第25話 ガチ勢

 僕のPCゲームデビューは中学2年生のときだった。


 丁度その時、姉が家を出て一人暮らしをはじめることになり、彼女が使っていたパソコンを譲ってもらったのだ。


 イラスト制作で使っていたPCなので性能はそこまで高いものじゃなかったけど、運良く前からやりたかったゲームの必要スペックはクリアしていた。


 そのゲームが今やFPS業界の覇権を握ったといっても過言ではないほどの人気を誇る「EPEX」だ。


 家庭用ゲーム機でもリリースされているEPEXは、基本無料でプレイできるバトルロイヤル形式のFPSゲームで、プレイヤー数は全世界で1億人を突破している。


 バトルロイヤル形式というのは、時間経過で縮小していくフィールドで最後のひとりになるまで戦うというルールで、EPEXでは3人チームで戦う。


 中2でEPEXデビューしてすっかりハマってしまい、一時期は二次創作イラストそっちのけでプレイするほどだった。


 だけど、猫田もぐらちゃんがデビューしたことをきっかけにイラストの二次創作熱が再燃してプレイする時間が減り、姉との共同生活をはじめてからは全くやらなくなってしまった。


 清野と一緒にプレイすることになったのは、そんなEPEXだった。


 僕はてっきり、この前清野がやりたいと言っていた「エスケープフロムマカロフ」をプレイするんだとばかり思っていた。


 あのゲームは有料なので、もしかすると僕に気をつかってくれたのかもしれない。


 アカウントを作り直さないとな……と思ったけど、以前のプレイデータが残っていたので、帰宅してすぐにEPEXをプレイすることができた。


 だけど、問題はコミュニケーションツールがなかったことだった。


 今や友達とゲームをする際の必須ツールとも言われている「ディスコード」が、僕のPCには入っていないのだ。


 ま、それはそうだろう。


 だってこれまで、知り合いと一緒にゲームをやることなんてなかったし。


 というわけで、ディスコードをインストールして、清野が作った「黒神ラムリー」なるグループに招待してもらった。


『あっ、おハロ〜』


 ボイスチャンネルに入った瞬間、清野の声がした。


『あ、え、あ……ど、どうも』


『あ、どど、どうも。ラムりんです』


 下手くそな僕の真似をする清野。


 声だけしか聞こえないので、「ラムりんです」と自己紹介されたら黒神ラムリーとゲームをしているような錯覚を覚えてしまう。


 いや、配信はまだやってないのに、そんな風に思うコト自体おかしいんだけどさ。


『東小薗くんって、EPEXってプレイしたことある?』


『あ、あるよ。前に少しだけ』


『おけまる。じゃあ、ID教えて?』


『あ、うん。今、起動するから待ってて』


 デスクトップのショートカットからEPEXを起動する。


 僕が辞めてからいくつもシーズンが変わっているけど、起動画面の雰囲気は前のままだった。


 うわぁ、すごい懐かしい。


『えと……IDはSato4だね』


『えーと、えすえーてぃーおー……あ、さとしだからsato4?』


『そ、そう』


 不意に下の名前で呼ばれてドキっとしてしまった。


 というか僕の下の名前、知ってたのね。


『ふふ。なんていうか、安直だね』


『う、うるさい。そういう清野さんはどうなんだよ』


『私? これだよ』


 ポコンとゲームのロビー画面に「フレンド申請が来ました」のメッセージが表示された。


 「承諾」をクリックして、フレンド画面を開く。


 そこに鎮座していたのは「Kiyono_Lumley」の名前。


 いや、まんまかよ。


『……清野さんのは、安直ってレベルじゃない気がするけど』


『えへへ、わかりやすいでしょ?』


 何ドヤってんだよ。


 わかりやすさを言うなら、僕のsato4だってなかなかのもんだろ。


『てか、これでラムリーって読むんだね』


『そ。ラムレイって読む場合もあるけど』


『ラムレイ? なんかロボットアニメの主人公みたいだな』


『あ、東小薗くんもそう思う? へっへ〜、これって少しだけ自慢なんだよね』


『あ、そう』


 多少ディスったつもりなんだけど喜んじゃったよ。


『じゃあ、さっそくプレイしよう。東小薗くんはどのくらいやってるの……って、すごい! 結構やってるじゃん! うまそう!』


『で、でも、1年近くブランクがあるから』


 どうやら清野は僕のプロフィール画面からプレイ時間を見たらしい。


 そういう清野はどれくらいなんだろうと思ってプロフィールを見たら、僕の倍以上やっていた。


 ガチのプレイヤーだったのかよ。


 で、でも別にすごいとか思ってないからな。だってほら、EPEXはプレイ時間が強さに直結するなんて単純なものじゃないし。


 はっきり言って、EPEXには自信があった。


 最近は離れていたとはいえ、ガチでやってた頃は全プレイヤーの上位200人だけがなれる「ヴァンガード」という最高ランクに到達していた。


 それに離れてからも別のFPSゲームはやっていたので、エイム力が衰えているということも無いはず。


 だけど──清野はそんな僕以上にウマかった。


 いや、何ていうかヤバいくらいにウマすぎた。


 エイム力はもちろんハンパなかったし、なにより相手への距離の詰め方や漁夫対策(不意打ち対策)が完璧で、漁夫ってきた3人を圧倒するシーンも数多くあった。


 なんだこいつ、化け物か──と思っていたら、清野はゲーム内で屈指の取得難易度を持っている超マゾ級のバッジをつけていた。


 あ、やっぱり化け物だ。


 やりこんだ自負がある僕ですら持ってないのに。いいな〜。


 そんなプロ級の腕を持つ清野だったが、プレイ中は何故かひたすら僕を褒め称えてくる。


 ミニマップで戦闘中のマークが見えたので急行したら、


「ちょ、よくわかったね!? ナイスカバーすぎるんですけどっ!」


 と褒めまくり、敵に押され気味だったので起死回生のウルト(必殺技のようなもの)を発動させたら、


「わ! ウルトのタイミング最&高っ! 神かよ〜」


 と感激され、2パーティに挟まれて迎撃していたときは、


「へっへ〜、安心して背中を任せられるぜ、ブラザー!」


 と賞賛された。


 褒められるのは正直嬉しいけど、むず痒すぎる。


 だって3人目のプレイヤーは全く知らない人だし。


 大丈夫だと思うけど、赤の他人に会話を聞かれていたらと思うと悶絶死してしまいそうだ。


「……ん? 聞かれてる?」


 と、次の安地(縮小する円の中に入っている安全エリア)に向かっている最中、ふと嫌な予感がした。


 まさか清野のやつ、VCボイスチャットをオンにしてないよな?


 僕と清野は今、ディスコードのボイスチャンネルを使って会話をしているけど、EPEXはゲーム内にボイスチャット機能があるのだ。


 その機能はデフォルトでオンになっていて、オフにしないと会話がダダ漏れになってしまう。


 清野は芸能人だし、流石にそういうリテラシーはしっかりしているはずだけど……一応、確かめておいたほうがいいか。


 だってこいつ、天然だし。


 そして、そっと清野に話しかけようとしたときだ。


『あの〜……』


 ヘッドホンから聞こえてきたのは、見知らぬ男の声。


『Kiyono_Lumleyって、もしかしてモデルの清野有朱さん本人だったりします?』


『……えっ?』


『あ、違ったらごめんなさい。すごく声が似てる気がして』


 嫌な予感は的中してしまった。


 清野のやつ、ゲーム内ボイスチャットをオンにしてやがった!


 だけど、慌てるにはまだ早い。最悪の状況は回避できる。


 清野に「自分も清野さんのファンなんで、そういう名前をつけているんですよ〜」みたいなことを言わせれば問題はない。


『わ! そうです! 私を知ってるんですか!?』


 清野の野郎、あっさり肯定しやがった。


『ええええっ!? マジで本物なんですか!?』


『ええっと、はい! 正真正銘、清野有朱ラムリーです!』


『すげぇ! 俺、ファンなんです! あの、えと、インスタとかフォローしてて!』


『わぁ、本当ですか!? ありがとうございます!』


『いやいや、こちらこそいつも可愛い写真ありがとうございます! うわぁ! 本物なんすか!? すごすぎる! てか、ゲームとかやるんですね!』


 大興奮する野良プレイヤー。


 まぁ、そうなるよね。わかる。すごいわかるよ。


 だって、僕も猫田もぐらちゃんと一緒にゲームできたら、同じような反応をする自信があるもん。


『……あの、一緒にプレイしてるのって、清野さんのお友達ですか?』


『え? あ、うん、ええっと……ひがしこぞ……じゃなくって、ママです』


『え、お母さん!?』


 さらに驚いたような声をあげる野良プレイヤー。


 おい清野。もうやめてくれ。


『へぇ〜、お母さんと一緒にEPEXやってるんですね!』


『そうなんですよ。すごく仲がよくって。一緒にいるとすごく楽しいんですよね』


「……っ!? ゲホっ!」


 咄嗟にマイクをオフにして咳き込む。


 一緒にいるとすごく楽しい!?


 あの、それって僕のことじゃなくて、リアルお母さんの話ですよね? 


 ただ、お母さんと仲が良いって自慢してるだけの話ですよね?


 盛り上がる清野と野良プレイヤーをよそに、すっかり大混乱に陥ってしまう。


 努めて冷静になろうとするも、しょうもないミスを連発してしまい、あっけなくやられてしまった。


 そして、僕のミスが足をひっぱり、清野がやられて野良プレイヤーもやられ、チームは全滅してしまう。


『……あ〜、残念。GGでした〜』


『こちらこそありがとうございました、清野さん。活動頑張ってくださいね』


『はい、ありがとうございます』


 野良パーティと別れ、ゲームロビーに戻る。


『……ねぇねぇ、東小薗くん』


 未だに混乱継続中の僕に、清野がそっと声をかけてきた。


『どしたの? 何だか急に動きが固くなったみたいだけど』


『べっ、べべ、別になんでもないです』


『ふうん?』


 清野がなんとも含みのある声を返してくる。


 顔は見えないけど、ニヤニヤしてるのが手に取るようにわかる。


 こいつ……僕がこういう反応するのをわかってて「仲がいい」とか「楽しい」とか言いやがったな。


『そ、そんなことよりも、清野さん! ちゃんとVC切っとかないとだめだろ!』


『あ、ごめんごめん。急に話しかけられてビックリしちゃった』


『いや、ビックリしたのは僕のほうだから。いきなりあんなことを言って……』


『ん? あんなことって? ん? ん?』


『……っ!? とにかく、はやくVC切って!』


『あはは、おけまる〜』


 のらりくらりとした返事をする清野。


 畜生、この野郎! 敵に囲まれてピンチになっても絶対に助けてやらねぇからな!



 後日談──というわけじゃないけど、夜にTwitterを見ていたら「EPEXで清野有朱とパーティ組んだ!」と騒いでいるヤツがいた。


 確認するまでもなく、あの野良プレイヤーだろう。


 清野の事務所はオタク活動を禁止しているらしいし、ゲームをやってるってのがバレたらマズイかも──と思って清野にLINEをしたけど「ゲームは大丈夫だって蒲田さんが言ってた」と返ってきた。


 うん、ライン引きが全然わからん。


 けど、とりあえずあの直球ストレートなプレイヤーIDは変えさせるか。

 

 

 


 



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