第4章
第32話 この業界って、意外と狭いのかもしれない
努力が出来る人は素晴らしいと思うけれど、夢を掴めるような人間は「努力を努力と思ってない人」だと僕は思う。
つまり「え? これってもしかして努力ってやつだったんですか?」みたいなすっとぼけたことを言っちゃうヤツのことだ。
そんなことを口にするのはラノベの主人公と陽キャくらいだろう。
……いや、実際に陽キャがそんなセリフを口にした所を見たことがないので、これはあくまで僕の偏見なんだけど。
でもあいつらって、言いそうじゃん。
現実世界で「え、俺ってまたやっちゃいました?」的なことを言うのは、陰キャじゃなくて陽キャなのだ。
まぁそんなことはどうでも良くて、とにかく外から見ると努力っぽいけど、本人からすると努力でもなんでもないというのが最強だ。
実際、僕の姉がそうだった。
姉は小さい頃から絵を描くのが大好きだった。
暇さえあればチラシの裏にぎっしり絵を描いていたし、疲れたら休憩と称して別の絵を描くような人間だった。
今や姉は一流のプロ絵師で、姉が表紙を描いたラノベは必ずアニメ化するなんてジンクスを持っている。
そこまで登り詰めることができたのは、彼女が絵を描くのが変態的に好きだったからだ。
だけど──ごく稀に、そういう過程をすっ飛ばして宝くじに当たったかのごとく大金星を得る創作者がいる。
神の気まぐれか、はたまた悪魔の酔狂か。
すべての過程を無視して、一夜にして階段を駆け上る。
それが清野有朱……いや、黒神ラムリーに起きてしまった。
昨晩、どういうことかVtuberの女王たる「猫田もぐら」に引用リツイートをされてバズった黒神ラムリーは、一夜にして人気Vtuberの仲間入りを果たした。
チャンネル登録者数は1万人を越え、今も増え続けている。
ツイッターでは「誰かが転生したのか!?」とか「声が可愛すぎる」とか「天然系って最高だよね」みたいな声が大量に発生していた。
中には「猫田もぐらが転生したのか?」みたいな意見もあった。
最近、もぐらちゃんは配信を休んでいる。
もっぱらの噂では、「事務所と揉めている」とか、Vtuberの職業病ともいえる「声帯結節になったのでは」と囁かれているが、公式発表が無いために憶測の域を越えることはできない。
そんな中で本人が「可愛い」だの引用リツイートすれば、そりゃあ転生したと思うよな。
「……しかし、なんで猫田もぐらちゃんがリツイートしてくれたんだ?」
早朝の自宅マンション。
僕はリビングで「きのこトースト」を食べながら、ツイッターを回遊していた。
リツイートしてくれたことは実にありがたいんだけど、いきなりすぎて逆に怖い。
猫田もぐらは有名Vtuber事務所に所属しているタレントで、スーパーチャット世界ランキングで2位を取るくらいの存在だ。
黒神ラムリーとは比べてはいけないくらい、はるか天の上を行く存在。
向こうからしてみたら、黒神ラムリーなんて有象無象Vtuberのひとり──のはずなんだけど、どうして反応したのだろう。
フレールマニアさんは結構フォロワーがいるみたいだし、彼女が引用リツイートした僕のイラストが回り回ってもぐらちゃんの目に届いた可能性はある。
だけど、それだけで「この子可愛い」なんてコメントを入れてリツイートするか?
「おっは〜……」
リビングのドアが開き、ゾンビみたいなゆっくりとした動きで姉がやってきた。
いつものゆるゆるキャミソールとホットパンツというだらしない格好で。
てか、そのキャミいつも着てるけど、何着も同じものを持ってるのか?
「なんだかウマそうなの、食べてるじゃないのよぅ」
ゆらりゆらりと波間にたゆたう枯れ葉のように僕の傍にやってきた姉は、僕の手からきのこトーストを奪おうとする。
だが、動きがスローすぎて彼女の手が届く前にトーストは僕の口の中に入ってしまった。
「あ〜……あたしの……」
「いや、なんでわざわざ僕のを奪おうとするんだよ」
「何言ってんの。サトりんの食べかけこそ、至高でしょうに」
「わけわからん。ちゃんと姉ちゃんのもあるから」
「……おお、愛してるよマイ・ブラザー。サトりん、ちゅきちゅき」
「やめてキモい」
両手を広げてハグしようとしてきたので、姉の顔を押しのけてキッチンへと向かう。
トーストを焼く前に、淹れたてのコーヒーをカウンターに出した。
「はい、コーヒー。トーストは1枚でいい?」
「うん、いいよ〜、サンクス〜」
テーブルについてしばらくぼーっとしていた姉だが、やがてコーヒーをすすりだす。
動きが全体的に鈍いのは、仕事で徹夜開けだからだろう。
売れっ子イラストレーターも大変だ。
そんな姉を見ながら、きのこトーストを作り始める。
アルミホイルの上に食パンをのせてマヨネーズを塗り、しめじ、温泉卵、チーズをのせてオーブントースターに入れた。
これで10分くらい焼いたら完成。
実に簡単なのに美味い。これを考えた人は天才すぎる。
「で? 仕事は一段落したわけ?」
「ん、一応ね。いやぁ……このひと月はマジで死ぬかと思ったわ。久々に命の危機を感じたもん」
などと言いながら、ケラケラと笑う姉。
疲れているようだけど悲壮感が全くないので「危機」じゃなくて「嬉々」って感じだな。
小耳に挟んだ話では、ラノベの表紙&挿絵、スマホゲームのキャラデザ、今度アニメ化するラノベのキャラクター監修、コミカライズ作品の監修……などなどが重なってしまったらしい。
そりゃあ、死ねるわ。黒神ラムリーひとりだけでヒィヒィ言ってる僕なんかとはレベルが違う。
そんな姉が羨ましくもあり誇らしいのだけど、忙しすぎて寝る暇もないっていうのは弟として心配ではある。
「あのさ……仕事、調節したほうがいいんじゃない?」
「実はこれでも調整してるんス」
「あ、そう」
なるほど。
スケジュール管理が壊滅的にダメなんだね。
まぁ、それが出来てたら僕がここにいる必要なんてないんだけどさ。
「てか、サトりんも最近忙しそうだったじゃない」
姉が目を細めて僕を見る。
「ほら、帰りが遅くなったり、部屋にこもって何かやってたりさ。『夕食は適当にデリバリー頼んで』なんてはじめて言われたよ、あたしゃ」
「あ、あれは、その……」
「もしかして、彼女でも出来た?」
「……ブフォ」
ド直球ストレートがもろに入って吹き出してしまった。
「な、何を言ってんだよ! か、彼女とか僕に出来るわけないだろ!?」
「およよ〜? どうした〜? やけにムキになるじゃないの?」
ニヤニヤとねちっこい笑みを浮かべるクソ姉貴。
ウザい。実にウザすぎる。
「相手は誰よ? クラスの子?」
「だ、だから違うって! 最近、話したりしてるのはクラスの子だけど、そういう関係じゃないから。姉ちゃんにも異性の友達くらいいるだろ。それだよ」
「え? いないけど?」
「…………なんていうか、ごめん」
真顔で返されたので、心の中で平伏した。
姉ちゃん。素材はいいのに異性の友達がいないのは、多分、そのだらしなさが原因だと弟は思うよ。
そんな残念系女子が続ける。
「ていうか、部屋で何やってるのさ? その子とLINEでイチャコラしてんの?」
「な、なんでもいいだろ」
「いやいや、保護者として気になるでしょうよ? ……あ、そうだ。よかったらあたしが筆おろし、したげよっか?」
「いらんわぼけ!」
舌なめずりするな気持ち悪い。
というか、いつからお前が僕の保護者になったんだよ。むしろ逆だろ。家事全般は僕がやってるんだし。
本当にこいつは……と呆れている僕を、じっと見つめてくる姉。
その顔には「教えてくれるまで逃さない」と書いてある。
ああもう、面倒くさいな。
「……最近、可愛いVtuberがデビューしたから追っかけてるんだよ」
「最近デビューした可愛いVtuber……?」
姉が小さく首を傾げる。
そして、しばらく思案して、ぽんと手を叩いた。
「あ、もしかして黒神ラムリーちゃん?」
「……っ!?」
オーブンから取り出して焼き加減を見ていたトーストを危うく落としてしまうところだった。
「な、なな、何で知ってるの?」
「え? そりゃあ知ってるよ。もぐらがリツイートしてた子でしょ? あれ? でもあの子って昨日が初配信じゃなかったっけ?」
「う、ぐ」
そこまで知ってるのかよ。
でも、姉はもぐらちゃんのママだし、Vtuber界の情報はチェックしててもおかしくないか。
「ま、いいや。てか、あの子って可愛いよね。清楚なのにオタクってのが、あたしの性癖にギュンギュン突き刺さるわ。絵師さん誰なんだろ?」
「さ、さあ……」
「あ、黒神ラムリーちゃんのツイッターにママについて書かれてたわ」
「え」
ギョッとして姉を見ると、スマホをいじっていた。
「えーと、このアカウント名、なんて読むんだろ。サトヨン?」
「……っ!?」
僕のツイッターアカウントは、EPEXと同じ「Sato4」だけど……もしかして清野のやつ、ツイッターに記載してるのか!?
確かにVtuberは自分を生んでくれたママのことをツイッターに書くのは普通だけど……ちょっとマズい。
「あ、この人メチャ絵がうまいじゃん。もぐらのイラストとかいっぱいアップしてるし……あれ? これって──」
「そ、それじゃあ、学校に行ってきます!」
僕は出来たてのきのこトーストをテーブルに置いて、脱兎のごとくリビングを後にした。
玄関に用意していたかばんを持って、急いで家を出る。
危なかった。
もう少し話していたら、いらぬ詮索をアレコレ受けてたかもしれない。
これは今日帰宅したら質問の嵐かも──と戦々恐々としたけど、徹夜明けで朦朧としているだろうし、この話はきっと忘れているだろう。
多分、朝僕と話したことすら忘れているはず。
いや、忘れていてほしい!
「……はぁ」
つい口から漏れ出してしまう、ため息。
「姉ちゃんの前でイラストの話とか、Vtuberの話とかするのは控えよ……」
そう心に決めて、僕は重い足取りで学校へと向かうのだった。
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