第17話 友達のピンチ

 結局、最初に行った家電量販店でパソコンを買うことになり、清野からの強い要望で、金に糸目をつけない最上級のものをチョイスした。


 CPUはオーバークロックができる16コアで、グラフィックボードも最高級のハイクラス。さらにメモリも容量だけではなくクロックが速いものにした。


 これくらいのスペックがあれば、配信はもちろん最新のゲームも4Kの最高設定でプレイできるはずだ。


 パソコンと一緒に配信に必須なWEBカメラとマイク、144hzモニタも買ったので結構な金額になっていたけど、清野はサラッと現金一括で仕払いを済ませていた。


 それを見たときは流石にビビってしまった。


 お前、そんな大金を持ち歩いてたのかよ。


 リッチすぎるだろ。清野有朱。本当にお金あるおじさんじゃないか。


 本当に清野に養ってもらおうかな……などと葛藤しながら配送の手続きを済ませて店を出ると、秋葉原の街はすっかり茜色に染まっていた。


 清野の提案で「ちょっと腹を満たしてから帰ろう」ということになり、駅の近くにあるラーメン屋に行くことになった。


 やっぱり店のチョイスが男子っぽい。


 モデルをやってる芸能人なら、オシャレなカフェとかスイーツとかを食べに行くもんじゃないのか? 

 

 いや、そんなものが秋葉原にあるのかは知らないけどさ。


「……あ〜、美味しかったぁ〜」


 ラーメン屋を出たとき、至福の顔で清野がお腹をさすった。


 そのスリムなお腹にラーメン全部乗せ+替え玉+ライス大盛りが入っているのか、と感慨にふけりながら清野に尋ねる。


「あ、あの……本当にラーメン代、良いの?」


「ん、気にしないで。今日、付き合ってくれたお礼だし」


「そ、そう? じゃあ、ごちそうさまでした……」


 お礼をもらうようなことは何もしてない気がするけど、そこまで言われてお金を払うのは逆に失礼かもしれない。


 清野は嬉しそうにラーメン屋の看板を見上げる。


「ていうか、ここ、ずっと気になってたんだよね。モデルさんたちの中でも結構話題になっててさ」


「へぇ……そうなんだ」


 何だか意外だった。


 モデルをやってる芸能人ならオシャレな店に行くはず……というのは、もしかするとただの偏見なのかもしれない。


 偏見というか、固定観念か。


 清野のイメージといい、ここ最近そういうものがことごとく覆されている気がする。


 秋葉原駅の中央改札方面へと向かっていると、清野が鼻歌まじりで言う。


「あ〜、パソコン届くのが待ち遠しすぎる。早く配信やりたいな〜」


「届くのって来週だよね? 逆に良かったと思うよ」


「え、どうして?」


「だって、まだキャラ……ええと、黒神ラムリーが完成してないし。パソコンがあっても配信はできないよ」


「……あ、そっか」


 イラストは完成したけど、2Dアニメーション作業は終わっていない。今パソコンが手元にあったとしても、配信は無理だ。


「でも、パソコンが届くまでに2Dアニメーション作業は終わらせとくよ」


「わ! ありがとう! そしたらパソコンが届いた日に配信できるかな?」


「ん〜……いきなりは怖いかな。まずはテスト配信とかして、ちゃんと想定通りにアニメーションするか確認したいかも」


 Make2Dを使うのははじめてだし、WEBカメラと連動させて動きをトラッキングさせるのもはじめてなのだ。


 なにからなにまではじめて過ぎて、一発でうまくいく可能性のほうが低い。


「想定通りに、かぁ……」


 う〜ん、と首をひねる清野。


「そこらへんの仕組みがいまいちわからないんだよね。私の動きとキャラを連動させるってことだよね? あのMake2Dってアプリでやるの?」


「いや、連動させるのは他のアプリなんだ。Webカメラとキャラを連動させるツール……フェイストラッキングツールっていうらしいんだけど、それを使って顔の動きと連動させるんだ」


 確か「FaceBrink」ってアプリだったっけ。


 FaceBrinkを使えば簡単にWebカメラと連動させることができるらしいけど、それの使い方も調べる必要がある。


「じゃあ、それを使えばYoutubeとかで配信できるの?」


「あ、ごめん、配信はまた別だね。配信用のツールがあって、そこでパソコンの画面とキャラクターを合体させて、マイク音声とミックスさせるんだ」


「んむぅ……色々なアプリがあるんだね。こんがらかっちゃうな」


「配信の仕組み自体はシンプルだし、配信ツールの使い方は僕も知ってるからアドバイスできると思うよ」


「え、マ? すごっ……! ホントに東小薗くんって、なんでも知ってるんだね。メチャクチャ頼もしすぎる。天才じゃん」


「……」

 

 恥ずかしくなって、パッと視線をそらしてしまった。


 嫌な気はしないけど、褒め称えすぎだろ。


 僕は悶絶死しかけながらも、話を続ける。


「あ、あと、一応言っておくけど、配信ができても観られるかどうかは運次第だよ? 配信すれば誰でも人気Vtuberになれるわけじゃないし」


「そこはなんとなくわかってるから大丈夫。芸能の世界もデビューすれば売れるってわけじゃないしね。それに……ひとりでも見てくれる人がいたら、満足だもん」


「あ、そっか」


 そうだった。そもそも清野がVtuberをやろうとしているのは、有名になるためとか、そういう目的があるわけじゃないんだった。


 僕がツイッターにイラストをアップしている理由と一緒。


 だとしたら、視聴者数なんて気にせずにマイペースにやればいいか。


「ねぇ、東小薗くん」


 と、清野が何やら言いにくそうに尋ねてきた。


「もうひとつだけお願いがあるんだけど」


「……え、何?」


 何かとんでもないことをお願いされそうな気がして、つい身構えてしまった。


「あのね、できれば配信をはじめても相談に乗って欲しいんだ」


「相談?」


「あ、いや、配信でどんなことを話すのかは大体決めてるんだよ? だけど、やっぱり第三者の意見って欲しいじゃない? だから、もっとこうしたほうが良いっていうアドバイスとか、トラブルが起きたときに相談に乗ってくれたら嬉しい……んだけど」


 モジモジと仕切りに髪の毛をいじりだす清野。


 なんだそんなことか。


 てっきり、1ヶ月に1回は衣装をリニューアルしたいなんて言い出すのかと思ってしまった。


「ま、まぁ、そのくらいだったら」


「……え、ホントに?」


「う、うん。全然良いよ」


「うわっ! ありがとう! よかった〜!」


 清野は本当に嬉しそうに顔をほころばせ、そして、心底安心したと言いたげに続けた。


「あのね、実はちょっと不安だったんだ。だって、配信ってトラブルが付きものじゃない? 撮影現場でも、機材トラブルとか起きるてるし……だから、色々と詳しい東小薗くんが一緒だと心強いなって思ってたんだ」


 機材トラブルはよく聞く話でもある。


 操作ミスで中の人が見えちゃったりとか、配信が終わってもマイクがオンのままで素の話が丸聞こえだったりとか。


 そういうことで逆に人気が出ることもあるけど、清野の場合は周囲にヒミツにしているので死活問題になってしまう。


 キャラを作って終わりにしたかったけど、仕方がないな。


 清野はナチュラルに本名とか言って身バレとかしそうだし、しっかりサポートしてやるか。


「……あれ?」


 と、清野が不思議そうに僕の顔を覗き込む。


「何だか嬉しそう」


「は?」


「ニヤニヤしてる」


「……ばっ!? し、してないから!」


 いきなり何を言うんだこいつは。


 僕は慌ててかぶりを振る。


 だが──顔が熱くなっているのが、自分でもわかった。


「ご、ごご、ごめん、ちょっとトイレに行ってくる」


「あ、おっけ〜。じゃあ、ここで待ってるね」


 清野を直視できなくなった僕は、ダッシュでトイレに駆け込む。


 慌てて飛び込んだせいで間違って女子トイレに入りかけてしまい、白い目で見られてしまった。


 男子の個室トイレに入って、鍵をかけてひと息つく。


 僕の心臓はドクドクと激しく脈打っていた。


「……動揺しすぎだろ」


 もしかして清野にママ契約を延長されて、ほっとしてるのか?


 キャラが完成して終わりじゃなくて、関係を続けられることを喜んでるのか?


「いやいや、そんなわけない」


 正直なところ、少しだけ嬉しいと思ったのは認めよう。


 だけど、それは僕がやったことがない配信の部分まで手伝えるとわかったからだ。


 興味があるのは清野ではなく、配信技術。


 知りたいのは清野のことではなく、アプリの使い方。


「……それだけの話だろ。清野は関係ない」

 

 僕は自分の心に刻みつけるように、実際の声にして言い聞かせる。


 そして、ゆっくりと深呼吸をしてからトイレを出た。


 まばゆいイルミネーションでライトアップされた秋葉原の街は、帰路を急ぐ人々で溢れかえっていた。


 結構良い時間だな。さっさと解散して、家に帰ろう。


 そう思って清野の元へ戻ろうと思った僕の目に、妙な光景が飛び込んできた。


 僕を待っている清野の周囲に、数人の男がいたのだ。


 もしかして学校の友達だろうか……と思ったけど、明らかに僕や清野より年齢が上に見える。


 大学生。もしくはフリーターか。


 あれ? もしかして、ナンパされてる?


 清野は帽子をかぶって変装をしているが、完全に隠しきれているわけではない。清野のファンだったら一発で彼女だとわかってしまうだろう。


 これは助けに行ったほうがいいか──と思ったけど、やめることにした。


 前に乗富が言っていたけど、街で声をかけられるのは清野にとって日常茶飯事なのだ。きっと今回も天然切り返し術で撃退するに違いない。


 むしろ、僕が出ていったほうがややこしいことになる。


 そう思って、物陰から傍観していたのだが──。


「……」


 なにやら雰囲気がおかしい。


 清野は話しかけている男を見ようとはせず、うつむいて黙ったままだった。


 おいおい、いつもの天然系塩対応はどうした?


 もしかして、男に囲まれてビビってるのか?


 そのとき、男のひとりが清野の腕を掴む。


 その瞬間、周囲の喧騒にまぎれて清野の悲鳴のような声が聞こえた気がした。


「……おいおいおい」


 これはさすがにヤバいかもしれない。


 ちょっと、そこのオジサン! 清野を助けてやってくれ!


 ……と心で念じてはみたものの、通行人たちは見て見ぬ振りをして清野たちの前を通り過ぎていく。


 やっぱり世の中は冷たいやつらばっかりだ。


 どいつもこいつも自分のことばかりしか考えていないクソ野郎で──と、心の中で吐き捨てていたとき、チクリと胸の奥底が疼いた。


 クソ野郎は、僕も同じだろ。


 お前だって清野がナンパされてるのにそれっぽい理由を当てつけて、見て見ぬふりをしているじゃないか。


 どちらかというと、友達のピンチを傍観しているお前が一番タチが悪い。


「……ああ、そうだよ。どうせ僕は陰キャのクソ野郎だよ」


 クラスに仲がいい友達なんていないし、夢を追う勇気もなければ語る資格もない。


 少しだけイラストを描くのがうまいだけの、最低最悪の陰キャオタクだ。


 だけど──清野はそんな僕に「一緒だと心強い」って言ってくれた。


 好きなことも、やりたいことも言えない最弱キャラの僕なんかに、頼れるやつだと言ってくれたんだ。


「ああ、畜生っ……!」


 そうして僕は、震える両足を必死に抑えて物陰を飛び出した。

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