第45話 サプラ〜イズ!

 ローディング中の画面が終わり、広大なフィールドにゴム人形のようなキャラたちがわらわらとやってきた。


『……あ、始まったよ!』


 ヘッドホンから清野の声がした。


『わ、でっかい歯車みたいなのが回ってる! ねぇ、東小薗くん!? これってどういうルールなの!?』


「障害物を上手く避けながらゴールまで行く競争だったと思う。40位以下は脱落だから注意して」


『よ、40位!? って結構ヤバくない!?』


『余裕ですよ有朱さん』 


 素っ頓狂な清野の声に続いたのは、落ち着いた寧音ちゃんの声。


『まだ最初のゲームなので、途中で沼らなかったら全然いけます』


『ねぇ! それ、あからさまなフラグ!』


『あはは、確かに』


『でも私って、こういうゲーム意外と得意だから行けるかもしれない!』


『そうなんですね。じゃあ、有朱さんの邪魔しちゃお』


『あっ、それだけはやめて寧音たん!』


 キャイキャイとはしゃぐ清野・寧音ちゃんの女子チーム。


 何だか幸せな空気が充満していて、聞いているだけで癒やされる。


 今、僕たちがやっているゲームは「フォーリンガールズ」という、総勢50名が最後のひとりになるまで戦う、障害物サバイバルゲームだ。


 コースは30種類の中からランダムで5種類が選ばれる。


 基本無料のPCゲームなんだけど、少し前に有名ストリーマーを中心に爆発的なヒットを記録し、今でも多くのプレイヤーたちで賑わっている。


 ルール的には、バトルロイヤル系のシューティングゲームと似ている。


 だけど、ルールが「ゴールまでたどり着け」とか「敵チームより先にボールを運べ」みたいな運動会みたいな内容なので、女子たちにも受けているらしい。


 そんな「フォーリンガールズ」を一緒にやろうと言い出したのは、寧音ちゃんだった。


 ラムリーとのコラボ配信日が近づき、一緒に盛り上がれるコンテンツを探そうというのが主な目的なのだが──ただゲームを楽しんでいるだけのような気がする。


 いや、楽しむというより、「どっちの腕が上なのかバトルしている」と言ったほうが正しいか。


 寧音ちゃんは元々FPSの大会で準優勝するくらいの腕だし、清野は清野で、EPEXで僕が取れなかったメダルを取るくらいの凄腕プレイヤーだ。


 そんなふたりが対戦ゲームをやって、競いあわないわけがない。


 と言っても険悪なムードになるわけではなく、毎回ほっこりする感じになっているので、一緒にゲームをしている僕も楽しめているんだけど。


 というか、改めて思うのだけど、ディスコのサーバに所属しているメンバーがすごい。


 Youtube登録者数100万人を突破しているのげらちゃんと、先日鮮烈なデビューをした話題のVtuber黒神ラムリーこと、芸能人の清野有朱。


 陰キャ高校生が入っていいチャンネルじゃない。


 などと軽く戦慄していると、ゲームがはじまった。


『よしっ! スタートは上々だぜっ!』


 スタートと同時に清野が前のプレイヤーを殴り倒してトップに立った。


 見た目はゴム人形を可愛くした感じなのだけど、暴力を使った妨害行為など、意外とエゲツい事ができるのも人気のヒミツだ。


『あっ、有朱さんずるい!』


「……ズルいっていうか、姑息だな」


『わっはっは〜! どんな手を使おうとも、最終的に勝てばよかろうなのだぁぁぁっ!』


 清野が某漫画のボスキャラみたいなセリフを吐きながらズンズンと進んでいく。


 一方の寧音ちゃんと僕は、後続グループにハマってしまった。


 このままだと40位に入れなくて脱落する──なんて一瞬考えてしまったけど、最後まで気が抜けないのが「フォーリンガールズ」なのだ。


 コースにある障害物にハマってしまったら一瞬で下位に落ちてしまうし、コース外に押し出されてしまったら、大幅なタイムロスになってしまう。


 このゲームで勝つコツは、ミスらず良い位置につけること。


 最初から1位になってしまうと、焦りが出て致命的なミスをしてしまうことも多いのだ。


『ふっふっふ、誰も私についてこれてないけど、大丈夫?』


 余裕の発言をする清野。


『あ〜、やっぱり私ってゲームウマすぎるわ。敗北を知りたい…………って、うぎゃっ!?』


 前方を走っていた清野のキャラが、回転する棒に後頭部を殴られてコース外に弾き飛ばされたのが見えた。


 ほらみたことか。


『あっ、ああああっ!? ちょっとまって』


『失礼しますね、有朱さん』


『寧音たん!? 待って待って待って! 行っちゃヤダ!』


「哀れなり」


『……っ!? 東小薗くんまで!? 冗談でしょ!?』


 コースに戻された清野を華麗に抜き去る寧音ちゃんと僕。


 レースはそのまま終わり、清野は41位で脱落してしまった。


『う、ウソ……』


『あ〜、有朱さん沼っちゃいましたね。残念です。でも大丈夫、まだ最初のレースですから!』


「や、41位だから終わりじゃない?」


『あっ、そうですね。すっかり忘れてましたテヘペロ』


『ふぁっ!? ちょっと!? めちゃ煽るじゃん、寧音たん!』


『あはははっ』


 ディスコードチャンネルに、ほわほわと幸せな空気が流れる。


 なんだろう、この幸せ空間。


 ゲームはひとりでやるのが性に合ってると思っていたけど、もうひとりじゃゲームを出来ない体になっちゃったかもしれない。


 清野の野次とも言える応援を受けながらレースは続き、僕は第2レースで脱落し、寧音ちゃんは惜しくも最終レースで負けてしまった。


「ところで、寧音さんってゲーム配信のアカウントってどうしてるんですか?」


 一旦ロビーに戻ってきたところで、寧音ちゃんに尋ねた。


 この前の三星の話じゃないけど、何か対策はしているのだろうか。


 配信では普通にアカウント名を出しているようだったし、ちょっと気になっていたのだ。


『えっと、ゲームに「配信者モード」がある場合は普段のアカウントを使うんですけど、無い場合は配信用の捨てアカウントを使ってますね』


『……配信者モード?』


 そう尋ねたのは清野だ。


『名前が「Streamer」みたいな匿名になる機能です。最近のFPSタイトルには用意されていることが多いんですよ』


『へぇ! そんなのがあるんだ!』


 僕も初耳だった。


 配信で流れる名前を匿名にする機能ってことか。


 それは確かに便利な機能だ。


「清野さんもそれを使ったほうが良いかもね。この前やったEPEXのときみたいに、野良のプレイヤーから情報が広がっちゃう可能性があるし」


 そういえば、あの件について蒲田さんは何も言ってなかったな。


 ゲームはオタク活動じゃないっていう認識なのかもしれないけど、もしかしてVtuber活動もオッケーだったりしないのかな。


 ……いや、さすがにそれは無理があるか。


『そうだね。次回の配信からその機能使お。寧音たんありがと!』


『いえいえ。コラボ発表からラムリーちゃんのチャンネルも登録者爆増してるみたいですし、そろそろゴースティング対策もしたほうがいいですからね』


 ゴースティング……いわゆる「スナイプ」ってやつか。


 実況配信を見ながらゲームに参加して、配信者を狙い撃ちする行為のことだ。


 ゴースティングは不正行為の一種で、見つかった場合はアカウントBANされることが多いけど、未だにゴースティング行為は後を絶たないらしい。


『あ、そうだ。配信で思い出したんですけど』


 と、次のゲームのマッチング中に、何気なく寧音ちゃんが尋ねてきた。


『実は今度のコラボ配信にサプライズを用意したくて、ちょっと聡さんにお願いしたいことがあるんです』


「サプライズ?」


 って、何だろう。


『あの、大丈夫ですかね?』


「まぁ、僕に出来ることだったら全然OKですよ」


『本当ですか? ありがとうございます。そう言ってもらえて安心しました』 


 嬉しそうな声をあげる寧音ちゃん。


 あ、もしかして、頼みたいことって宣伝イラストとかかな?


 そういうのだったら喜んで引き受けるよ。


 むしろ、頼まれなくてもやっちゃうレベルだ。


「それで、何をやればいいんです?」


『あの、聡さんって、私やラムリーちゃんのママじゃないですか。だから──』


 しかし、寧音ちゃんは僕の予想のはるか上を行くお願いをしてきた。


『コラボゲストとして、私たちの配信に出てもらえませんか?』

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