第52話 ウブでラブな関係
「…………あ〜、ええっと。ど、どうも」
蒲田さんと入れ替わるように、清野がしゃなりしゃなりとテラス席にやってきた。
彼女の姿は秋葉原にパソコンを買いに行ったときのような変装仕様だった。
大きめのメガネに、これまた大きめの帽子。
マスクはつけていなかったけど、パッと見は清野だと判断できない。
店内を見たときに清野がいると気づけなかったのは、この変装仕様のせいだ。
「……よいしょっと」
清野はしばらくそわそわとしたあと、蒲田さんが座っていた席にぺたんと腰を降ろす。
らしくなく挙動不審な清野に、恐る恐る尋ねた。
「ど、どうして清野さんがここに?」
「え? 私? いや〜……何ていうか、ラムりんの件を許してもらえないか蒲田さんにお願いしようかな〜って思って連絡したら、ここのお店に来てって言われてね?」
目を泳がせながら、帽子からこぼれ落ちている一房の髪をしきりに弄りまくる清野。
「それで言われたとおりに来たんだけど、『先客があるから、そこの窓際の席で待ってて』って……」
「……な、なるほど」
それで店内で待っていたら、僕が現れたってわけか。
そうかそうか。
やっぱり蒲田さんに仕組まれた罠だったってわけだな。
清野のことをどう思ってるのかとか、全く関係のない質問ばかりでおかしいと思ってたけど……まさか清野本人を呼びつけていたなんて。
というか、全部清野に聞かれた……のだろうか。
店内にいたなら、あまり聞こえてなかったと思いたいけど。
「あ、あの……蒲田さんとの会話、聞こえてた?」
「あ〜……うん」
ダメでした。
バチコリ聞こえてました。
今すぐここに穴を掘って地中深くに埋まりたい。
「……えと、ありがとね?」
「えっ?」
清野の声にパッと顔を上げると、彼女は頬を赤く染め、もじもじと恥ずかしそうにしていた。
「や、その……わざわざ蒲田さんに直談判……してくれて」
「べ、別に」
語尾がモゴモゴと尻すぼみになってしまう。
なんだよこのシチュエーション。
恥ずかしすぎて死んでしまいそうなんですけど。
「東小薗くんが来たとき、メチャクチャ嬉しい……とか、思った」
「……へっ!」
「だ、だだ、だって! まさか私のために蒲田さんに会いに来てくれるなんて、思わなかったし!」
「あ、う、えと……そうだね」
直談判のことが清野にバレるなんて全然想定してなかったから、頭の中が真っ白になってしまった。
何か言い訳しないと恥ずかしすぎる──と、必死に頭を捻ったけれど、これと言って良い言葉は浮かばない。
「と、とと、とりあえず、Vtuber活動は何も問題ないってことだったから、ラムリーの活動は続けられるよね」
とりあえず茶を濁すために話題を変えることにした。
「う、うん! そうだね! それは私も聞いた!」
清野がパッと顔を上げる。
「クビになっちゃうどころか、蒲田さんから『なんで教えてくれなかったの?』って怒られちゃったもん。知ってたらもっと大々的に告知出せたのにって」
「いやまぁ、それはねぇ……。だって清野さん、有名Vtuberになりたいってわけじゃないでしょ?」
「や、ほんとそれ。同じこと蒲田さんに言った。私はただ、事務所から禁止されてるって思ってた君パンへの愛をぶちまける場所が欲しかっただけだって」
「……あ、でも、事務所からオタク活動を禁止されてなかったってことは、わざわざ黒神ラムリーでやる意味がなくなっちゃったってことなのかな?」
「あっ」
ハッとする清野。
大々的にオタク活動をしていいのなら、顔を隠す必要はない。
むしろ、事務所的に考えると顔出し配信をしたほうが良いまである。
となると、やっぱり黒神ラムリーの活動は終わり、僕と清野の関係もここで終わる──のか?
しばし、気まずい沈黙がテラスに流れる。
「私……辞めたくない」
清野はぐっと両手で握りこぶしを作って続けた。
「だって、ラムりんは東小薗くんが生んでくれた最カワキャラだもん! 君パンのかすみたん以上に、キレちゃいそうなくらい最推しだもん! だから、ラムりんの活動は続けたい!」
清野の気迫に、返す言葉どころか表情すらなくしてしまった。
「……ダメかな?」
「いっ、いや、ダメなんてことは全然ないよ! むしろ、そこまで好きになってくれて、ありがとうっていうか……もっと力になってあげたいっていうか……ゴニョゴニョ」
「…………」
清野が驚いたようにパチパチと目を瞬かせる。
それを見て、軽く鬱になる僕。
ああ、またしてもキモキモ発言だ。
この癖、どうしたら治るんでしょうかね。
「……東小薗くん。ひとつだけ聞いてもいい?」
「は、はい。なんでしょう?」
「どうして私のために、そんなに色々とやってくれるの?」
「……へ?」
「東小薗くんにママになってって頼んだときから疑問だったんだ。……あ、や、承諾してくれたときはマジで嬉しかったよ? だけど、パソコンのこととか配信のこととか、どうしてここまで親身になってくれるのかなって」
清野はチラチラとこちらに目配せしながら続ける。
「も、もしかして、私に特別な感情を……持ってくれちゃってたり……したり?」
「……ヴォ!?」
ドドッドドドド。
ドドッドドドドドド!
心臓がやばいくらいに高鳴り、一瞬で喉がカラカラになった。
僕はアイスカフェオレをグイッと喉に流し込んでから口を開く。
「と、とと、特別と言えば、とっ、特別……なんだけど」
「…………だけど?」
「ええと、か、か、か、蒲田さんにも話したんだけど、僕と清野さんってすごく似てると思うんだ!」
「似てる……?」
「そ、そう。好きなことを好きって言えないところが似てるっていうか……あ、いや、僕の場合は性格的な問題だから、根本的な部分は違うんだけど」
清野が好きなものを好きって言えなかったのは立場的な問題だった。
僕みたいに「勇気がない」とか「資格がない」とかそういうネガティブな要素ではない。
「だけど、好きなことが言えないっていう状況は同じじゃない? だから……何ていうか、ち、力になりたいって思っちゃうんだ。それに──」
僕はチラッと清野を見てから続ける。
「清野さんのことは、す、すす、好きっていうか、すごい尊敬してる、から……」
「ふぁっ!?」
清野が突然、飛び上がるように席を立った。
「すす、すす、すすすす、すぅ!? ふぁあああああっ!?」
そして、今にも泣き出しそうな顔になって、おろおろと周囲を見渡したかと思うと、無言で僕の肩をバシバシと叩きはじめる。
「え!? 何!? い、痛い痛い!」
なな、何だ!?
何これどういう状況なの!? 全くわからん!
もしかして「キモイこと言ってんじゃねぇよ」って怒られているのか!?
「……んふふ、そっか〜、私のこと好きかぁ……」
ペタンと再び席に座った清野は、楽しそうにクスクスと笑い出した。
あれ? 怒ってるわけじゃない?
「私も東小薗くんのこと、好きだよ?」
「……ヴォ!?」
「だってキミは最高のママで、世界で一番頼れる相方だもん」
「……っあ、え? 相方?」
つい、ぽかんとしてしまった。
相方。
その言葉に妙にしっくりと来るものがあった。
僕と清野の関係は友達というには軽薄だし、一般的なVtuberとママという関係よりもディープな気がする。
正に「相方」。一蓮托生の関係。
「あれ? ひょっとして、『ラブ』の方の好きだと思ったぁ?」
ニヤッと邪な微笑みを浮かべる清野。
「……っ!? お、お、思ってないから!」
「あは、必死で草なんだけど」
僕の反応を見た清野は、満足そうにケラケラと笑い出す。
「……ま、私はそういう関係でも良いんだけどね……」
「え? 今、何か言った?」
「ん? 別に? 東小薗くんって、ウブだなぁって」
「はぁっ!?」
クソッ! 急に何だこいつっ!
ウブで悪かったな!
経験豊富だからって見下しやがって……!
これだから陽キャってヤツは!
「……あ〜、安心したからお腹すいちゃったな」
怒りでプルプルと震える僕をよそに、清野が大きく背伸びをした。
「ね、東小薗くん。帰りにいつもの牛丼食べていかない?」
「は? ヤだよ。色々あってお腹いっぱいだし……」
「いやいや、安心したらお腹減るのが普通でしょ。大丈夫、東小薗くんも行けるって。……あ、そうだ。そろそろギガ盛り童貞、卒業する? 私が筆おろししてあげよっか?」
清野がムフフッと含みのある笑い方をする。
「し、しし、しなくていいから! てか、言い方!」
「あれ? 顔真っ赤だけど、どしたの? 言い方が何?」
「う、うるさい! なんでもない!」
クソッ! 本当に何なんだよこの女は。
僕と似ていると思っていたけど、前言撤回!
やっぱり微塵も似てない!
こいつは僕の真逆の存在で、この世から滅びるべき陽キャ・リア充の女王だ!
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