第28話 困難・災難・初配信
「いや〜、休みの日なのに張り込みしてるなんて関心だね、
向かいの席に腰掛けた乗冨が、嬉しそうに言った。
もはや名前を間違っていることなんてどうでもいい。
なんで今日に限って、こんなところで乗冨にばったり出くわしてしまうんだ。
神様のいたずらか?
にしては、悪趣味すぎるだろ。
乗冨はアイスカフェオレを頼んでから、早く張り込み結果を聞かせろと言わんばかりにずずいっと身を乗り出して尋ねてくる。
「それで? それで? 怪しい人は見つけた?」
「いや、まだ……」
「あ〜、そっか〜」
残念そうに肩を落とす乗冨。
何で残念そうなんだよ。いなかったって言ってるんだから少しは安心しろよ。
「……あ」
と、乗冨の肩が雨でぐっしょりと濡れていることに気づく。
「あ、あの。このハンカチ。よかったら使って……」
「お? 何、何〜? メッチャ気が利くじゃ〜ん。ありがとー」
「い、いや」
べ、別に気を使ったとかじゃないからな。
ずぶ濡れの女の子を放置して、周りから白い目で見られるのが嫌なだけだし。
ハンカチで服を拭きながら乗冨が続ける。
「雨、やばいよね。流石に私も一瞬ラムりん家行くのためらったもん」
できればそのままためらって欲しかったけどな。
心の中でツッコミながら、乗冨に尋ねる。
「あの、乗冨さんはどうしてここに?」
「え? 私? 雨で部活が休みになったから、ちょっとラムりんとこで晩ごはんをごちそうになろうかなって」
「なるほど」
とは言ったものの、全く意味がわからなかった。
部活休みになったら、なんで清野の家でご飯を食べることになるんだろう。
それに、雨で部活が休みになったって、お前バスケ部だろ。
まさかただのサボりか?
「……あ、ごめん」
ハッと何かに気づいた乗冨が言う。
「いきなりそんなこと言われても意味不だよね」
「あ、いや、まぁ……」
「ウチら女バスって、土曜日は外練でロードワークやってるんだよね。だから雨が振ったら休みになるんだ」
「あ、そうなんだ」
「……一応聞いとくけど、サボってるだけだろとか思ってないよね?」
「えっ!? まっ、まさか!」
そのとおりです! バチコリ思ってました!
「まぁ、いいや。それでね、私の家ってここから歩いて5分くらいのところなんだけど、小学生の頃からお互いの家を行ったりきたりしててさ。私がラムりん家でご飯食べることもあるし、あいつが私の家で食べることもあるんだ」
「昔から仲がいいんだね」
家族ぐるみの付き合いっていのは、前に聞いたけど。
「まぁね。あいつ、小学生の頃に色々と嫌がらせされててさ。そんときに学級委員長だった私が間に入ってトラブル解決したりしてたんだけど、いつの間にか仲良くなってね。それから家族ぐるみで付き合うようになったんだ」
「え? 嫌がらせって……清野さんが?」
「そ。イギリスと日本のハーフだってのを理由にね」
意外すぎる話だった。
あの陽キャの女王、清野が嫌がらせされていたなんて。
てっきり子供の頃から人気者で、常にクラスの中心にいるとばかり思っていた。
でも……僕もいじめられる側だったからよく知ってる。
いやいや、それって長所だろ!? って思うことでも、周囲と違っていたら嫌がらせを受ける理由になってしまうのだ。
可愛すぎるというのも、ある意味で「異質」な存在なのだ。
「ラムりんが中学のときにナントカってオーディションを受けたのも、私の助けがなくても大丈夫だってのを証明するためなんだって。なんだよそれって感じだよね」
「そ、そうだね」
「ま、それでグランプリ取って、芸能事務所に入ることができたんだから乗冨サマサマって感じなんだけどさ」
へへへ、と恥ずかしそうに笑う乗冨。
お前が自分で言うな。
でも、何だか清野っぽいエピソードでほっこりしてしまった。
なんでそれで証明しようとしたの? って感じで、なんだか微笑ましい。
「芸能人になって、前みたいな嫌がらせを受けることはなくなったんだけど、違う苦労は増えてるみたいなんだよね」
「違う苦労?」
「ファンの男が街中で声をかけてきたりさ。ほら、ラムりんも立場があるから無下に断れないじゃない? だから代わりに私が断ったりしてるってわけ」
そういや、前にも似たような話を清野としてたっけ。
清野本人が「天然系切り返し術」で断ってるみたいだけど、角が立つ可能性はある。
だから、乗冨みたいな第三者が代わりに断ってやるのは清野を守るために必要なのかもしれない。
とはいえ、別の問題が発生する可能性はある。
恨みまで身代わりしてしまう問題だ。
「でも、それじゃあ乗冨さんが危険じゃない? 声をかけてきた連中に変な恨みを買われるかもしれないし」
「かもね。でも、大丈夫。私って運動神経には自信があるし、やばくなったら逃げればいいし」
「いや、逃げればいいって」
確かに乗冨はバスケ部のエースって聞くし、運動神経はずば抜けてるだろうけど、相手が大人の集団だったりしたら危険すぎる。
この前の秋葉原みたいなことが起きたら、たとえ乗冨でもひとたまりもないだろう。
「ぼ、僕も協力するから」
「え?」
「いや、その……乗冨さんがやってることに僕も協力する。だから、えと……あまり危険なことにひとりで首を突っ込まないでよ」
「……っ!?」
ギョッと目を見張る乗冨。
目を何度もぱちくりと瞬かせ、ふわふわと視線を彷徨わせたあと、消えてしまいそうな小さな声で言う。
「あ、ありがとう……で、いいのかな?」
「し、知らない」
何だか気まずい空気が流れ始める。
う〜、勢いにのってキモいこと言ってしまったかもしれない。
「……な、な、なんだよ〜」
乗冨が、はずかしそうに引きつった笑顔を浮かべる。
「キミって、実はいいヤツだったんだね?」
「じ、実は? 僕をどんなやつだと思ってたの?」
「え? 陰キャオタクのストーカー?」
「……陰キャオタクってところだけは正解だけど」
というか、ストーカーだって未だに思ってたのかよ。嫌疑は晴れたんじゃなかったのか?
などと話していたら、スマホにポコンと通知が表示された。
Youtubeで配信がスタートしたことを知らせる告知だ。
時間を見れば、19時を回っていた。
どうやら黒神ラムリーの初配信が始まったらしい。
僕は急いで通知をタップして、Yotubeの画面を開く。
すぐに見慣れたキャラクターが現れた。
白と青を基調とした学生服っぽい衣装を身にまとった、ボブカットの女の子。
黒神ラムリー。彼女が、スマホ画面の中で喋っていた。
嬉しさが去来すると同時に、ホッと心の底から安堵した。
ああ良かった。とりあえず何のトラブルもなく、配信をスタートできたらしい。
清野の声は聞けないけど、「自己紹介」と書かれた背景を前に、ラムリーが楽しそうに話している。
視聴者数を見ると、なんと数十人のリスナーがいるようだった。
初回配信なのにすごい。
有名事務所に所属しているVtuberだったら初回から桁違いの視聴者が来るけれど、無名でこの数はすごいと思う。
僕の宣伝が功を奏した……とか?
「ちょっと」
と、乗冨が胡乱な目で僕を見ていた。
「こんな良い話してるのにアイドルの配信観るなんて、度胸あるねキミぃ?」
「あ、いや」
僕は慌ててかぶりを振る。
「ごご、ごめん。でも、これは好きで観てるってわけじゃ……仕事っていうか」
「あ、なにその子? もしかして、Vtuberってやつ?」
「え? あ、ちょ」
乗冨が僕のスマホを覗き込む。
「……へぇ。可愛いじゃん」
「か、可愛い? キ、キモいとか思わないの?」
「へ? なんで? 普通に可愛いと思うけど。それに、キミが好きで観てるものをキモいだなんて言わないよ。失礼じゃん」
乗冨が、さも当然と言わんばかりに言い放つ。
軽く衝撃を受けてしまった。
こういうとき、「いやいや、こんな状況でそんな動画みるなんて、キモすぎるでしょ(笑)」って嘲笑するのが陽キャ・リア充だと思ってたのに。
まさか、認めてくれるなんて。
「……あ」
乗冨の予想外の反応に呆然としていると、突然配信画面が真っ黒になった。
「あれ? 配信終わった?」
「い、いや」
そんなはずはない。配信が始まってまだ5分も経っていないし。
もしかして、僕のスマホの通信が不安定なのかと思って他の配信を確認してみたけど、問題なく視聴できた。
それに、リスナーが心配しているコメントが流れている。
これは──清野側のトラブルだ。
ネットワーク関係?
いや、配信が継続していることを考えると、カメラ関係のトラブルか。
何にしても一度清野とLINEで話す必要がありそうだ。
でも──。
「……ん? どした?」
「あ、いや」
僕はさっと視線を乗冨からそらす。
乗冨がいるここで、清野にLINEをするわけにはいかない。
でも、早く連絡しないと。清野のやつ、絶対テンパってる。
「ごめん、乗冨さん。ちょっとトイレ!」
「あ、おけ〜。じゃあ、私、シフォンケーキ頼んで良い?」
「ご、ご自由にどうぞ」
何が「じゃあ」なのか全くわからんけど。
というかお前、清野の相手のことなんてすっかり忘れてるだろ。
そう心の中で吐き捨てた僕は、清野に連絡するためにトイレへと急いだ。
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