第40話 乙女の気持ち

「は、はは、はじめまして……蒲田さんのお噂は、かねがね」


「へぇ? それは光栄だね」


 蒲田さんは感情が見えない顔でサラッと言ったあと、ごく自然に僕の隣に腰掛けた。


 逃げ道を確保するために通路側にいたかったんだけど、窓際に追いやられてしまう形になった。消音器が付いた拳銃で脇腹を撃たれそうで怖い。


「……」


 無言でじっと僕の顔を見る蒲田さん。


 近くで見ると、蒲田さんはすごい中性っぽい顔立ちだった。


 肌もすごくきれいだし、なんだかいい匂いがするし、女性だって言われても信じてしまいそうだ。


 てか、まつ毛長っ。


「キミのことも色々と聞いているよ」


 囁くように蒲田さんが言った。


 ドキッとしてしまったのは、その声が艶っぽかったからというわけではない。


 僕のことを色々聞いてる?


 清野のやつ、僕のことを何て話してるんだ?


 さっきの姫野さんの件を思うと、とんでもない紹介してそうだけど……大丈夫ですよね!?


「あ、う、え、ええと……清野さんは、どんなことを?」


「そうだね。例えば、秋葉原でキミとデートしたとか」


「……ヴォ」


 初っ端からブッパ発言キター!


 頭がクラクラしてきた!


「驚いちゃった? こんな込み入った話をされてるとは思わないよね?」


「あ、いや、まぁ……」


「でも、そんなセンシティブなことをサラッと言っちゃうラムも可愛いと思わない?」


「そ、そうですね」


 頭が大混乱に陥っていたせいか、肯定してしまった。


 よくよく考えると全然可愛くない。むしろ腹ただしいまである。


「……へぇ」


 蒲田さんの表情がスッと固くなった。


 髪の毛をサラッとかきあげながら、じっと射抜くように僕を見る。


「そこ、正直に言っちゃうんだ。見かけによらず、大胆な性格なんだね」


「あ、わ、ええっと……」


 ぞわぞわと恐怖がこみ上げてくる。


 目がメチャクチャ怖い。


 これ、絶対「うちの清野に変なことするつもりなのか? 許さんぞこの陰キャ野郎」って思ってる目だ。


「す、すす、すみません。可愛いっていうのは、別に変な意味じゃなくて」


「……ん? ああ、安心して良いよ。ウチの事務所って恋愛は禁止してないから」


「…………へ?」


 恋愛……禁止?


 突拍子もない言葉に、固まってしまった。


「でも、周囲の目があるし、大人としての節度をわきまえた付き合いをお願いするよ? ラムはこれからの人間だから……ね?」


「あの」


「ああ、そうだ。キミも知ってると思うけど、ラムはこれからドラマの撮影で忙しくなるから、キミとの時間よりも仕事を優先することが増えると思う。申し訳ないけど、そこは覚悟してもらって──」


「す、すみませんっ! 僕たち付き合ってませんからっ!」


 勇気を振り絞って言葉をねじ込んだ。


 瞬間、蒲田さんが言葉と表情をぐっと飲み込む。


 あ、これは殺されるかも。


「……キミってラムの彼氏クンじゃないの?」


 ポツリ、と蒲田さんが言う。


「違います」


「ごまかしてる、とかじゃなく?」


「はい」


「……あ、そう」


 蒲田さんは、スッと視線をそらしたあと、なんだか気まずそうに頭を掻きはじめる。


「あ〜、えっと……おかしいな。ラムの話の雰囲気だと、すご〜く親密な感じだったんだけど……」


 ああ、なるほど。やっぱりこの人も勘違いしていた系か。


 まぁ、「休みの日にアキバでデートした」とか言われたら、勘違いするなってほうが難しいけどさ。


 バスの中に気まずい沈黙が流れる。


 蒲田さんが小さく頭を下げた。


「何ていうか、ごめんね?」


「いえ……こちらこそ、変な誤解をさせてすみません」


 超絶、恐縮してしまった。


 ドン・蒲田さんに気を使わせるようなマネをして、本当にごめんなさい。この場に清野がいたら、平伏させていたと思います。


「で、でも、僕も清野さんとはすごく仲良くさせてもらってます。と、とと、友達として」


 自分で言っておきながら、恥ずかしくて死にそうになった。


 友達って。


 自分から友達だ、なんて言ったのは何年ぶりだろう。


 あまりにも久しぶりに口にしたからか、イントネーションが魚の「縞鯵しまあじ」になってしまった。


「……ふうん?」


 どこか楽しそうな蒲田さんの声が耳を撫でる。


 顔を上げると、なんだか楽しそうに笑っていた。


 え、何?


 もしかして、縞鯵イントネーションがツボったのかな?


「やっぱり、素直でいい子だね」


「……はい?」


「キミのこと、好きになれそう」


「ふぁっ!?」


 なにそれ、どういう意味!?


 もしかして蒲田さんって────両方イケるクチなんですか!?


 実際、蒲田さんの見た目は中性っぽくてすっごい綺麗だし、出来るか出来ないかって聞かれれば、アリよりのアリなんだけど。


 …………って、何言ってんだ僕!? 気を確かに持って!


「あ、そろそろ撮影が始まるみたいだね。見にいく?」


「……はい」


 蒲田さんにほほえみかけられ、恥じらいながらも小さく頷いてしまった。


 ん〜、何だろう。


 イケメンに言い寄られる女の子って、多分こんな気持ちなんだろうな。


 勉強になります。

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