第41話 蒲田さんのヒミツ
ロケバスから少し離れたところに人だかりができていた。
見物しているギャラリーっぽい人たちと、黒い傘のような機材にカメラマン。
そして──その中心に、清野の姿。
清野はモコモコとしたニットのセーターに、デニムのパンツ……それに、普段はかけていない大きめのメガネをかけていて、メチャクチャ大人っぽかった。
季節外れなコーデだけど、冬用なのだろうか。
しばらくひとりで撮られていた清野のとなりに、別のモデルさんが立った。清野に勝るとも劣らない、すごく可愛い女の子だ。
談笑をするふたりに向けて、次々とシャッターが切られていく。
「ねぇ、あれって有朱ちゃんだよね!?」
後ろから女性の声がした。
ちらっと振り返ると、僕と同じくらいの女の子ふたりが撮影現場のほうを見ていた。
「あっ、ホントだ! あ、隣に紫苑ちゃんもいる! ふたりともメチャ可愛い!」
「やばっ! 私、有朱ちゃんのファンなんだよね!」
「あのナチュラルな感じが良いよね!」
「ね、ちょっと見に行こ!?」
「うん!」
興奮気味に、パタパタと走っていく女の子たち。
最近、清野と一緒に行動することが多くてすっかり忘れていたけど、あいつって有名人なんだな。
本来は、テレビとか雑誌を通してだけ見られる相手で、僕なんかが関われないような存在──。
まぁ、今更感はあるけど。
でも、と清野を遠巻きに見ているふたりの女の子を見て思う。
あの子たちが好きなのって、「時々天然ボケをかますオタクキャラ」の清野じゃなくて、「清楚キャラ」を演じている清野なんだよな。
もし、彼女たちがラムリー配信を観たとして、変わらず好きでいてくれるだろうか。
ゲームやアニメを熱く語ってる清野を見て、清野のファンを続けてくれるのか。
「ラムは本当にプロだよね」
風に乗って、蒲田さんのクールな声が運ばれてきた。
「清楚キャラなんて本当だったらやりたくないはずなのに、それを楽しんで演じているんだから」
「……っ!」
つい、ハッと蒲田さんを見てしまった。
「し、知ってたんですか?」
「そりゃあね。ラムとは長いし」
もしかして、Vtuber活動のことも知ってるのか!?
──と思ったけど、さすがにそれは考えすぎか。
もし蒲田さんが知ってたら清野に警告しているだろうし、僕の耳にも入っているはずだ。
蒲田さんは、絹のように艷やかな髪をなびかせながら続ける。
「きっと彼女のファンにもそれが解っているんじゃないかな。演じてることすらも楽しんでるラムが好きなんだと思う」
「……そう、なんですかね」
「そうさ。今は事務所の意向で清楚系をやってもらってるけど、普段の天真爛漫なラムの路線で行ったとしても、ファンはラムを好きでいてくれると思う。だって──」
蒲田さんがふと、僕を見た。
「キミもそうでしょ?」
「……え?」
「こうして普段とは違うラムの顔を知っても、彼女のことを嫌いになったりしない」
「それはまぁ、そうですけど」
意外な一面がわかったとしても、清野の印象が変わるわけじゃない。
こうやって、華やかな世界で僕が知らない顔を見せていても、清野が僕と同じものを好きで、同じことで笑ってくれる人間だってことに変わりはないのだから。
「……印象が変わるわけじゃない」
そこで僕はふと気づく。
ひょっとすると──もぐらちゃんのファンも同じなんじゃないか?
もぐらちゃんの見た目が変わったとしても、「もぐらファン」として付いてきてくれるんじゃないだろうか。
可愛い見た目は大事だけど、もっと大切なものがある。
使い古されまくった陳腐なセリフだけど、大事なのは「中身」なのだ。
キャラクター性、趣味嗜好、考え方。
そこに推せる要素があるからこそ、Vtuberには「転生」や「転生組」なんて言葉があるんじゃないだろうか。
なんだか肩が軽くなったような気がした。
そして、全力でのげらちゃんの再出発に協力できる気がした。
「長年マネージャーをやってると、なんとなく将来が見えるんだ。ラムはきっと、事務所を代表するようなタレントになる」
そう言って、蒲田さんがそっと僕の耳元に顔を近づけた。
「……だから早くしないと、誰かにラムを取られちゃうかもしれないよ?」
「ふぇっ!?」
瞬間湯沸かし器のように秒速で顔が熱くなってしまった。
「なな、何ですかいきなり!?」
いい話をしてる雰囲気だったのに下世話な話を!
「芸能界は魑魅魍魎が跋扈する魔境だからね。もうすぐドラマ撮影も始まるし、魅力的な男性との接点も増える。そうなったら、流石のラムもキミ一筋じゃいられないと思うよ?」
「……っ!? そ、そんなこと、させませんから!」
混乱しすぎて、ついわけのわからないことを言ってしまった。
色々と前提がおかしすぎる。そもそも、僕一筋ってどういう意味だ。
「……あ、いや、今のは違うくて」
すぐに否定したが、時既に遅し。
蒲田さんは楽しそうにクスクスと笑い出す。
「ふふ。やっぱり可愛い」
「へ?」
そして、不意に蒲田さんの指が僕の頬に触れる。
──と、そのとき。
「だめ! だめだめ!」
聞き覚えのある声が猛スピードで近づいてくる。
ハッとして声の方をみると、顔を真赤にした清野がズンズンと大股歩きでこっちに向かってきていた。
「ああ。おつかれさま、ラム」
「はい、おつかれさまですけど、だめですよ蒲田さん! そういうことしちゃ、め! めっ!」
「あはは、大丈夫だよ。まだ手を出すつもりはないから」
「まだ!? 絶対ダメだから! まだもへちまもない!」
「…………」
そんなふたりの会話を呆然と聞く僕。
一体何を言ってるんだこのひとたちは。
とりあえず、「へちま」の使い方間違ってるぞ清野。それを言うなら「でももへちまも」だ。
てか、周りのギャラリーたちがざわついてますけど、大丈夫ですかね?
「あのね、東小薗くん。蒲田さんって、実は私の先輩なんだ」
改めて、僕に蒲田さんを紹介するように清野が言った。
「せ、先輩って、事務所のってこと?」
「違う違う。ミスガールズ17のグランプリを取った先輩って意味。蒲田さんもミスガールズ17出身の大先輩なんだ」
「へぇ……」
そうなんだ。
まぁ、こんな綺麗な人だったらグランプリを取ってもおかしくないだろうな──と思ったけど、よくよく考えてとてつもない違和感が生まれた。
「ガールズ……?」
男なのにガールズ?
ってことは? え?
「あの、もしかして、蒲田さんって…………女性なの?」
「え、そうだけど?」
当たり前じゃん、と言いたげにキョトンとした顔で首をかしげる清野。
ぶわっと全身から汗が吹き出した。
いや、まぁ、男性にしては綺麗すぎるなとは思ってたけどさ。
なるほど。
なるほどなるほど。
蒲田さんって、本物の女性だったのね。
……あ〜、色々な意味で良かったなぁ!
「改めてよろしくね。東小薗くん」
悪戯っぽい笑顔を覗かせる蒲田さん。
あ、これ、僕が勘違いしてるとわかってたヤツだ。
わかってて、完全におちょくってたヤツだ。
うん、大人の女性って…………怖い!
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