CODE2 ぼくの世界(2)
家に着くと、靴を脱ぎ捨て、階段を駆け上った。自分の部屋のドアを勢いを付けて開き、足音を鳴らしながら入っていく。
鞄をベッドに放り投げると、コンビニの袋から取り出した冷えたコーラを急いで喉に流し込んだ。炭酸の刺激と補給された水分とで頭が冴えてくる。
ぼくは、あごに流れたコーラを拭うと、ゲーム機、GGS6の電源を入れた。
GGS6は、great game station 6 の略だ。3Dバーチャルリアリティシステムを備えた家庭用ゲーム機で、日本の大手家電メーカー製だった。高性能PCに匹敵するほどのリアルな3D描画能力を持つため、世界中で圧倒的シェアを誇っている。
ぼくはキーボード兼ゲームパッドを膝の上に置き、バーチャグラスとバーチャヘッドフォンを装着した。手首にも振動や圧力を感じさせるリストバンドをつける。電源を入れると、程なくして立ち上がったメニュー画面で、目当てのゲームを選択した。
壮大なファンファーレとともに、スタート画面が立ち上がり、Live or Die in the Dark night landの文字が浮かび上がる。LODD(ロツド)と略して呼ばれるこのゲームは、世界中で大流行しているオンラインゲームだった。
スタート画面から程なくしてログイン画面に移ると、自分のワールドを選択し、パスワードを入力する。LODDではワールドと呼ばれるサーバが複数あった。レベルが上がるに従ってランキングの高い世界に所属することになる。
今、ぼくが所属しているのは、一番上のクラスのワールドの一つであるニュウ・シンジュク・ワルキューレBという冗談のような名前のサーバだった。ワールドを選ぶと、ステイタス画面が立ち上がり、自分の使用しているキャラクターが現れる。
ワールドの中に踏み込むと同時に、キャラクターと自分の視線がシンクロした。目の前に中世ヨーロッパの町並みをデフォルメしたような風景が広がった。
LODDは、いわゆるFPSと呼ばれる主観視点のゲームの一種だ。プレイヤー自身の視点で行うゲームで、バーチャグラスとバーチャヘッドフォンの効果も相まってリアルさという意味では他に比べる物が無い。
ちょうど一年前――たまたま辿り着いたブログ記事を読んだことがきっかけだった。
キャラクターは全て剣闘士。それまで、培った戦いの技術と装備が物を言うのだ。当然、チームで戦いに行ってキャラクターが死にそうになったら、そのクエストはおしまいになる。
蘇らせる呪文や体力回復の魔法なんていう便利なものはなく、やられれば、トップ画面に戻されてやり直し――。でも、それがシンプルでよかった。
とてつもなく広いフィールドには、山や森、草原のような自然のステージはもちろんのこと、城や街のような建造物中心のステージもあった。
街のエリアの石畳の上を進み、煉瓦や石造りの街並みを見回していると、ここがまるで本当の世界のような気がしてくる。ぼくは、そこら中を歩いているプレーヤーやゲームの
青空商店街のエリアに入り、装備を売っている武器屋や道具屋を覗きながら歩いていると、ピピッとチャットの告知が鳴った。
(おい、キング!)
(やめろ、その呼び方)
(わり、わり。でも、ケイタ。なんでこんな時間にいるんだよ?)
(お前こそ、何でこんな時間にいるんだ?)
画面下にキーボードで打ち込んだテキストが流れる。マイク付きのヘッドセットを使えば直接話すこともできるのだが、人と直接話すのは苦手でキーボードのチャットを使っている。
横に、ずんぐりむっくりな小さな男のキャラクターが並んだ。
緑色のぴったりとしたズボンに中国のカンフー着のような黒い詰め襟の上着を纏い、手には薙刀を持っている。上着は、詰め襟の後ろにフードがついていて、ユーモラスな雰囲気を醸し出していた。
友人のムサシボーだった。以前は、よく一緒にクエストに行っていたが、最近はご無沙汰だった。
(お互いサボりって事か)
(そういうこと。今日は一緒にクエストに行くか?)
(いや、今日はやめとくわ)
(今日も、だろw)
(わり。でも、ケイタも、スタジアムの対人戦目当てだろ?)
(まあ、そうなんだけどさ)
(ほら、そうじゃん(^_^) じゃな)
(またな)
別れの挨拶を入れると、キャラクターを前に進める。
このゲームには、単独もしくはチームを組んでストーリーに沿ったクエストを解いていくモードの他に、ユーザー同士で戦う対人戦モードが用意されていた。
対人戦専用のステージが用意されており、そこにエントリーして戦う。対戦相手に勝つと、経験値と一緒にゲーム内での通貨を手に入れることができるのだ。
ゲームに慣れてくると、他人と比較してどうなのか、ということに興味が移っていくのは自然なことだった。経験と技術、これまでの戦いで得た装備やキャラクター自身の能力がものを言う対人戦に、ぼくはすっかりはまり込んでいたのだ。
遠くにコロシアムが見えてくる。
「おい、あれ、キングじゃね?」
プレーヤーたちがぼくを指して言っているのが聞こえる。マイクを使っているユーザーたちの声だ。
キングと言うのは、ここ二か月ほど対人戦無敗のぼくについた通り名のようなものだった。たまに頭を下げる奴までいて、そんな時は鷹揚に手を上げて、挨拶を返す。現実の世界とは、まるで違う――学校との違いに思わず笑いが込み上げてくる。
しばらく歩くと、古代ローマのコロシアムを思わせる巨大な円形の建築物が見えてきた。岩石のブロックが積み上げられた壁は、見上げるほどにそそり立っている。壁面には細かいひびが入り、日の当たらない場所には苔が密生している。仮想の建築物であるはずなのに、建ってから何百年も経ているかのようにリアルだ。
門をくぐると、体が一瞬震えた。
さあ、今日はどんな奴が相手だ? ぼくは口元に笑みを浮かべ、コロシアムへとキャラクターを進めていった。
*
歓声が上がる中、ぼくは基本的な技をいくつか繰り出しながら周りを見渡した。
観客席にはたくさんのキャラクターがいた。それらは作られた群衆(モブ)などではなく、実際のゲームユーザーたちだ。彼らもゲーム内の通貨をどちらが勝つかに賭けているのだった。
チャット画面に、観客からの応援メッセージが流れる。
(キング、おまえに賭けたぜ/ ガンバ。期待してんぞwww/ 行けキング!!/ 大すきっ(^_^)/ 続けて、頼むぜwww)
ぼくはそれらを見て苦笑した。大半は自分がぼくに賭けていることが前提のメッセージだったからだ。誰もぼくが負けることは想像もしていないのだろう。
(まかせとけ)
ぼくはメッセージを打ち込むと、コントローラーを握り直した。
既に三人倒している。不安はみじんも無い。
程なくして、反対側のゲートから対戦相手が進んできた。このゲームに似つかわしくない華奢な体つき――。煌びやかな銀色の鎧を纏った女性のキャラクターだ。
(こいつ? 弱そーじゃんwww/ 楽勝だな!/ まじかっ。あっちに賭けたぞorz)
友人とは別のユーザーたちの感想も、次々に左から右へと流れる。
相手のステータスが画面に現れる。
「――スピードタイプで、性別は女性っと……、このサーバーに登録してから三日目で、戦績は百四勝0敗……?」
画面を読んでいたぼくは、その戦績に驚き、一瞬固まった。
「始めて三日でランキング二位? マジか……」
きっと経験者なのだろう。他のサーバーで経験を積んで、新たにアカウントを作ったに違いない。そうでなくてはあり得ない戦績だ。
相手が身につけた鎧は、体を覆う面積が極端に少ないタイプだった。両手に持った軽量な短刀が光を浴びて煌めいている。
指を鳴らすと、キーボードと一体化しているコントローラーを握り直す。
スピード重視の相手に使う常套手段があった。防御に徹して、こちらからは動かず、相手の隙ができるのを伺うのだ。キャラクターは人が操っている以上、どこかで攻撃が途切れる。その一瞬に全力の一撃をカウンターで当てる――。
一発当ててしまえば、こちらのものだ。あとは普通に戦っても、少しずつ相手のヒットポイントが削られ、倒すことができるはずだった。
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