第50話 小さな楔
清野の話を聞く限り、やはりあの野良プレイヤーのツイートが蒲田さんの耳に入ったらしい。
そして、三星のようにラムリーと清野の関連性を疑ったというわけだ。
「ごめんね清野さん。こんな時間に呼び出しちゃって」
「ううん。こっちこそ妙なことに巻き込んじゃってごめん……」
夜も更けてきた午後7時。
清野宅近くのカフェ「ジャックポット」に僕たちはいた。
清野から電話があって、いても立ってもいられなくなった僕が「今から会って話せない?」と頼んだのだ。
夜にそんなことをお願いするのはマズいかなと思ったけど、彼女も直接話したかったらしく承諾してくれた。
「それで、蒲田さんの件を詳しく教えてくれないかな?」
「あ、うん。実は学校から帰ってきてすぐ、蒲田さんから電話があったんだ」
清野は運ばれてきたホットカフェオレに口をつけながら切り出した。
「『昨日、ツイッターで話題になってる黒神ラムリーって子の配信みたんだけど、ラムじゃないよね?』って。まさかツイッターでそんな噂が流れてるって知らなかったからびっくりしちゃった」
「清野さんは、なんて答えたの?」
「昨日は配信してないので私じゃないですって」
「…………あ〜」
逼迫した状況なのに、ほんわかしてしまった。
……あ〜、うん、なんだろう。
実に清野らしい返答というか。
確かに昨日は配信してないから、回答としてはあってるよな。
けど、蒲田さんがいう「配信」ってアーカイブのことだと思うし、そもそも普通そこは「私じゃないです」だけでいいよね。
「そしたら、蒲田さん『また連絡する』って電話を切っちゃったんだ。雰囲気的にバレたくさいんだけど……私、何かマズいこと言っちゃったかな?」
「あ〜、ん〜……どうだろ。よくわからないけど、もう答えちゃったことだし仕方ないと思うよ」
ふんわりバカだなぁとは思うけど、さすがに口に出すのは可哀想だ。
「それで、それから蒲田さんからの連絡は何もないの?」
「うん。もしかすると、事務所の社長に相談してるのかも……」
「え? 相談って……今後のことについてとか?」
「多分……」
清野がシュンと肩をすくめる。
それは由々しき事態なのではないか。
清野が事務所で禁止されているオタク活動をしていることが社長に届けば、契約違反で「契約解除」ということになりかねない。
清野が出演するドラマの放送がはじまってからだと事務所としてのダメージが大きくなるだろうし、すぐに行動する可能性もある。
いやいや、待て待て待て。
つまりそれって、明日にでも清野は事務所をクビになるかもしれないってことじゃないか。
ああ、畜生。こんなことになるなら、もっと早く対策しとくべきだった。
「ど、どうにかならないの?」
「わからない……けど、『あれは私じゃないです』で信じてくれるかな?」
「……そ、それは難しいと思う、けど」
だって、遠回しに「配信してますけど何か?」みたいな発言しちゃってるし。
相手が乗冨クラスのアホなら騙せるだろうけど、蒲田さんは無理だ。
渋い顔をする僕を見て、清野が慌てて続ける。
「Vtuber活動はオタク活動に含まれない、みたいな主張をするのはどうかな?」
「……『オタクを禁止してるっていうなら、オタクの定義を示して』的な?」
そのオタクの定義が言えないのなら、清野がオタクであるとは言えない。
うん、一応ロジカルで筋は通ってる……ような気がする。
屁理屈感がハンパないけど。
「まぁ、言ってみる価値はあるかもしれないけど」
「……あ、だめだ。私、初回の雑談配信で君パンの愛をぶちまけちゃってるわ」
「それ、初回からオタク定義にガッツリ含まれちゃってるやつ〜」
そうでした。
そもそもそれをやりたくてVtuber活動始めたわけだしな。
もう言い訳は不可能。
だとすると、どうすれば清野を助けられる?
「……究極の選択になっちゃうのかな」
ポツリ、と清野が言った。
「え? 究極の選択って?」
「Vtuber・黒神ラムリーを選ぶか、芸能人・清野有朱を選ぶか」
「…………」
ごくりと息を呑んでしまった。
確かに究極の選択だ。
以前に清野は「オタクの自分も芸能人の自分もどっちも好きだ」と言っていた。
自分を形作る上で、そのどちらも大切な要素だと。
それなのに、どちらかを選ぶなんてできるのか?
「もしそうなったら、どっちを優先するの?」
「ラムりんの活動も大事だし、素で話せるのは楽しい。けど……やっぱり、モデルの仕事とかお芝居の仕事とか、芸能活動を捨てることなんてできない」
清野はマグカップに描かれているジャックポットカフェのロゴを指でなぞりながら、静かに続けた。
「しばらくお休みしようかな」
「えっ!?」
僕は思わず身を乗り出してしまった。
「ちょ、待って。それって、黒神ラムリーの活動を休止するってこと?」
「うん。事務所を納得させるには、それしかないと思う」
清野が言う。
その表情は、まさに塗炭の苦しみという表現がぴったりだった。
苦しんで考えた上での結論。
悩んだ上での、活動休止──。
それがわかった僕には、もう何も返すことができなかった。
+++
活動休止を考えている件は、清野の口からディスコードで寧音ちゃんに説明することになった。
一通り清野から説明を受けた寧音ちゃんは『……そっか。それは仕方ないですよね』と理解を示してくれたけれど、その声はひどく残念そうだった。
それもそうだろう。
ユニットを組もうという話になって、これからだって所だったのに。
こんな状況なので今日はゲームをやらずに解散することになり、ひとりになってあれこれと考えてみた。
乗冨か三星にお願いして黒神ラムリーの中の人を演じてもらい、その配信を蒲田さん立ち会いの中で視聴する……とか。
だけど、清野が配信してることを認めてしまった以上、今さら「違う人なんです」と言ったところで時既に遅し、だしな。
黒神ラムリーの話が事務所の社長に上がってしまった時点で、もう事実を覆すことは不可能だ。
「…………待てよ。もし、社長まで話が上がっていなかったら?」
蒲田さんは「ラムは事務所を代表するタレントになる」と言っていた。いわば清野は事務所の未来を賭けた存在。
そんな清野を簡単にクビにしたいわけがない。
とすると、ラムリーの件は蒲田さんの所で止まっている可能性はある。彼女もまた、契約解除を回避するための方法を模索しているかもしれない。
もしかすると、蒲田さんの中でもみ消してくれたり──。
「それは流石に楽観的すぎるか」
もはや「推測」ではなくただの「希望」だ。
直接本人に聞かなければわかるわけもない、ただの願望にすぎない。
「ん?」
と、机の上に置いてあった、とあるものが僕の目にとまった。
先日、撮影現場に行ったときにもらった蒲田さんの名刺だ。
そこには事務所の住所、それに、携帯番号が書かれている。
ひょっとして、ここに電話をかけたら蒲田さんにつながるのか?
「…………直接、確認してみるか?」
直接蒲田さんと話すことができれば、状況を確認することもできるし「直談判」もできる。
僕の声だけで、どうなるかはわからない。
部外者の僕が口出しして良いような話じゃないのかもしれない。
だけど、このまま黒神ラムリーが消えるのも嫌だし清野が芸能活動を辞めるのも嫌だし──清野との関係が終わってしまうのも絶対に嫌だ。
僕がなんとかしないと。
小さな楔かもしれないけど、行動しなきゃ。
そう決心した僕は、震える手でスマホを手に取り、慎重に蒲田さんの携帯番号を入力した。
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