第34話 とんでもDM

「……ヒャッ!?」


 突然マルチメディア室のドアが開け放たれた瞬間、僕の口から乙女の悲鳴のような声が出てしまった。


 一体誰だ──なんて考える必要もなく、ましてはその姿を確認する必要もない。


「どっじゃ〜ん! おまたせしましたっ、やっと話せる時間が来たよっ!」


 案の定、嬉々とした清野の声が聞こえた。


 僕は努めて冷静に「族長」のイラストの着色を続けようとしたが、思いっきり筆が線からはみだしてしまった。


 何でそんなに嬉しそうなんだよ。


 いや、僕だって昨晩のもぐらちゃんのリツイートの件を話したかったけどさ。朝からお前らの妙な探り合いに巻き込まれて全然話せなかったんだよ!


「ねぇねぇ! 昨日のもぐらたゃの件だけど!」


 滑り込むように僕の隣の席につく清野。


「私の見間違いじゃなければ、東小薗くんのイラストがリツイートされてたよね!?」


「う、うん。されてた」


「『この子、可愛すぎる』って言ってたよね!?」


「だね」


「夢じゃないよね!?」


「夢みたいだけどね」


「あああううぅぅぅうううっきゃあああぁあっ!」


「……どわっ!?」


 清野は悶えるような声をあげたかと思うと、突然僕の椅子をぐるっと回転させ、強制的に自分の方へと向ける。


「ちょ、ちょっと、清野さん!?」


「どうしよう!? ねぇ、どうしよう、東小薗くん!? ガチでありえない! 中学のときに『ミスガールズ17』 のグランプリとったとき並にうれしいんだけど!」


 清野が椅子に座ったまま、ぴょんぴょんと跳ねる。


 ミスガールズ17って、清野がモデルデビューするきっかけになった雑誌「ガールズ17」の専属モデルオーディションだっけ。


「ほら見て! ラムりんのツイッターアカウントは既に1万フォロワー行ってるし、Youtubeのチャンネル登録者も2万人突破してる!」


「え……もうそんな行ってるの!?」


 流石にそれはビビった。


 僕が見た時はチャンネル登録者1万くらいだったのに。


「今日の配信はEPEXの予定だったけど、私のことをもっと知ってもらうために君パン語りをしたほうがいいかな!?」


「ど、どうだろう。君パンは人気アニメだけど、観てないリスナーもいるだろうし、ゲーム配信しつつ君パンを語ればいいんじゃないかな?」


「……おお、さす園!」


「え?」


 さす園? なんだそれ。


 朝の三星の「ぞの」に続いて新たなあだ名が生まれたか?


「確かに、ゲームやりながら語っちゃえば、どっちのファンもニッコリだよね。ゲーム終わった後に雑談コーナー作ってもいいし……流石、東小薗くん!」


「……ああ、さす園って、そういう意味ね」


「てか、すっごい冷静」


 プッ、と吹き出す清野。


「なになに? 何でそんなにれーせーなの? あんまり嬉しくないとか?」


「……はあっ!? そっ、そんなことないからっ!」


 つい、大きな声を出してしまった。


「は、は、恥ずかしいから抑えてるんですよ! すっごい嬉しいですし、ドキドキで昨晩から浮きっぱなしっていうか! だって、僕がデザインしたキャラをもぐらちゃんが可愛いって言ってくれたんですよ!?」


「突然の敬語キター! えへへ、やっぱり嬉しいよね!?」


「そうだよ! 嬉しいに決まってるじゃない! 本当は朝から盛り上がりたかった!」


「そして突然の暴走! 良きかな良きかな!」


「いや、そりゃあ暴走しちゃうでしょ! 嬉しすぎて軽く奇行に走るレベルだよ!」


「あはは…………はっ?」


 爆笑していた清野が、突然スンッと真顔になった。


「ど、どうしたの?」


「あ、いや……朝の件で、ちょっと」


「朝?」


 ってなんだ? なんかあったっけ?


 首を傾げていると、清野が言いにくそうにボソッと尋ねてきた。


「あのさ、私って変かな?」


「え?」


「な、何ていうか……奇妙な行動とか、してるかな?」


「あ」 


 そこでハッと気づく。


 清野のやつ、乗冨が言ってた「最近のラムりんの様子がおかしい」ってのを気にしてるのか。


 でも、僕が近くで見ている限り、清野にそんな変化はない。


 だけど、「大丈夫! 清野さんは奇妙な行動をしていないから!」と断言できないのが辛いところだ。


 だって、いきなり僕に「ママになって」とか言ったり、放課後に牛丼屋に僕を連行したりしてるし。


 むしろ毎日奇妙な行動しかしてない。


 や、それが清野の可愛いところでもあるんだけどさ。


「あ、ええと……奇妙な行動してたとしても、そのままでいいんじゃないかな? だってほら、ギャップ萌えっていうかさ」


 そう返すと、清野はポッと頬を赤らめた。


「……そ、それって前に東小薗くんが言ってた『私の魅力』ってやつ?」


「う、うん」


「……」


 サッとうつむいてしまう清野。


 咄嗟に肯定してしまったけど、ひどく後悔した。


 僕というヤツは、またキモいことを。


 いい加減、学びなさいよあなたも。


「……そっか」


 てっきり清野にドン引かれたと思ったけど、彼女は恥ずかしそうに、そしてどこか嬉しそうに髪の毛をいじりはじめる。


「ひ、東小薗くんがそういうなら、このままでいい……のかな」


 清野が上目遣いで僕を見ながら言った。


 メチャクチャ可愛くて悶絶死しそうになった。


 しかしこれは、どういう反応なんだろう。


 気持ち悪がられてるってわけじゃなさそうだけど……。


「あ〜、えと……」


 どうしよう。


 意外すぎる反応で、どう返せばいいのかわからない。


 何か話題を変えたほうがいいのか?


 ──などと、頭をフル回転させていたら、昼休みが終わる5分前を知らせる予鈴が鳴った。


 助け舟とはまさにこのことだ。


「そ、そろそろ教室に戻ろうか」


「う、うん」


 清野がそっと席を立った。


 僕は途中まで描きかけた族長のイラストをUSBメモリに保存して、パソコンの電源を落とす。


 そのとき、僕のスマホがポコンと鳴った。


 また乗冨から清野の件でLINEが来たのか……と思ったけれど、誰かがツイッターでDMを送ってきたらしい。


 誰だろう? 


 僕にDMを送ってくるような人間はいないはずだけど。


 何気なくツイッターを開き、DMを見る。


「……は?」


 心臓が飛び出たかと思うくらい、びっくりした。


「どしたの?」


 異変に気づいた清野が尋ねてきた。


「DMが来た」


「DM? 誰から?」


「……猫田もぐらちゃん」

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