CODE32 決着(2)
「まあ、概ねはな……」
加納博士が淡々と答えるのを聞いて、ぼくはめまいがする気分だった。本当にこの人だけは、後でお灸を据えなくてはならない。
「じゃあ、ミサのことも分かっていたんですね? 何で、もっと早く助けようとしなかったんですか?」
ぼくは食ってかかった。
「最初はミサの昏睡状態が、美常の件や椎名君の件と繋がりがあるとは思っていなかったんだ。そのことに気付いたのは、三日前にLODDで美沙と椎名君が戦った試合をこの二人が見ていたからだよ」
「藤田博士のことはどうなんですか?」
「まさか、博士がおかしくなってあんなことになるなんてな。少なくとも君を調べたときには正気だったはずだよ。まだね……」
確かにそうだ――。不承不承、ぼくはうなずいた。
藤田博士は、マーク2と融合したことで、決定的におかしくなったということなのだろう。
「ケイタ、だから、父さんは自ら闘うことにしたんだ。一連の事件の責任を感じてね」
そう言葉を発した美常に、ぼくは向き直った。
「奴らと闘うための、新システム。父さんのかけてる眼鏡をよく見てみて」
加納博士がメガネのフレームの耳にかける部分を指で叩いた。よく見ると、通常のメガネよりも少し太い。正面から見ると小さなカメラのようなものが見えた。
「キクが使っているナイフと同じだ。ある種の音波によって武器を敵に認識させる。奴らのコンピューターに送り込んだウイルスプログラムと連動してね。それと付けてる人にも暗示をかけて通常以上の力を発揮させるんだ。更に、脳を通じた遠隔操作も可能にする。おかげで明日は筋肉痛かもしれないが」
加納博士が肩をすくめた。
「美常自身が付ければいいんじゃないのか?」
「いやいや、それだと、まだ上手く力を発揮できないんだ。ぼく自身に暗示がかかると、訳わかんなくなっちゃうんだよね」
すぐさま、美常が否定した。
「それで、コントローラーか……」
「いずれは装着者自身が使えるようにチューンしていく予定さ」
「そうか……、それは、そういう武器になり得るものなんだな」
「そういうことです!」
自分の言った武器という言葉の響きに、落ち着かない気分でいると、突然、キクが背筋を伸ばして言った。
「それに、この銃! 米軍の最新銃をベースにしていて、25ミリグレネード弾を連発できるんですよ!」
一瞬唖然としながら、ぼくはキクの頭をはたいた。
「もう、大きな声出すなよ。びっくりするだろ」
ぼくは、顔では笑いながら、違うことを考えていた。ゲームじゃなく、実際に闘った実感を――大人の理屈ってやつに巻き込まれたことを――そして、その原因が、僕自身の運命に深く関わっていたことを――。
空を見上げた。さっきまで遠かったヘリコプターのローター音が、大きくなっている。
程なくして、上空に来て、強い風が巻き起こった。少しずつ降りてくるヘリを見上げながら、ぼくらは後ずさった。
「なあ、美常、あの継ぎ接ぎだらけのモンスター、ストーム・ブリンガーだっけ。お前の趣味なのか?」
「ああ。外国のファンタジー小説に登場する剣の名前でさ、70年代のハードロックバンド、ディープ・パープルの有名な曲名でもあるんだぜ」
古いロック・マニアなところは相変わらずだ。話をしていると、前から知っているムサシボーと同一人物だと再認識する。
――その時。
首筋の毛が逆立ち、悪寒が走った。
美常のポケットが大きく膨らむのが見えた。
「嘘だろ!」
美常が叫びながら、ポケットのコントローラーを空中に放り投げた。
「わたしは、死なん」
「オレハ、シナナイ」
コントローラーから魔神の右手が大きく伸びていた。
魔人の上半身が、ぞろりと出てくる。
恐ろしいことが起ころうとしていた。
コントローラーを覆うように、魔神の全身がみるみる膨らんでいく――。
ぼくは、あまりに突然の出来事に思考が停止し、次々と現れる魔神の体に見入ってしまっていた。
「あのコントローラー、スピーカーが付いているのか?」
「あれ自体が高性能のコンピューターなんだ。やばい……ストーム・ブリンガーのデータもあれに入ってる!」
美常が何度もうなずきながら言った。
坊主頭の魔神の顔、そして、藤田博士の顔――。魔神の顔がくるくると変わった。
「必ず、わたしは進化する」
「必ズ、オレハ、戻ッテクル」
二人の顔がそう言うと、体にストーム・ブリンガーの巨大なパーツが重なって見えた。
「ふ、フ、ふ、ハ、は、ハ」
博士と魔神の笑い声が重なって聞こえた。
降りてくるヘリコプターが、再び上空へと舞い上がっていく。あたふたとしたその動きは、明らかに魔神の姿が見えているからに違いなかった。あの大きなローター音を突き破るほどのパワーで音を鳴らしているのだ。
このままだと、魔神が復活してしまう。それも、以前よりも巨大な力を持って。
――と、耳をつんざくような轟音とともに、コントローラーが弾け飛んだ。同時に魔神もかき消えるように消え去った。
音のした方を振り返ると、キクが銃を構え、大きく肩で息をしているのが見えた。
ぼくは右手に油性ペンを握ったまま、大きくため息をついた。力を入れすぎたせいか、ペンを握った指が真っ白になっていた。
「ありがとう、キク」
歯を食いしばり、目を大きく見開いたキクの顔を見て、ほっとする。
突然の出来事に対処し、反射的に敵を攻撃してしまうところは、戦闘のプロの面目躍如という所だった。
「よかった、本当によかった」
美常とミサが、笑顔で涙を拭いながら言った。
ぼくらは、大きな笑い声を上げ、肩をたたき合った。
大きく風が吹き、木々の梢が揺れた。
ヘリコプターがゆっくり着陸してくる。
ローターが止まってから、ぼくは、空を見上げた。
空は抜けるように青く、丸く白い雲がぽっかりと浮かんでいた。にっこりと微笑むような雲を見ながら、心の中でマーク1に語りかけたが、返事は返ってこなかった。
遠くから聞こえてくる救急車のサイレンが、微かに優しく耳に響いた。
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