第49話 情報漏洩

 もぐら引退の反響もすごかったけど、のげら・ラムリーコラボの反響もすごかった。


 ツイッタートレンドには「のげら」「ラムちゃん」「ラムリー」の名前が並び、のげらチャンネルの登録者数は150万人を突破。


 さらにラムリーチャンネルの登録者数も、なんと70万人を越えていた。


 デビューしてまだ10日足らずだけど、ここまで登録者数が増えるのは凄すぎるの一言だ。


 おまけにツイッターだけじゃなく、ネットでも「のげら」「ラムリー」の名前が散見された。


 配信が終わった次の日に、様々なタイトルのネット記事がアップされていたのだ。


 ──活動再開した「のげら」が新人Vtuberと異例のコラボ!? その真意は!?

 ──のげら活動再開の初回配信で30万を記録!

 ──のげらコラボで界隈騒然の大型ルーキー「ラムちゃん」の魅力とは。

 ──なぜここまで人気? ラムちゃんの秘密は掛け合い漫才にあり!

 ──デビュー10日で80万登録の凄まじさ。ラムちゃんの底知れない吸引力。


 まさにのげら・ラムリー旋風。


 そんなネット記事の影響か、清野の元には各種メディアの取材申し込みが殺到しているらしい。


 まぁ、清野は芸能事務所に所属しているので全てやんわりと断っているらしいけど、その嬉しさを電話で延々と語られた。


 清野は有名Vtuberになりたいってわけじゃないけれど、ここまで話題になってたら、そりゃ嬉しいよな。


 ラムリーの名前が有名になったことは、仕掛け人の寧音ちゃんも喜んでいた。


 その盛り上がりは半端なく、「のげら・ラムリーで『のげラム』というユニットを作っちゃおうか!?」みたいな話まで出るくらいだ。


 寧音ちゃんの知り合いに有名な音楽プロデューサーがいるらしく、曲を作ってもらうことが出来るとかなんとか。


 なんだよ、それ。


 ぶっちゃけ、そのユニット……全力で推せるじゃないか!


「この前のコラボ、すごかったみたいじゃん?」


 学校から帰宅して晩ごはんのカレーを作っていると、姉がエナドリ片手にふらっとリビングに現れた。


 いつものゆるゆるキャミソールを着ているところを見ると、また仕事に忙殺されているのだろう。


 目も座ってるし、間違いない。


「姉ちゃんも観てくれたの?」


「アーカイブだけどね。サトりんをどこの馬の骨とも知らない女に取られて、あたしのジェラシー爆アガリだよ」


「別に取られてないし。てか、どういう嫉妬だよそれ」


「だって、あたしとサトりんは16年以上仲良くやってるんだよ? あんたが小さいときは毎日『姉ちゃん姉ちゃん』って着いてきてさ。あまりに可愛いくて、何度木陰に連れ込んでチュッチュしようとしたことか」


「家族でもやっていいこととダメなことがあるの知ってるか?」


「それなのに、ポッと出の女とあたし以上に仲良くしてたら、腹のひとつくらい立つでしょ」


「…………」


 突っ込みを華麗にスルーした姉をジト目で見ながら、ぐつぐつと煮立つカレーをかきまわす僕。


 でもまぁ、姉が言いたいことはなんとなくわかる。


 女性心理的に女友達に彼氏ができてムカついてしまうのは、「彼氏作ってズルい」というより「突然現れた男に友達を取られた」って感情から来るものだって聞くしな。


「その気持はわからんでもないけど」


「え? マジ? じゃあ、今晩は裸で添い寝ね?」


「じゃあの意味」


 そしてなぜ裸になる必要がある。


「ていうかさ、黒神ラムリーちゃんの中の人って、最近サトりんが仲良くしてる女の子だよね?」


「……ヴォ」


 突然のブッコミに、カレーの鍋をひっくり返してしまうところだった。


「な、な、なんだよ急に」


「や、これは女のカンっていうか、あたしの子宮がビンビン反応してるんだよね。多分、ラムリーちゃんの中の人と仲良くしてんだろうなってさ?」


 子宮とかサラッと言うな。


 意外なところで尖すぎるだろ、このガサツ女子め。


「で、名前は何ていうの? 教えてよ?」


「だ、誰でもいいだろ」


「へぇ? 寧音の件で相談に乗ってやった大恩人に、そ〜んな冷たいこと言うんだぁ? ふ〜ん……」


「……っ!?」


 ここぞとばかりに冷ややかな視線を向けてくる姉。


 ああ、ちくしょう! 


 ヤクザレベルにヤバい相手に弱みを握らせてしまった!


「ぜ、ぜ、絶対誰にも言うなよ」


「言わないよ。あたしのサトりんへの愛にかけて」


「き、清野有朱……さん」


「え」


 ボトッと姉の手からエナドリが落ちた。


「…………え? え? ウソでしょ。清野有朱って、あのモデルとかやってる芸能人の?」


「そ、そう」


「はぁあああ!?」


 姉がドタドタと詰め寄ってきたかと思うと、僕の両肩をガッシと掴んだ。


「チョット待って!? なんでサトりんと清野有朱が!? どゆこと!?」


「どういうことって、清野さんは学校のクラスメイトなんだよ! 一度も話したことはなかったんだけど、『Vtuber活動をしたいから、キャラを作ってくれないか』って頼まれて……ちょ、危ないって! カレー溢れる!」


「ファ!? 何それ!? 何そのシチュ!? いやいや、ラノベかよ!!」


 うん。ラノベかもしれない。


「いや、確かに『一緒にゲームしてた相手がアイドルで、そこからお付き合いすることになりました!』みたいなニュースは前にあったけどさ。いやまさか、こんな近くでそんなこと……ある?」


 姉はキッチンをウロウロと行ったり来たりした後で、思い出したかのように冷蔵庫からエナドリを取り出して蓋を開けた。


 いや、まずは落としたエナドリを拾え。


 そして床を拭け。


「いやぁ……二十余年生きてきて、最大級にビビったわ。まさかサトりんと、清野有朱がねぇ」


「その言い方だと恋人みたいな雰囲気だけど、ただの友達だからな? ……てか、絶対秘密にしててよ? Vtuber活動してるって事務所にバレるとまずいらしいから」


「言うわけないでしょ。流石に洒落にならないし」


 ああ、良かった。


 ガサツでだらしない姉も、最低限の常識と道徳は身につけているらしい。


 姉はソファーに座って、エナドリ片手にスマホをいじりはじめる。


「そっか。そう言われると、ラムリーちゃんの声って清野有朱だね」


「……え? やっぱりわかる?」


「や、言われて気づくレベルだとは思うけど、彼女のファンだったらわかるべ。事務所的にNGなら、ボイスチェンジャーとか入れといたほうが良かったんじゃない?」


「う……やっぱり?」


 それは少し思っていた。


 今はアプリを入れるだけで声を加工できるし、もうひと手間かけるべきだったか。


 今さら言っても遅いけど。


「……あ、ほら見て。やっぱり噂が流れてるっぽいよ」


「は?」


 ギョッとして姉を見る。


「う、噂って?」


「ラムリーちゃんと清野有朱の関係」


「……はあっ!?」


 慌てて火を消して、姉の元に走る。


 姉がスマホで見ていたのは、とあるツイートだった。


『俺、気づいたんだけど、Vtuberのラムちゃんって清野有朱ちゃんじゃね? 声が似てるし、ラムリーって名前も同じだし』


 ヒュッと背中が寒くなった。


 ツイートしていたのは、少し前に偶然EPEXで一緒になったあの野良プレイヤーだった。


 あの野郎、動画のみならず余計な推測まで……っ!


 彼のツイートは、すでに凄まじい数リツイートされている。


 マズい。これはマズすぎる。


 これ以上拡散されたら、マネージャーの蒲田さんの耳にも届くかもしれない。


「ど、どうしよう? 清野に否定してもらったほうがいいかな?」


「いやいや、それじゃ逆効果だよ。情報が漏れたときに『あの情報はウソです』って情報主が否定するのが一番やっちゃダメな方法だから」


 確かにそうか。


 必死になって否定すればするほど、情報の信憑性を高めることになってしまう。


「そんなの無視しとけばいいっしょ。黒神ラムリーと清野有朱が同一人物だって証拠が出たわけじゃないんだし」


「でも、この噂がマネージャさんの耳に入ったら……」


「そんときは『知らぬ存ぜぬを通せ。生きる道はそれしかない』だね」


「え? 知ら……ぬ?」


「あ、知らない? これ、『旋風イケメン戦国記』のシャルル男爵の激エモなセリフで、友人のジョバンニが大帝レオから謀反を疑われたときに──」


「うん、ごめん。その話はどうでもいいかな」


 速攻で話をぶった切った。


 そっちの話だけで30分は行きそうだし。


 姉は至極残念そうな顔で続ける。


「まぁ、とにかくだね。マネさんから何か言われても『存じ上げませんわ〜』『そんなこと、知らなくてよ〜』って言っとけって話よ」


「なんでお嬢様口調なのかはわからんけど、アドバイスはわかった」


 噂が鎮静化するまで活動自粛したほうが良い気がするけど、逆に「噂は本当だったから自粛してる?」みたいな噂が流れても嫌だしな。


 ここは姉が言う通り、そんな声は気にせずこれまで通りに活動を続けるが吉か。


 とりあえず、今日も清野とEPEXをする予定なので、そのときに情報と認識を共有しといたほうがいいかもしれない。


「……ん?」


 と、カレーの調理を再開したとき、僕のスマホが震えだした。


 清野からの着信だった。


 もしかして、あの野良プレイヤーのツイートを見たのだろうか。


 だとしたら丁度いい。


 知らぬ存ぜぬを通せ。生きる道はそれしかない……って伝えとこう。


 メチャクチャ恥ずかしいけど。


「……あ。ど、どうも」


 通話ボタンをタップした瞬間、挙動不審に陥ってしまった。


 余裕の心で「清野からの電話だ」とか言ったけれど、電話が苦手なのは相変わらずなのである。


『どど、どうしよう、東小薗くん!』


 電話越しの清野の声は、ひどく慌てふためいていた。


 やっぱり予想通りか。


「あ、もしかして、この前の野良プレイヤーのツイート見た? 実は僕も見てて、お姉ちゃんから、こんなときは『知らぬ存ぜぬを──」


『や、や、や、そうじゃなくて!』


 清野は震える声で僕の話を遮り、続けた。


『黒神ラムリーのこと……マネージャーの蒲田さんにバレちゃった!』

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