第5章
第44話 事件に次ぐ事件
猫田もぐら引退のニュースは彼女のファンのみならず、Vtuber界隈に衝撃を与えた。
もぐらちゃんが所属する事務所から正式に「猫田もぐら活動終了のお知らせ」が発表されたことは、夕方のテレビニュースでも取り上げられた。
テレビで猫田もぐらの名前が紹介されるなんて、やっぱり凄い人だったんだな。スーパーチャット世界ランキングで2位の実績は伊達じゃない。
などと関心してしまったけど、騒動はそれで終わりじゃなかった。
事務所からもぐら活動終了のお知らせが発表された日に、「のげら活動再開&キャラクターお披露目配信」が突然告知&配信されたのだ。
数年ぶりののげら配信で、僕がデザインしたゴスメイドキャラが紹介されたときは鳥肌が立った。
リスナーからは概ね──というか、ほとんどが好意的な意見で「可愛い」とか「好き」なんていうありがたい言葉が流れまくっていた。
のげら配信は大盛況という言葉では言い表せないくらいの盛り上がりだった。
ツイッタートレンドには「のげら」の名前が載り、配信アーカイブは凄まじい再生数を記録している。
そして、配信の終わりに告知されたのが、黒神ラムリーとのコラボだ。
そのときのコメント欄の慌てっぷりと言ったらすごかった。
喜びの声が大半だったが、戸惑いの声も多かった。
それはそうだろう。
方や業界を代表する有名Vtuberで、方やデビューしたばかりの新人Vtuberなのだ。
先日、もぐらちゃんが「この子可愛い」とリツイートしていたこともあり、ネットではラムリーの正体について色々な憶測が飛んでいた。
「もぐらちゃんの事務所に所属していたVtuberが転生したのか?」とか、「妹なのでは?」とか。
ここまで話題になったら黒神ラムリーが清野有朱だとバレるんじゃないか……と危惧したけれど、そこまでの憶測は出ていないようだった。
そして、もぐら・のげら事件があった次の日の朝。
昨日ののげら配信の件を清野と話そうとウキウキしながら学校の昇降口に着いたとき、ひとりの女子の姿が声をかけてきた。
「おっす」
そこにいたのは清野──ではなく、清野と仲が良い、ギャルの三星だった。
今日も紙パックのコーヒーをチューチュー吸ってる。
好きなんだな、それ。
今気づいたんだけど、清野のマネージャの蒲田さんを見たときに少しだけ既視感があったのは、雰囲気が三星と似ていたからか。
中性的っていうか、ミステリアスっていうか。
まさか三星は男だった……みたいなオチはないよね?
「ど、どうも。今日はひとりなんですね」
「うん。あんたにちょっと用事があってさ。てか、なんで敬語なの?」
「あ、いや……」
普通に怖いからです。
「変な壁を感じるからやめてよ。ほら、フランクになんか言ってみて」
「あ〜、う〜、ええと……そ、そのコーヒーいつも飲んでるけど好きなんだね?」
「まぁね。口に何か咥えとかないと寂しいからさ」
「く、口元が寂しい的な?」
「そ。ウチではタバコ咥えてるし」
「へぇ……って、え?」
ちょっといきなり爆弾発言じゃないですか。
そんなこと、暴露しちゃっていいの?
唖然としていたら、少しだけ三星が焦りだした。
「……や、そこで真顔になられると困るんだけど。冗談だよ?」
「で、ですよね〜」
どっと汗が吹き出してきた。
三星との会話のキャッチボール怖すぎるんですけど。
「そ、それで僕に用事って?」
「あ、そうだった」
ハッとした三星はゆっくりと僕に近づいて、そっと耳打ちをしてきた。
「……園とラムりんって、一緒にVtuber活動してんの?」
「ンゴっ!?」
またしても爆弾発言。
もしかしてこれも冗談か? と思ったけど、そんなわけはないよな。
「ど、どど、どういうこと?」
「や、それ、こっちのセリフなんだけどさ?」
少し困ったように三星が続ける。
「園なら知ってると思うけど、昨日から有名Vtuberが引退したとか、活動再開したとかツイッターで話題になってるじゃん」
「そ、そうだね」
「あたし、そういうのにあんまり興味なかったんだけど、知り合いが『可愛い』とか『面白い』とか勧めてくるから観てみたわけ。したら、なんか聞いたことある声の子がいてさ」
「え?」
「この子なんだけど……ちょっと聞いてみてよ」
三星がポケットからスマホを取り出し、イヤホンの片方を僕に差し出した。
光の反射で画面が見えなかったけど、三星が誰のことを言っているのかは声でわかった。
これは、黒神ラムリーだ。
「この喋り方、どう考えてもラムりんじゃね?」
「どどど、どうだろう……ちょっとわからないなぁ。だ、だだ、だけど、たまたま似た声質の人なんじゃない?」
「んでさ、気になってこの子のこと調べてみたわけ」
僕の言い訳を華麗にスルーする三星。
「したら、Sato4って名前のイラストレーターがキャラを描いてるみたいなんだよね」
さっきから心臓がやばいくらいにドキドキしている。
探偵に次々と殺人の証拠を提示されて追い詰められていく犯人の気分だ。
「これ、どーみても園でしょ?」
「ち、ちが」
「だって、園の下の名前って『
「だ、だからちが」
「スマホ見せてくんない? ツイッターアカ見せてくれたら一発だから」
「……ウゴっ」
ここで「ツイッターなんて使ってないから」と返せば事なきを得ていたかもしれない。
だけど、頭の中が真っ白になってしまっていたので、声になっていないうめき声を上げることしかできなかった。
乗冨が長い時間かけてもたどり着けなかった真実に、一瞬でたどり着けるなんて、三星って鋭いんだな。
いや、乗冨がアホなだけなのか。
「……まぁいいや。んで、ここからが本題なんだけどさ」
どういうことか、三星は僕のスマホを確認することを簡単に諦め、真剣な眼差しを向けてくる。
「気をつけなよ?」
「…………え?」
「や、あたしでも簡単に気づけたんだから、注意しないとすぐに周りにバレちゃうよってこと。あたしの口から広めるつもりはないけどさ」
驚きだった。
てっきり「バラされたくなかったら、口止め料で毎日1000円上納な?」みたいに脅されると思ったのに。
「ヒ、ヒミツに……してくれるの?」
「そりゃそうでしょ。ラムりんがあたしにもヒミツにしてるってことは、色々と事情があるってことでしょ? 事務所から禁止されてるとか、そういうのだよね?」
「……そ、そうです」
「うん。だと思った」
そう言って、三星はポケットの中にスマホをしまう。
「とりあえず、あんたのツイッターアカウント名を変えるとか、あんたの存在を表に出さないようにするとか、そういう予防策を取らないと、とんでもないことになっちゃうかもよ?」
「そ、そうだね。ちゅ、忠告ありがとう。いや、本当に……」
「そんなかしこまることじゃないから」
三星は少しだけ困ったような顔をしたあとで、ニンマリと良からぬ笑みを浮かべる。
「……ねぇ、園?」
「は、はい?」
「あんたらって、付き合ってんの?」
「ないです」
「はやっ。食い気味に否定されて草なんだけど」
三星はケラケラと笑いながら続ける。
「なんで?」
「……え? な、なんでって、むしろどうして付き合ってるってことになるの」
「だってよく一緒にいるじゃん。付き合っちゃえばいいのに」
「そっ……」
自分でもわかるくらいに顔が熱くなった。
こ、こいつは公衆の面前で何を言ってるんだ。
そんなセリフ、清野が聞いたらとんでもないことに──。
「おっはろ〜」
「……っ!?」
狙いすましたかのようなタイミングで、清野が昇降口に現れる。
うん、予想どおりにとんでもないことになってきた。
「あれ? 夏恋と東小薗くん? めずらしい組み合わせ。何話してんの?」
「あんたと園が付き合えばいいじゃんって話」
「へ〜…………へっ?」
まん丸く目を見開く清野。
「どどっどど、どゆこと!?」
「あんたら割とよく一緒にいるじゃん? だから園に『付き合ってんの?』って聞いたら『違う』っていうからさ。じゃあ、付き合っちゃえばいいじゃんってなるでしょ?」
「……あ〜、ね〜。そうなるなるならない!」
頬を紅潮させて、三星の肩に平手打ちする清野。
「お? 何このノリ突っ込み。草なんだけど」
「なんでそうなるの! ほら、くだらないこと言ってないで、早く教室行くよ夏恋!」
ずるずると清野に引きずられていく三星。
残されたのは、放心状態になっていた僕ただひとり。
嵐のような展開で全く頭が追いついていない。
とりあえず、危機は去った……ってことでいいのかな。
「……あれ、南小菅くん?」
などとホッとしていると、相変わらず僕の名前を言えない乗冨が現れやがった。
瞬間、ゾッと背筋が寒くなる。
まさか乗冨にまでトンデモ発言されちゃうのか?
流石に3連続はキツイぞ?
「どしたの? 学校にパジャマで来ちゃったと思ってたらズボンを履き忘れてましたみたいな顔して」
「どんな顔だよそれ」
わけわからん上に、情報が多すぎる。
例えるなら、もう少しシンプルにしろ。
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