第46話 清野有朱の意外な特技
「余裕でしょ。だってしゃべるだけだし」
牛丼をかきこみながら、至極他愛もないことのように清野が言った。
そのスーパー余裕の発言に、僕は愕然としてしまう。
「しゃ、しゃべるだけって……き、清野さんは慣れてるからそんなことが言えるんだよ。僕みたいな陰キャは電話するだけでも緊張するんだから」
「あ〜、そういえばこの前電話したとき、借りた猿みたいになってたね」
「……それを言うなら、借りた猫ね」
無の境地で突っ込みを入れる。もう清野ボケには慣れてしまった。
寧音ちゃんから「コラボ配信に出演して」と、とんでもない依頼をされて3日が経った。
のげらちゃんと黒神ラムリーのコラボ配信が明後日の金曜日に迫る中、こうして清野と牛丼屋にやってきたのは、「秘策」を聞こうと思ったからだ。
人気急上昇中Vtuber&女優の卵である清野なら、緊張せずに会話が出来る方法を知っているに違いない。
その「相談料」として牛丼を奢ることを告げると、清野はふたつ返事で了承してくれた。それも、めっちゃ食い気味に。目を輝かせて。
ああ、こんなに悩むことになるなら断っておけばよかった。
なんで「出来ることはやる」なんて言っちゃったかなぁ。今さら「やっぱり無理ッス」なんて言えないし。
これだから陰キャは辛い。
「……こうなったら、仮病使って休もうかな」
「ダメダメ。そんなことしたら寧音たんに顔を合わせ辛くなるよ?」
速攻で清野から突っ込まれた。
そうだよな。
それ、あるあるだよな。
中学生の夏休みに少しだけ仲がいいクラスメイトから「プールに行かない?」と誘われて承諾したけど、めんどくさくなって当日仮病でドタキャンしたことがある。
彼からは「仕方ないよね」と言われたけど、罪悪感から顔をあわせるのが気まずくなって、結局、疎遠になってしまった。
寧音ちゃんとそうなるのだけは避けたい。
となると、やっぱり頑張って出演するしかないか。
「大丈夫だよ。いつもの東小薗くんだったら全然問題ないと思うし」
清野があっけらかんと言う。
「だってほら、会話も全然下手じゃないし、なにより面白い」
「お、面白い!? ぼぼ、僕が!?」
「うん」
「ど、ど、どこがだよ!?」
「え? そういう、すぐ挙動不審に陥るとことか?」
「…………」
僕を見ながらニコニコと笑う清野。
それはお前がポジティブに捉えすぎなだけだ。
コップに3分の1水が入ってて、「まだ3分の1も残ってる」って例えるタイプだろ。
こんなキモキモ野郎を面白いだなんていうヤツはお前しかいないぞ、絶対。
「そう言ってもらえるのは嬉しいけど、多分気のせいだよ」
「ん〜、そうかなぁ? 私は好きなんだけどな」
しみじみと清野に言われて、ドキっとしてしまった。
「…………お、面白いところが、だよね?」
「え? そうだけど──」
と、そこまで言いかけて、清野はハッと息を呑む。
「ちっ、違うからね? ひ、ひ、東小薗くんが思ってるような、そ、そ、そういう、ディープな意味での好きじゃないからね?」
「わ、わかってるよ」
必死に否定するなよ。逆にそういうふうに思えちゃうじゃないか。
突然の気まずい空気。
僕たちはしばらく無言のまま、黙々と牛丼を咀嚼する。
「…………清野さんって、よく緊張せずに大勢の前で話せるよね」
重苦しい空気を変えたくて、何気ない質問を投げかけてみた。
不思議そうに首をかしげる清野をチラ見して、僕は続ける。
「配信してるときもそうだし、芸能活動をしているときも大勢の前でごく普通に振る舞ってるし」
「いやいや、私だって緊張してるよ? でも、『私は清野有朱じゃない』って考えると少し楽になるんだよね」
「……? どういうこと?」
「ん〜、上手く説明できないけど、第三者になるっていうのかな。きっと東小薗くんも自分じゃない誰かになれたら私みたいに──」
そこで清野がハッと何かに気づく。
「そうだ。東小薗くんもVtuberになっちゃうってのはどう?」
「はぁ!?」
つい、素っ頓狂な声を出してしまった。
声が大きすぎたので、牛丼屋にいるお客さんや店員から胡乱な視線を向けられてしまった。
恥ずかしい。
「…………ぶ、Vtuberって?」
「東小薗くんもキャラになりきるんだよ。芝居の世界でも結構そういうのあるんだ」
「役を演じることで自分を俯瞰で見られる……みたいな?」
「そうそう」
そんな話は聞いたことがあるな。
普段は物静かな優しい雰囲気の役者さんだけど、ヤクザ映画で若頭役をやったときはメチャクチャ凄味のある演技をしたとかなんとか。
確かに「役を演じる」というのは、いけるかもしれない。
けど──。
「今からキャラを作る時間なんてないよ。だってコラボ配信は明後日だし」
時間的に今からキャラを作るというのは難しすぎる。
「じゃあ、私が東小薗くんのキャラ作ってあげるよ」
清野は「買い物行くついでに排水溝ネットも買ってくるよ」みたいなテンションでさらっと言った。
僕は胡乱な目を清野に向ける。
「…………作るって、清野さんが?」
「我ながらグッドアイデアじゃない? 私が描いたキャラでママが配信に出る……うん、なんてエモいシチュエーション! 最高すぎて爆アゲ間違いなしだよ」
清野がキラキラと目を輝かせる。
確かに、設定としては燃えるかもしれないけど──。
「イラスト描けるの?」
素朴かつ根本的な疑問。
そんな話、聞いたことないけど。
「え? むしろなんで描けないと思うわけ?」
真顔で首をかしげる清野。
「私、子供の頃から絵を描くのだけは得意だから」
「……あ〜、へぇ、そうなんだ」
なんだか凄い自信だけど、僕に
……あれ? 思い違いだっけ?
流石にここまで意気揚々に言われると、こっちが自信なくなるな。
「じゃ、じゃあ、清野さんにお願いしよう……かな」
「おけまる! 最高のキャラ描いてくるから、バチコリ期待してて!」
にこやかにサムズアップする清野。
なんだろう。全然期待できない。
どうにも不安が払拭できなかった僕は、「事前にキャラを見せてくれない?」と頼んでみたのだけれど、「配信が始まる時までのお楽しみに決まってるじゃん」とドヤ顔で返された。
……うん、やっぱり不安すぎる。
デカいフラグがビシバシ立ってませんかそれ?
本当に、任せていいんだよね?
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