第24話 バーチャルな関係
「……あ、東小薗くんのところにも、みどりが来ちゃった?」
上品に牛丼を口に運びながら、清野が言った。
食べているのは一般庶民が愛してやまない安価な牛丼なのだが、清野が食べるとなんだか高級料理に思えてしまうから不思議だ。
乗冨から面倒なお願いをされた日の放課後──僕は清野と牛丼屋にいた。
黒神ラムリーの制作も一段落したし、今日は猫田もぐらちゃんの二次イラストでも描こうかな〜とウキウキで下校していたとき、清野に声をかけられて牛丼屋に連行されてしまったのだ。
「実は私も昨日の夜からすごくて」
「そ、そうだったんだ」
「東小薗くんが帰ったあとに部屋に押しかけてきて、『今、下で
東小鉈って誰だよ。よくそれで僕のことだってわかったな。
しかし、乗冨から逃げたときに全然追いかけてこないなと不思議に思っていたけど……なるほど、清野の方に行ってたのか。
というか、そこで知らないふりをするなんて清野にしてはグッジョブだな。
いつもなら「私が家に呼んだの」とか「黒神ラムリーの配信テストしてた」とか爆弾発言しそうだけど。
「それで?」
「……え?」
「みどりに何か聞かれた?」
「ええと……昨日、なんで清野さんのマンションにいたのかって聞かれた。火曜日休んでたから先生に頼まれて学校のプリント届けたってごまかしたけど」
「おぉ、機転が利く返答! 他には?」
「あとは清野さんの様子が最近おかしいから、何かしらないか的なことを聞かれたな」
「お、おかしい?」
僕の顔を見て、ギョッとする清野。
「何それ?」
「この前、乗冨とパフェを食べに行ったとき残したんだよね? それを不思議がってて、だから、その……ええと、清野さんに好きな人ができたんじゃないかって」
「……」
清野は目をぱちくりとさせてから、視線をそっと牛丼に戻す。
おい、何でそこで黙る。
もしかして、本当に好きな人ができたのか?
いやまぁ、清野は陽キャの女王だし、そういう相手のひとりやふたり、居てもおかしくないけどさ。
けど──なんだろう。妙にモヤモヤする。
なんで僕がこんな気持になるんだ?
「……」
何だか微妙な空気が流れ、僕たちは無言で牛丼を食べ続けた。
色々と気になりすぎて、チーズ牛丼の味がしない。
「……もしかして、東小薗くんとそういう関係なのかって、疑われた?」
ぽつり、と清野が尋ねてきた。
僕は牛丼を食べながら答える。
「あ、うん。少しだけ」
「……そ、そう」
「あ、でも、否定したよ。そこは、ちゃんと」
「そうなんだ。まぁ、私としては別に付き合ってるってことにしても良かったけど」
「え?」
咄嗟に清野の顔を見る。
丁度、清野の声と他の客が店員を呼ぶ声が重なってよく聞き取れなかったのだ。
「今、何て言った?」
「う、ううん、何でもない。気にしないで、あはは」
慌ててかぶりをふる清野は、耳先まで顔を真っ赤にしていた。
なんだろう。一体、何を恥ずかしがってるのか。
まさか清野のやつ──「ギガ盛り」の上を行く「テラ盛り」牛丼を頼んだのを恥ずかしがってるのか?
いやいや、今更すぎるだろ。お前の食欲が運動部に所属している男子高校生以上だってことは既に知ってるし。
でも、と伏し目がちに牛丼を食べる清野を見て思う。
食欲が減ってる感じは全くしない。本当にパフェを一杯目から残したのか疑問だ。
一応、乗冨に「清野、食欲アリ。牛丼テラ盛り平らげる」とでも報告しておくか。
気が向いたら。
「そ、それで、初配信なんだけど、予定通り土曜日でいいかな?」
ちらりと僕を横目で見ながら清野が尋ねてくる。
「そうだね。キャラは完成してるからすぐにでも出来るけど、土曜日がいいかも。話すネタとかもじっくり考えといたほうが良いし……あ、そうだ。僕も宣伝用に黒神ラムリーの二次創作イラスト描いとくよ」
「え? ホント? それ嬉しすぎる! てか、東小薗くんが描くなら二次創作じゃなくて一次創作じゃない?」
「いやまぁ、そうだけど」
黒神ラムリーを作ったのは僕だけど、自分から「彼女にイラストを提供しました」なんて言うつもりはない。だって、恥ずかしいし。
「どっちにしても、宣伝イラスト描いてくれるのはありがたすぎる」
「せ、宣伝って言っても、僕のTwittreフォロワーはそんなに多くないし、気休め程度だから期待しないでね?」
反応してくれるとするなら、いつも僕のイラストをらぶりつしてくれる「フレールマニア」さんくらいだろう。
「それでも嬉しい。ありがとう」
ドキッとしてしまうくらいに可愛らしい笑顔を向けてくる清野。
その笑顔を直視できなくなった僕は、牛丼に視線を戻す。
本気で黒神ラムリーを宣伝するなら猫田もぐらちゃんのママである姉にやってもらったほうが効果はあるけど、そこまでやる必要はない……と思う。
だって、清野は人気Vtuberになりたいってわけじゃないんだし。マイペースにやるのが彼女の望みでもあるはずだ。
「それで、初配信は君パンのことを話す予定なの?」
「うん。自己紹介とか、今後どういう活動をしていくとかかな。あ、でも、ゲーム配信とかかしたほうが良いかな?」
「いや、むしろ自己紹介と雑談のほうがいいと思う。けど、何かインパクトがあったほうがいいかもしれない」
「インパクト?」
「リスナーの印象に残すためのネタというか」
「ネタかぁ。中の人は清野有朱です、って言ったほうが良いかな?」
「絶対だめだろ」
色々な意味で、絶対やっちゃだめなやつ。
「でもまぁ、インパクトが欲しいからってトラブルを自作自演する必要はないし、普通に自己紹介して好きなことを話すだけで良いと思うよ。そういうVtuberは多いし」
「ん〜、そうかぁ。あ〜、でも……う〜ん」
虚空を見上げて唇を尖らせる清野。
「だめだ! わからない! ごめん、東小薗くん」
清野が深々と頭を下げてきた。
「まだ初配信まで時間があるから、こんな感じで一緒にアイデアを考えてほしいでござる!」
なんで急に語尾にござる!?
「ア、アイデアを出すのは別に良いんだけど、乗冨さんの件があるからしばらく一緒に行動するのは控えといたほうがいいかも……」
「えっ!? なんで!?」
「だ、だって、僕らの関係とかVtuberのことがバレたらまずいだろ」
今日、一緒に牛丼を食べているのは乗冨が部活に行っているからだけど、そのうち部活を休んで張り込みをしてきそうで怖い。
乗冨ひとりにVtuberの件が漏れるのは問題ないかもしれない。だけど、乗冨から情報が広がってしまう可能性は否定できない。
もし乗冨がTwitterにでも書いたら、一発でアウトだ。
速攻で日本中に情報が拡散されて、マネージャさんの目に入ることになる。
そうなったら──芸能人・清野有朱が終わってしまう。
「そう、だね」
しゅん、と肩を落とす清野。
なんだかとてつもない罪悪感が胸中に渦巻いてしまった。
「ま、まぁ、実際に会わなければいいだけの話だから、LINEとかでは普通に話そうよ。アイデアもLINEで送るし」
「LINE……あ、そうだ!」
清野がひらめいたと言いたげにポンと手を叩く。
「一緒に行動できないなら、オンラインで行動しよう!」
「……え? どういうこと?」
「ほら、昨日パソコンの設定してくれたじゃない? だからさ──」
清野はいたずらを計画している子供のように肩をすくめ、そっと言った。
「一緒にゲームしよ?」
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