第26話 時系列

「私、ラムりんの相手わかったかも」


 椅子に座ってカロリーメイトを食べている乗冨が、ドヤ顔で言った。


 僕は胡乱な視線を乗冨に向ける。


「……相手って、清野さんが好きな相手のことですか?」


「そうに決まってるでしょ。あ、はいこれ。報酬」


「あ、どうも」


 手渡されたのはコンビニで売っている唐揚げ。


 手づかみじゃなくて爪楊枝で渡してくれたのはありがたいけど、もうすこし別のところに気を使ってほしい。


 特に、時と場合を。


 今、僕と乗冨がいるのは昼休みのマルチメディア室。


 黒神ラムリーの制作が一段落してようやく二次創作に戻れたというのに、昨日に続いてまたしても乗冨に邪魔されている。


「てか、こんなところで何やってんの? 西小澤くん」


「僕の名前はひがしこぞのだ」


 もはや正解する気ないだろお前。


 ていうか、なんだこれ。


 ラノベでよくあるお約束的なヤツか?


「見てよこれ」


 僕のツッコミを華麗に無視して、乗冨が唐揚げをもくもくと咀嚼しながら渡してきたのは彼女のスマホだった。


 その画面にはツイッターの見知らぬアカウントが表示されていた。


「……誰ですかこれ?」


「知らない人」


「……」


 全く意味がわからん。


「とにかくこれ見て」


 乗冨がチャチャッと画面をスワイプさせ、その見知らぬ人のとあるツイートを表示させた。


 多分、このアカウントの人がアップした動画だろう。


「え」


 それを見て、僕は固まってしまった。


 見覚えがある画面。


 そして、見覚えがあるプレイヤーID。


 それは、EPEXの動画……それも、清野と僕のプレイ動画だった。


「この動画で気になる声が入っててさ」


 そう言って、乗冨が動画の再生ボタンを押す。


『へぇ〜、お母さんと一緒にFPSやってるんですね!』


『そうなんですよ。すごく仲がよくって。一緒にいるとすごく楽しいんですよね』


「……」


 間違いない。このツイッターアカウント、昨日一緒にチーム組んだ野良プレイヤーだ。


 まさか、録画されていたなんて。


 ああ、畜生! 


 ちゃんと事前にVCオフってるか、清野に確認するべきだった!


「これ、ラムりんの声だよね」


「さ、さぁ……どうでしょう。似てる気がするけど、別人じゃないですかね」


「名前、『Kiyono_Lumley』だけど?」


「……っ! あ〜……へぇ〜……これってラムリーって読むんですね〜、し、しし、知らなかったなぁ!」


 動揺しすぎて棒読みになってしまった。


 焦るな焦るな。


 どうも乗冨は少々アホっぽいから、上手くごまかすことができるはずだ。


「ここ聞いてみて。ラムりんは一緒にゲームしてる人のことママだって言ってるけど……絶対違うと思うんだよね」


「そ、そそ、そうかな? ほ、ほほ、本物のお母さんじゃないですかね?」


「いや違うよ。だってほら、この人……『Sato4』って名前でしょ? ラムりんのお母さん、エブリンって名前だもん。直接ラムりんのママに聞いたから、間違いない」


「……っ」


 探偵に証拠を突きつけられた犯人って、こんな気分なんだろうな。


 畜生! 家族ぐるみの付き合いって、めんどくせぇな!


「このSato4っていうヤツがラムりんの好きな人じゃないかって私は睨んでるんだよね。どう思う? 小里園こざとそのくん?」


「そう、かもしれないけど、わからないなぁ。あと僕の名前はひがしこぞのです」


「ん〜、この名前、何て読むんだろ」


「サ、サトヨンじゃないですかね」


「変な名前。もっとカッコイイ名前つければいいのに」


 ほっとけ。わかりやすくて気に入ってんだよ、こっちは。


「てか、サトヨンって人の声って入ってないよね。聞こえてたら確実だったんだけど、なんで聞こえないんだろ」


「多分、VCを切ってるんじゃないかな」


「VC?」


「ボイスチャット。ゲーム内でコミュニケーションを取るための機能」


「へぇ〜。詳しいね?」


 胡乱な目で僕を見る乗冨。


 しまった。完全にやぶ蛇だったか。


「む、昔……ちょっとこのゲームやってて」


「あ、そうなんだ。なんか流行ってるっぽいよね、これ」


「そそ、そうですね」


 つい、しどろもどろになってしまう。


 これ以上、EPEXの話題を続けるのは危険な気がする。


 乗冨さんが僕の名前を覚えてないことが幸いしてバレてないけど、いつSato4が僕の下の名前と一致してると気づくかわからないし。


「あ、あの、じじ、実は昨日、清野さんの調査をしてですね!」


 なので、大きく話題を変えることにした。


「……え、マ!? ちょ、詳しくきかせて!」


 乗冨は慌ててカロリーメイトを一気に三本くらい全部口の中に放り込んで、前のめりになった。


 そんなに食べたら口の中パサパサになりそうだけど、大丈夫か?


「で? で? わかったことは?」


「あ、えと、清野さんから『牛丼を食べに行こう』って誘われたから一緒に行ったんだけど、普通にテラ盛り完食してた」


「うんうん!」


「……」


 沈黙。じっと見つめ合う僕たち。


「…………え、それだけ?」


「これだけ」


「唐揚げ没収」


「あっ!」


 乗冨が机の上から唐揚げをかっさらい、ぱくりと口の中に入れる。


「な、なんで!?」


「いやいや、そんなの、調査しましたってドヤる内容じゃないでしょ」


「じゅ、十分役に立つ情報じゃないか! 清野さんはいつもどおり何も変わからなかった。だから、パフェを残したときは単純に体調が悪かっただけだよ!」


「体調? つまり、風邪引いてたってこと? ん〜、なくはないけど……私も夏恋も風邪なんて引いてないよ?」


「清野さんは撮影とかでいろんな人に会ってるから、そっちからもらってきたのかもしれないじゃない」


「……あ〜、そういうことか。確かにラムりん、前の日に秋葉原に行ったって言ってたな」


 ほらやっぱり。


 どうせそんなことだと思ってたんだ。


 その秋葉原に行ったときに、誰かから風邪を移されて、それで──。


「……ん?」


 一瞬、聞き流しかけたけど、乗冨の言葉にひっかかりを覚えてしまった。


「ごめん。今、秋葉原って言った?」


「言ったよ。ラムりん、秋葉でパソコンを買ったんだって」


「……」


 えーと。


 それって、多分、僕と行った秋葉原のことだよな。


 僕は冷静に……努めて冷静に頭の中で時系列を整理する。


 清野は僕と秋葉原に行く前は、普通だった。


 だけど、行ってからおかしくなった。


 そして、おかしくなったのは、好きな相手ができた可能性が高い。


 ……


 …………


 え、え、え?


 ちょっと待て。


 ええと、落ち着け僕。


 もしかして、清野が好きになった相手って──。


「どっじゃ〜ん!」


 マルチメディア室に気の抜けた声が跳ねた。


 ビクッとして声の方をみると、両手を広げて肩をすくめた例の「分からないポーズ」をした清野が立っていた。


「見て見て東小薗くん、大ニュースだよ! ほら、てぇてぇすぎるかすみたんの1/7スケールフィギュアが今日から予約開始してて──」


 と、そこまで言って、清野はヒュッと息を飲み、視線を僕の隣に座っている乗冨にツツツっと移動させる。


 立ち込める重苦しい沈黙。


 時計の針が刻む時の音が妙に輪郭を持つ。


「……」


 清野が無表情でスッとドアを閉めた。


「……え、と」


 目をパチパチと瞬かせて、乗冨が僕を見る。


「あのさ」


「はい」


「やっぱりラムりん、変だよね?」


「どうでしょう。前からあんな感じじゃないですか?」


「そっかな。でもまぁ、そう言われると、そうかもしれない」


 納得してしまう乗冨。


 僕は必死に感情を押し殺しながら、胸中で安堵する。


 ──ああ、こいつがアホで本当によかった。

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