第43話 意外な大先輩
「…………」
寧音ちゃんが、テーブルに置かれた5枚の紙を食い入るように見ている。
先日、寧音ちゃんとの打ち合わせに使ったオシャンティなカフェに僕たちはいた。
寧音ちゃんの依頼を受ける決心をしてから4日が経ち、僕がデザインしたのげらちゃんを見てもらうことになった。
描いたキャラは5体。
そのどれもが僕が持っているすべての技術をぶちこんで描いたキャラたちだ。
ここに持ってくる前に姉に見せたけど、「あたしより上手くないかい?」と軽く凹んでいたので、クオリティは折り紙付きだと思う。
「…………」
清野も固唾を呑んで寧音ちゃんを見ている。
本当はひとりでここに来るつもりだったんだけど、「私ものげらちゃんイラストが見たい!」と言って聞かないので同席することになったのだ。
というか、僕以上に緊張している感じがするけど、なんでだ?
「あの……いつもこんなに描いてるんですか?」
ポツリ、と寧音ちゃんが言った。
「5キャラもデザインしてくれてるだけですごいのに、詳細な三面図と小物のデザインまで……」
「それ、ビックリだよね!?」
ガタッと身を乗り出したのは清野だ。
「東小薗くんって、ラムりん描いてくれたときも10体くらいデザインしてくれたんだよ!? 全部描き込みがパない感じで、ラブみがハンパなかった!」
「じゅ、10体も……!?」
寧音ちゃんがギョッとした顔で僕を見る。
「あ、いや、あれは何ていうか、勢いで描いちゃったっていうか」
あの時と同じように、最初から10キャラとか5キャラも描くつもりはなかった。
描いているうちにノッてしまって、気がついたらそんな数を描いていたのだ。
「あの、どうかな? 気に入った子はいます?」
恐る恐る寧音ちゃんに尋ねると、彼女はしばらく考えてボソッと言う。
「……あの、ぶっちゃけていい?」
「え、あ、はい」
なんだろう。ちょっと怖い。
これはあまり良くない返事が来るのか……と身構えたのだが。
「全員、可愛すぎ……っ!」
恍惚とした表情を浮かべる寧音ちゃん。
彼女の目の中にハートが見えた気がした。
「だって、こっちの狐っぽい子は小動物っぽくてすごく可愛いし、こっちの魔女っぽい子はメチャクチャセクシーだし! ていうか、5キャラもいるのにハズレが無いって、どういうこと!? すごすぎるんだけどっ! ねぇ、どうして!? どうしてあたしの好みをここまでピンポイントで突けるの!? あり得ない! いや、実際あり得てるんだけど! 聡さんって神なんですか!?」
「…………」
突然の豹変っぷりに、目が点になってしまった。
この暴走っぷりには既視感があるなと思ったけど……そうだ。のげら配信でよく見た光景だ。
やっぱり寧音ちゃんはのげらちゃんの中の人なんだな。
うん、何ていうか、感動だ。
「……あう」
ほっこりしていたら、寧音ちゃんは顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。
「ご、ごめんなさい。また暴走しちゃった」
「あ、や、別に大丈夫ですよ」
むしろもっと見ていたいというか。
しかし、とりあえずは上々の反応で安心した。
なにせ相手は、あのもぐらちゃんなのだ。
もぐらちゃんを作ったときも、姉の神イラストを沢山見ただろうし、デビューしてからも、僕なんかが足元にも及ばない神イラストを沢山見てきたはず。
そんな目が肥えた寧音ちゃんに「可愛い」と言ってもらえるなんて、嬉しすぎる。
「ちなみに、聡さんのお気に入りはどの子ですか?」
「あ、えと……この子かな」
僕が手にしたのは、5キャラの中で一番見た目が大人っぽいキャラだった。
髪は白髪お団子ヘア。服はメイドとドレスを足して2で割ったような黒い衣装で、龍をあしらったタイツをしている。
もぐらちゃんと比較すると、明らかに路線が違うキャラだ。
「お姉さんキャラですね」
「うん。のげらちゃんって僕の中ではこんなイメージで……皆を引っ張っていく感じっていうか。でも、こんなしっかりしてそうな見た目なんだけど、実はぐうたらしてる性格って設定なんだ」
「あはは、いいですね。すごく私っぽい」
これもいわゆる「ギャップ萌え」というやつだ。
ヒントにさせてもらったのは姉だけど、口が避けても本人には言えない。
そんなことを言ってしまったら「キャラデザの参考にするなんて、あたしのこと好きすぎかよ〜」とかニヤニヤしながら言いそうだもん。
「……うん、良い。すごく良い」
マジマジとキャラデザインを見ながら寧音ちゃんが続ける。
「この子、気に入りました。この子にします!」
「え? 本当に? そんなあっさり決めちゃっていいの?」
「はい。こういうのって、ファーストインプレッションが大事なので」
「わかる! 私もラムりんみたとき、ビビって来たもん!」
すかさず清野が割って入る。
「有朱さんもそうだったんですか? そういうの、ありますよね」
「うんうん、あるある」
ほわほわ〜っと、幸せな空気が清野と寧音ちゃんの間に広がる。
しかし、とそんな寧音ちゃんを見て思う。
本当にこんなあっさり決めて大丈夫なのだろうか。
プロ……って言ったら変だけど、寧音ちゃんはVtuber活動で生活している人間だ。
このキャラ如何で収入が大きく変わってしまう。
だから、もっとじっくりと時間をかけて修正に修正を重ねて決めるもんだとばかり思っていたけど。
でも、本人が良いっていうんだから僕がアレコレ口をだすべきじゃないか。
一応「気になった所があったら修正する」という前提でアニメーション作業に移ることになった。
作業期間は大体一週間。
今月末に完成したデータを寧音ちゃんに渡すという流れになった。
「あ、そういえば聡さんって、RINさんの弟さんなんですよね?」
打ち合わせが一通り終わって一息ついたとき、何気なしに寧音ちゃんが尋ねてきた。
「RIN?」
「もぐらママの、イラストレーターのRINさんです」
「あ、えと……そう、ですけど」
RINは姉のペンネームだ。僕のSato4と同じで、なんのひねりもない。
ていうか、何でそのことを知ってるんだ?
「実は昨日、RINさんからLINEが来て、『気合入れるように言っておいたから、期待しといて』って」
「えっ、ホントに?」
あいつ、そんなLINEを送ってたのかよ。メチャクチャ恥ずかしいな。
事前に知らされなくてよかった。良いものを作らなきゃというプレッシャーで潰れちゃうところだった。
「それを聞いて、『ああ、だからか〜』って思いました」
「……? どういうこと?」
「ツイッターでラムリーちゃんのイラストを見たとき、ビビビっと来た理由です。もぐらママの弟さんが描いたイラストですもん。きっと似た匂いを感じたんですね」
「……」
言葉につまってしまった。
確か、清野にイラストを見られたときもそんなことを言われたっけ。
別に僕は姉からイラストの描き方を教わったわけじゃない。
彼女の背中を見て、いつかあんな可愛いイラストを描けるようになりたいと思っていただけだ。
憧れて、追いかけて──だけど、まだまだ背中すら見えていないと思っていたけれど、ほんの少しだけ姉に近づけたのかもしれない。
「あっ、そういえば、寧音たんっていつからのげらたゃで活動再開するんですか?」
あっけらかんとした声で清野が尋ねてきた。
いい話だなぁと胸が熱くなってたのにさらっと雰囲気ぶちこわしますね、あなた。
「ええっと、早ければ来月の頭くらいから始めようかなと」
「え、そんな早く!? 事務所は大丈夫なの!?」
「一応やめたいってことは伝えています。元々、契約が今月末で更新だったので、そこが狙い所かなって」
「あ〜、なるほど〜」
納得したように頷く清野だったが、その会話を聞いていた僕は内心、ドキドキだった。
結構、ぎりぎりのスケジュールだったんだな。
運良くデザインのアイデアがポンポン出てきて筆が乗ったからよかったけど、沼にハマってしまってたら完全にアウトだった。
「あの、有朱さん?」
と、どこかよそよそしい寧音ちゃんの声。
「のげらで活動を再開したら……私とコラボしませんか?」
「「……えっ」」
つい、清野と声がハモってしまった。
「コッ、コラボって……私と? 一緒に配信するってこと?」
「はい。ご迷惑じゃなければ」
一瞬、キョトンとする清野だったが、すぐにニンマリと満面の笑みを浮かべる。
「いやいや! ご迷惑とかないから! ていうか、逆に良いの!? 私、無名のペーペーVtuberですけど!?」
「有朱さん……というか、ラムリーちゃんだからやりたいんです。だって、同じ
「……っ」
寧音ちゃんに見つめられ、ドキッとしてしまった。
そうか。言われて気づいたけど、黒神ラムリーとのげらは同じ
だとしたら、コラボは自然の形だ。
しかし──これはすごいことになってきた。
もぐらちゃん引退と、のげらちゃん活動再開……ってだけでかなり騒ぎになるだろうし、そこでコラボなんてしたら話題をかっさらうことになるだろう。
黒神ラムリーの名前も一気に広がるかもしれない。
想像しただけで、おしっこチビりそう。
「よかったら、LINE交換しませんか?」
「うん! 交換しよ!」
「あとでディスコのアカウトも送りますね。EPEX、一緒にやりましょう」
「おおおおおっ! やろうやろう! てか、まさかのげらたゃと一緒にFPSすることになるなんて……これはゆめかまぼろしか!?」
今にも泣き出しそうな清野。
うん、その気持、すごいわかる。
「……よし、これでオッケー」
寧音ちゃんが大興奮の清野とLINEを交換する。
そして、どういうことかそっと僕の前にスマホを差し出してきた。
「……あの、できれば聡さんも」
「ヴォ!?」
意表をついた一言すぎて、危うく飲んでいたコーヒーを吹き出すところだった。
「だ、大丈夫ですか?」
「ゲホゲホっ……ご、ご、ごめんなさい。で、でも、な、なんでも僕なんかと!? てか、交換して大丈夫なんですか?」
「え? だっておふたりで活動しているんですよね?」
「……あ」
そうだ。
そういえば、そういうことにしていたんだった。
「コラボ内容の相談もそうですけど、今回のギャラのお支払いのやりとりもしないといけないですし」
「そ、そうですね」
そう考えると、連絡先の交換は必要か。
しかし、もぐらちゃんの中の人と連絡先を交換することになるなんて、ひと月前の僕に言っても絶対信じてくれないだろうな。
「てかすごいね。東小薗くん、プロじゃん」
「そ、そういうことになるのかな」
清野が言う通り、これが僕のイラストの初仕事ってことになる。
最初の仕事がのげらちゃんのキャラデザって……やばすぎるな。はじめて買った宝くじで1等当てるくらいのレベルだ。
僕は震える手でスマホを取り出し、ID交換をした。
LINEの連絡先に「小俣寧音」の名前が出てくる。
何気に僕のLINEの友達リストってすごい。
芸能人の清野有朱に、日本一のVtuber、猫田もぐら。
これ、携帯落としたらヤバいことになるな。
「あ、アイコン可愛い! これ、君パンのかすみたんじゃん!」
LINEを見ていた清野が嬉々とした声をあげた。
どうやら寧音ちゃんのプロフィールを見たらしい。
プロフィールをタップすると、君パンのかすみたんのコスプレをした寧音ちゃんが表示された。
うわ、なんだこれ。可愛いすぎる。
「あ、これ、文化祭でコスプレしたときのやつなんです」
「えっ!? もしかして、かすみたんコスで『ロシアンたこ焼き』やったとか!?」
「そうですよ! 文化祭ってだけであの『ロシアンたこ焼き』が出てくるって流石ですね!」
「えへへ、文化祭回、神だったもんね。ヒロくんに食べさせようとしてたマスタードたっぷりたこ焼き、結局かすみたんが自分で食べることになってさ」
「泣きながら謝るやつですよね。かすみちゃん、最高に可愛かった」
寧音ちゃんが自分のプロフィール写真をしみじみと見ながら感慨深げに続ける。
「学生最後の文化祭でかすみちゃんをやれて、本当によかったですよ。最高の思い出です」
「最後?」
「はい。今年3年なので、この時の文化祭が最後なんです」
「てことは、今年受験か」
「そうですね。卒業したら大学に行こうかなって」
「そっか、だいがく──」
さらっと流してしまいそうになったけど、寧音ちゃんが妙なことを言っていることに気づく。
「……って、大学?」
「はい」
「え? 飛び級とか?」
「……?」
首をかしげる寧音ちゃん。
や、だって今、中学3年なんだよね?
もしかして、海外の大学に行くとか?
あっちは飛び級で行けるとか聞いたことがあるし。
いや、でも、だとしたら今、日本にいるのは変だな。
…………何か、根本的に間違っている気がしてきた。
「あ、あの小俣さんって、今どこの学校に通ってるの?」
「え? 私ですか? 聖マリアント女子学園ですけど?」
聖マリアント女子学園って、確か白金にあるお嬢様女子高校だよな。
そんなところに行くなんて、なんて育ちが良い。
ていうか、ツッコむべきはそこじゃなくて。
え? マジで?
寧音ちゃんって──高校3年生だったの!?
「…………先輩、だったんスね。あ、あはは」
「……??」
キョトンとする寧音ちゃん。
見た目で中学生だとか思って、ごめんなさい。
今後は謹んで敬語を使わせていただきます。
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ここまでお読みいただきありがとうございす。
これにて第4章は終了でございます。
またまたストックの兼ね合いで、第5章スタートは6/8(水)からになります!
いよいよ次が最終章です。
書き溜めて毎日更新で最後まで行きたいと思っておりますので、お楽しみに!
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