菊池たちが担いでいた藤田博士を救急隊員に引き渡す。気を失っている藤田博士が搬送用のベッドに乗せられたのを見て、ぼくらは一息ついた。
ムサシボーが、
「病院にたくさんの救急車が集まって、他の病院に連れて行くというのも中々見れる光景ではないね」と言って笑った。
我ながら不謹慎だなと思ったが、ぼくも笑いそうになり、慌てて笑い声を飲み込んだ。
加納博士が先導するようにして、人混みをかき分けて歩いて行った。
途中で博士が振り向き、指さした先は中庭で、そこには人影は見当たらなかった。
中庭に着くと、皆、車座に座った。
植え込まれた樹木が、大きな日陰をつくっている。
腕時計を見ると、既に夕方の六時を回っていたが、まだまだ日は高く、芝生に落ちた木々の葉の陰が模様を作っていた。
今日起こったことがまるで嘘であったかのような穏やかさだった。
ぼくらは、お互いに頭を下げ、挨拶した。
「ムサシボー。さっそくだけど、お前の知っていることを話してくれないか」
「ああ、もちろん。じゃ、まずぼくの本名から……かな。ぼくの名前は、加納よしつね。字は美しいの美に、常識の常という字をあてる」
「また、何という、名は体を表すって言うけど……」
ぼくは
「あ、だからムサシボーなのか」
「お、気づいたな! 自分の名前の字は好きじゃないけど、名前の読み自体は気に入ってるんだ。だから、源義経の一の家来である武蔵坊弁慶から取ったんだよ」
美常が、屈託のない表情で笑った。
「姉ちゃんに聞いただろ? ぼくも魔神に襲われたんだ。LODDをプレイし終わった後に、音でね。魔人は父さんに復讐をするために、LODDに来たらしい。『匂いを追った』って言ってたけど、実はうちの父さん、LODDの開発にも、携わっていたんだ。この人、仕事の話は全然しないから、全く知らなかったんだけど、さ。」
「そうなんですか?」
「すまんな、椎名君。まさか、こんな事件が起こるとは思っていなかったんだ」
「まあ、まあ、ケイタ。うちの父さんには後できつく怒っとくよ」
ぼくの形相が変わったのを見て、美常が頭をかきながら謝った。素直に頭を下げる加納博士や美常に、力が抜ける。
「パニクってさ。貯金持って、家から逃げだして……。何も分かってないから、今にも魔神やモンスターが襲ってきそうな気がしてさ。公園でも寝たし、ネットカフェにもいたんだけど、ネカフェだとPCやゲーム機があるじゃないか。しばらくすると恐怖感も薄れてきて、またLODDにアクセスするようになったんだ」
「なんか、分かるような気もするよ」
ゲーマーの習性なんだろう。同じ境遇だったとしても、ぼくもまたアクセスしたに違いない、と思えた。
「で、ある日、また魔人に捕まりそうになってさ。その時も、なんだかんだで逃げ出せたんだけど、そのことをキクに相談して……。ほら、キクは元々、LODDで友だちだったからさ。そして、特戦研の話になった」
「キクからも聞いたよ。特殊な武器とか、研究してるんだろ?」
「そうだ。さっきも言ったが、軍需産業と自衛隊が協力して設立した秘密組織なんだ」
「何だか怪しいな……。キクが、美常に接触したのは偶然なのか?」
「誓って、偶然です」
キクがむっとしたような顔で言った。
「むしろ、ムサシボーを特戦研で保護することに許可をもらうことの方が大変でした。最初は全く信じてもらえなかったので」
「そうか。じゃ、どうやって偉い人たちを説得したんだ?」
「モンスター目撃事件が、続けざまに起きたことが大きかったんです。本格的な調査が始まるきっかけになりました。実際、説得にはすごく苦労したんですよ」
キクが唇を尖らせていった。
「じゃあ、武器として使おうってアイディアの出元は、キクなのか?」
「もちろん、そうです! このアイディアは上への説得に有効でした。上手く完成すれば、LODDの武装が現実で使えますから。それにスピーカー一つあれば、目の前の敵を制圧できるじゃないですか」
ため息をつくぼくを不思議そうにキクが見つめた。
「何か不明な点がありますか?」
「いや、そうじゃないんだけど……」
「そもそも、今回、我々が出動できたのは、実際にケイタがスマホの音で攻撃されたからなんですよ。ケイタと魔神がここで戦う恐れがでてきたんで、急遽、実戦配備になったんです」
「そうなのか? でも、なんで今日の午前中の学校での事件を知ってるんだ?」
ぼくの疑問に答えるかのように、キクの横にいた男がキャップを脱いで頭を下げた。
「え?」
ぼくはその顔を見て、飛び上がりそうになった。
「は、浜口……先生?」
「自分が、ケイタさんの事件を本部に報告したんです」
学校で人気のある教育実習の先生……だったはずの男が、説明を続ける。
「ゲーム内では美常さんが、学校では私がマークしていました。ケイタさんが工藤たちをぶちのめした後、トラブルにならないようにもみ消すのは大変でしたよ」
浜口はそう言うと、ニヤリと笑ってキャップを被り直した。
しばらく、場が無言になった。風が吹き、木々の梢がざわめく中、遠くから、ヘリコプターのローター音が聞こえてきた。それは、徐々にこちらに近づいてくるようだった。
「うちのヘリだ。とりあえず、ここから離れるぞ」
「うち?」
加納博士が言ったのに、ぼくは、すかさず反応した。
「博士も特戦研?」
「ああ……。美常が保護されて、しばらくしてから、特戦研からコンタクトがあってね」
「じゃあ、ぼくがここに来て、加納博士とお話ししたときには、既に事件の全容を知っていたってことなんですか?」
ぼくは愕然として尋ねた。
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