第47話 僕、Vtuberデビューしました
いよいよ、のげらちゃんとラムリーのコラボ配信が始まる時間になった。
今日は清野とは一緒に下校せず、各々まっすぐ自宅に帰ることにした。
牛丼屋に寄ったから配信に遅れました……なんてことになったら目も当てられない。冗談じゃなくて本当にありえそうだから怖い。
家に着いて飲み物を準備していたときに、姉がふらっと現れて「無事に帰って来いよ、マイ・ブラザー」と嘘泣きしながら言われた。
先日、つい「のげら配信に出る」と口を滑らせてしまったせいで、「保護者として同衾……じゃなくて同席しなくていい?」とか「配信で『姉の性癖に刺さるサトりんの最カワ言動トップ5』を発表してあげようか?」とかウザ絡みされまくった。
そんなウザ姉を華麗に無視してパソコンの前に着き、何度か深呼吸をしてから起動した。
ディスコードの「Sato4」サーバーにあるボイスチャットには、すでにのげらちゃんと黒神ラムリーの姿があった。
あれ? もしかして、もう配信始まってるとか?
慌ててYoutubeの「のげらチャンネル」を確認したけれど、リマインドが設定されているだけでまだ始まってはいないようだった。
だけど、すでに数千人のリスナーが待機している。
思わず、ぎゅっと胃が痛くなった。
そうですか。今からここで僕がお話するわけですか。
あの、やっぱり逃げてもいいですかね。
などと真剣に考えていたら、清野からメッセージが来る。
『寧音たん来てるから、いつものボイスチャンネルに来て〜』
「…………覚悟を決めるか」
もう逃げ道はない。
決心した僕は、ボイスチャンネルをクリックする。
『お、キタキタ。東小薗くんおつ〜』
『聡さんお疲れさまです』
「ど、どど、どうも……」
ふたりの声を聞いて、どばっと汗が吹き出してきた。
緊張はゲージマックスまで来ている。
『そういえば、有朱さんが聡さんのキャラを描くって聞いたんですけど、どうなったんですか?』
緊張で吐きそうになっている僕をよそに、寧音ちゃんが尋ねた。
『もちろんできてるよ。でも、みんなのリアルな反応を見たいからお披露目は配信中でもいい? あとでディスコにイラスト送るから』
『私はいいですけど……聡さんは大丈夫ですか?』
「え? 僕? あ、う、お、オッケーです」
しどろもどろで答える。
はい。もう、どうにでもしてください。
『聡さん、声がすごく固いですよ。リラックスしてください。配信中に無茶振りなんてしませんから。……多分』
「……っ!? 最後の一言!」
『あはは、その調子です』
ケラケラと寧音ちゃんが笑う。
いや、本当にやめてそういうの。僕、本番に弱い人間なんだから。
『あ、そうだ。配信中は東小薗くんのことをなんて呼べばいいのかな? サトヨン?』
清野が尋ねてきた。
そういえば、アカウント名の呼び方を考えてなかったな。
「サ、サトヨンでいいよ」
『おっけ〜、間違って「東小薗くん」って呼ばないように注意するね』
「うん。それだけはマジで注意してくれ」
『……あ、もしかしてそれって、フリだったり?』
「違う! 本当にやめて!」
『あははは、マジ焦りで草。冗談だよ!』
冗談に聞こえないから怖い。
数万のリスナーに本名が知れ渡るとか、想像しただけでオシッコ漏れそうになるからやめてくれよ、ホントに。
というか、僕も気をつけないといけないな。
ラムリーのこと「清野さん」なんて呼んでしまったら、一瞬で中の人が清野有朱だってバレてしまう。
『……よし、それじゃあ時間だし、はじめよっか。みんなよろしくねっ! 全力で楽しもうっ!』
寧音ちゃんの口調が、のげらのそれに変わる。
ポコンとスマホに告知がポップアップされた。
──Youtube 今すぐライブをご覧いただけます:のげらチャンネル:ラムちゃんとのコラボ配信だよっ!
配信が始まった告知だ。
いよいよコラボ配信が始まる。
のげらちゃんと、ラムリーの記念すべき初コラボ。
絶対ヘタは打てないぞ、東小薗聡!
『……みんな聞こえてる? オッケーかな? よし! それじゃあ、のげラーのみんなやほ〜! 今日も張り切ってやっていきまっしょい!』
配信で聞いているのげらちゃんの決め台詞が、ディスコチャンネルに響く。
いつもYoutubeで聞いているセリフがディスコードから聞こえるなんて、何だか変な感じだ。
ちなみに、のげらチャンネルのリスナーのことは「のげラー」と呼んでいて、ラムリー配信ではリスナーのことを「ラムリスト」と呼んでいる。
『今日はすぺっしゃるなゲストがいます! まずひとり目は……先日、彗星のごとく現れためちゃカワVtuberで、私が今一番推してる黒神ラムリーちゃんです!』
『どっじゃ〜ん! のげラーのみんな元気? ラムりんだよ!』
ラムリーの登場で、コメント欄に一気に熱が入る。
『そしてふたり目のゲストは……何と、私たちふたりのママ、Sato4さんです!』
のげらちゃんが声高に言った。
ついに来た。
ぞわぞわと全身に鳥肌が立つ。
僕はぎゅっと下っ腹に力を入れて、声をひねり出した。
「み、みなさんこんにちは……く、黒神ラムリーと、のげらのイラストを描いたSato4です……」
『きゃ〜! ママ〜!』
ノリノリでラムリーが合いの手を打つ。
軽いなと思ったけど、そんな反応でもメチャクチャありがたい。
ふと見たコメント欄には、僕の登場を歓迎する温かいコメントが流れていた。
だけど、中には批判っぽいものもあった。
【は? なんでママが出てくるんだよ】とか【意味わからん】みたいなコメントが目に止まり、胃が痛くなってくる。
そんな空気を察してか、のげらちゃんはラムリーと僕が描いたふたりのキャラについて色々と語り合い、場を盛り上げていく。
『さてさて、今回Sato4さんに来てもらったわけですけど、さらにサプライズがありまして……なんと、ラムちゃんにSato4さんのキャラを描いてもらいました!』
のげらちゃんが発表した瞬間、コメント欄に【ファ!?】、【これは期待せざるを得ないw】みたいな発言が流れる。
『実は、ラムリーちゃんがどんなキャラを描いてくれたのかは、私やSato4さんも知りません! はい! ぶっちゃけ事故るかもしれない! あはは!』
『いやいや大丈夫だよ、のげらたゃ〜。こうみえて私ってイラストが得意なんだよね。すっごい可愛いイラストが描けたから、みんなビビんなよ?』
さらっと自らハードルを上げるラムリー。
お前、そんなことを言って大丈夫なのか?
『うわっ、すごい自信!? これは色々な意味で期待大! というわけで、おいしい展開に期待しつつ発表しま…………あれっ?』
と、突然のげらちゃんが言葉につまった。
なんだ? トラブルでも起きたのか?
『あ、えと……ラムちゃん? ディスコに送ってきてくれたイラスト、ほんとにこれであってる?』
『え? あってるけど?』
どうやらトラブルではなさそうだ。
けど、何だろう。
メチャクチャ不穏なやりとりなんですけど。
『うん、まあいいか。おっけ。じゃあ行くね。どどん!』
にゅっと画面の端から現れたのは、言葉を失ってしまうようなイラストだった。
いや、これをイラストと呼んだら、世の中の全イラストに失礼すぎる気がする。
僕は震える声でラムリーに尋ねた。
「えと、ごめん。何……これ?」
『え? 私が描いたリアルの東こ……じゃなくて、Sato4キャラだけど? どう? 最高にそっくりで可愛いっしょ?』
「…………」
これは、どう反応すればいいんだろう。
ポジティブに表現すると味がある。
キツイ表現でいうと──幼稚園児が描いた人っぽい異次元の何か。
かろうじて人を構成する部位が描かれているので「あ、多分、人を描きたかったんだろうな」っていうのはわかるけど、ぱっと見は目つきが悪いタコというか火星人というか。
おまけに頭の上に「ラムりんのママです」と吹き出しでセリフを書いてるのが意味不明すぎる。
これ、絶対自分でもヤバいと思って誰だかわかるようにセリフ入れただろ。
可愛いか可愛くないかと言われれば、かろうじて可愛い部類に入ってるけど、本当にこんなキャラを公共の場に出していいのか?
わいせつ物陳列罪で捕まったりしない?
【チョット待って、Sato4さん軽く引いてるけどwww】
【なんだこのキャラw】
【雑すぎて草】
【幼稚園児が描いたんですね。わかります】
【おい、幼稚園児に失礼だぞ】
案の定、コメント欄で壮絶にいじられてる。
いやまぁ、どうみてもキャラが「いじってくれ」って自己主張してるようなもんだからな。
『ちょ、ちょっとまってみんな』
コメント欄が半分炎上っぽくなっているので、慌ててのげらちゃんがフォローを入れる。
『こ、これ、フヒッ……ラムリーちゃんが……頑張って……フヒヒっ……だめ無理……ぶふっ』
だが、どうやら清野イラストがツボに入ってしまったらしく、しゃべることすらままならなくなった。
『ちょ、待って!? のげらたゃ、笑い過ぎじゃない!?』
『うははははっ……! だってこれ、リアルに酷い!』
『酷い!? どういう意味!?』
配信に流れているのは、ゲラゲラと笑うのげらちゃんの声と、怒りに満ちたラムリーの奇声のみ。
あの、放送事故っぽくなってるけど大丈夫なんですかね、このコラボ配信。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます