第35話 僕たちは偽装する

 これはきっとイタズラだと思った。


 僕のイラストがバズったことで、嫉妬に狂ったどこかの絵師がサブ垢を作って冷やかしにきたんだろう。


 アマチュア創作界隈ではそういったことがあるって聞いたことがあるし。


 ああいやだ。これだからアマチュアは。


 他人の足を引っ張るくらいだったら、イラストのひとつでも描けばいいのに。


 ──などと思いながら、DMを送ってきた猫田もぐら(偽)のアイコンをタップして、プロフィールを開いてみたら認証バッジが輝いていた。


「……」


 再び固まる僕。


 なるほど。なるほどなるほど。


 ツイッター社さんが、このアカウントは猫田もぐら本人であると証明しちゃう系か。


 え? 待って。てことは、本物!?


 マジであのもぐらちゃんが、僕なんかにDMを送ってきたの!?


 うわ! おまけにフォローまでされているし!


「き、きき、清野さん!? 本物のもぐらちゃんからDM来てるよ!?」


「お、お、お、落ち着いて。まだ、あわわわ、慌てる時間じゃないから!」


 真っ青な顔で、首をブンブンと横にふる清野。


 いや、時間って何だよ。昼休みの時間的なやつ?


 確かにそっちもヤバいけど、それどころじゃないだろ!


「そ、それで、何てDM来てるの?」


「えと……『はじめまして。猫田もぐらです。いきなりDMしてすみません。Sato4さんにご相談がありましてDMさせていただきました』……」


「相談……って、なんだろ?」


「……DMではお話ししづらい内容なので、一度お会いできませんでしょうか。ご返答……お待ち……して」


「……」


 僕と清野はどちらからともなく、顔を見合わせてしまった。


「「……ええええっ!?」」


 廊下に響く、僕と清野の声。


 あまりにも大きい声だったからか、先生から「そこ、早く教室に戻りなさい」と怒られてしまった。


 ペコペコと平謝りして足早に教室に向かう僕たちだったが、すぐにヒソヒソ話を再開する。


「どっ、どどどど、どうしよう、清野さん……っ!?」


「すごいじゃん! それって多分、Vtuber関連のお仕事ってことじゃない!?」


「やっぱりそうなのかな!?」


 でも、そういう依頼って事務所とかマネージャから来るもんじゃないのか? 


 姉の仕事もそんな感じだし。


 とはいえ、昨日の今日でもぐらちゃんが僕にDMをしてきたってことは、イラスト関係の相談ってことは間違いない……と思うけど。


「会うの?」


 ポツリと清野が尋ねてきた。


「わ、わからないけど、会ってみたい……」


 要件はわからないけど、見知らぬ相手にDMをしてくるくらいなのだから、相当困っているんだと思う。


 だとしたら、力になってあげたい。


 でも、いざもぐらちゃんの中の人を前にして、冷静でいられるだろうか。いきなりキモムーブをカマしてしまったらと思うと背筋が寒くなる。


「あ、あの、清野さんも一緒に来てくれたりしない……?」


「えっ」


 清野がギョッと目を見張る。


「わ、私が一緒に!? なな、なんで!?」


「あ、いや、清野さんが一緒なら、緊張しないかなって……」


「な、な、なるほど……だけど、急に言われてもなぁ〜? 仕事があるかもしれないし〜?」


 清野は困ったように眉根を寄せるが、わかりやすく口元はニヤけていた。


 明らかに誘われたのを喜んでる。


 しかし、演技が下手すぎる。こいつ、本当に女優の卵なのだろうか。


「む、難しいなら無理にとは言わないけど……」


「え? や! や! 東小薗くんがどうしてもって言うなら、ついていってあげるよ! もう、仕方ないなぁ!?」


 清野が「やれやれ」と言いたげに肩をすくめる。


 なんだかウザい。


「でも、私が一緒に行っても良いのかな? だって、もぐらたゃが会いたいのって、東小薗くんだけなんだよね?」


「……あ」


 確かに清野が言う通りだ。


 Vtuber活動をしているのだから、どこの馬の骨ともわからない僕に顔を見せるだけでもかなり抵抗があるだろう。


 そこに清野を連れていくのは、さすがにマナー違反か?


「あ、そうだ。関係者ってことにしたらどう?」


 清野がポンと手を叩いく。


「関係者?」


「例えば、保護者とか」


「つまり、姉と一緒に来ました的な?」


「んむ。ちょっと厳しいかな?」


「う〜ん……厳しい、かも?」


 だって顔が似てなさすぎるし。 


 前に一瞬だけ疑われたことがあるけど、秒の速さで否定されてなかったっけ。


「あ、わかった! じゃあ、恋人ってのは?」


「……ヴォ!?」


 突拍子もない発言に、びっくりしすぎてこけそうになった。


「こっ、こここ、恋人!?」


「ほら、デートのついでに来ました〜的なノリでさ」


「だだだ、ダメだよ! 僕と清野さんなんて釣り合ってなさすぎるっていうか、あ、いや、そんなんじゃなくて、ええと……初対面の相手との打ち合わせに恋人連れてくる人なんていないっていうか! だからダメですよ!」


「あはは、必死すぎて草。東小薗くんって、テンパると敬語になるよね?」


 ニヤニヤと笑う清野。


 こ、この野郎〜っ!


「でも、リアルな話、アリよりのアリだと思うよ? 共同制作者ってのを付け加えればそれっぽいじゃない?」


「共同制作……って、サークル的なやつ?」


「そうそう。東小薗くんのツイッターアカ名の『Sato4』はサークル名ってことにしてさ。恋人同士でイラスト書いてますって設定の漫画とかラノベってあるじゃん?」


「そ、そ、そんなの、あったっけ?」


 なんだかありそうな気はするけど、すぐに出て来ない。


 というより、動揺しまくって頭が真っ白になってる。


「でで、でも、それって恋人設定いらなくない? 共同制作者だけでいいんじゃ……」


「ダメだよ。ほら、かの有名な足利尊氏さんも『1本の槍なら折れるけど、3本の槍なら折れない』って言ってるじゃない? 『恋人』と『共同制作者』設定のあわせ技なら、きっともぐらたゃも信じると思うんだ」


「あ〜……そうか、なるほ…………あ〜、ん〜?」


 自信満々に言い放つドヤ顔清野を、胡乱な目で見てしまう僕。


 言いたいことはわかるけど、それを言ったのって足利尊氏じゃなくて毛利元就じゃなかったっけ。


 それに「槍」じゃなくて「矢」だし。


 そもそも設定がふたつしかないし。


「ね? どう?」


 清野がヒョイと顔を覗き込んでくる。


「あ、う、ええっと……じゃあ、それでお願いします」


「……っ! やった!」


 小さくガッツポーズする清野。


 事務所的に恋人だなんて言って大丈夫なのかとか、色々とツッコミたい所があったけど教室に着くのでやめておくことにした。 


 教室に入るとき、清野がボソッと「外堀から埋めてっちゃお♪」とか言ってた気がしたけど、なんだろう。


 ちょっと怖いんですけど。

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