エピローグ

第53話 清野と僕の日常

「私ね、スパイじゃないかと思ってるんだ」


 鬱になる登校イベント中──。


 もはや恒例になってしまった「清野ファミリー」の面々と学校の桜並木を歩いていると、乗冨が突然そんなことを言い出した。


「…………」


 僕だけじゃなく、清野と三星も目が点になっていた。


 しばしの沈黙ののち、清野が尋ねる。


「ごめん、みどり。何の話?」


西上菅にしかみくだくんに調べてもらってる人の話」


「西上菅……って誰?」


「多分、僕のこと」


 そっと手を挙げた。


 乗冨が言ってるのは、清野の調査の件だろう。


 ここのところ、「のげらちゃん事件」や「清野クビ勘違い事件」でバタバタしててすっかり忘れてたけど、清野調査は継続中だった。


 というか、本人の前でその話題を出すか?


「え? マ? 東小薗くん、誰かを張り込みしてるの?」


「あ〜、えと……張り込みっていうか、乗冨さんに頼まれて彼女の友人の身辺調査を……」


「しんぺんちょうさ!?」


 清野の目が、みるみる大きくなっていく。


 あ、これは流石に軽く引かれたか?


 と思ったのだけど──。


「なにそれカッコイイ! 探偵みたいじゃん! ガチあがる!」


 ここ最近で最高に目を輝かせる清野。


 いや、お前は小学生か。


 そんな小学生清野が、乗冨に尋ねる。


「それでそれで!? その『スパイ』っていうのは!?」


「いやね、その人のこと西上菅くんと私のふたりで調査してるんだけど、未だに尻尾すら掴めてないんだよね」


「あ、だから『スパイ並に偽装が得意』的な?」


「そうそう。ゾルゲクラスのスパイでしょ。絶対」


「……? ゾルゲ?」


「確か、戦時中に日本にいたスパイの名前だったと思う」


 そっと補足した。


 スパイと言われてゾルゲが出てくるのは何ていうか玄人っぽいけど、説明が必要になるからルパンとかそういうメジャーな名前を出したほうがいいと思うよ。


 いやまぁ、スパイとかどうでもいいんだけど。


「てか、スパイとかどうでもいいんだけどさ」


 僕の心の声とシンクロしたのは、コーヒーをチューチューしてる三星だ。


「スパイだなんだって疑う前に、よ〜く目を凝らしたほうがいいと思うよ? 真実ってのは意外なところに転がってる可能性が高いからね〜」


「あ、それわかる!」


 なんとも哲学的な三星の意見を聞いて、清野が嬉しそうに手を叩いた。


「それ、日常あるあるだよね。この前買い物に行ったとき、いつもかけてるサングラスがなくてガチ焦ったんだけど、鏡見たらおでこにかけてたもん」


「…………あ〜、ね」


 流石に三星も返す言葉を失ってしまったらしい。


 うん、それは単純にあなたがボケてるだけですね清野さん。


「まぁ、ラムりんの話は置いといて、事実は意外と近いところにあるかもしれないって話よ。ほら、『灯台下暗し』って言うし……ねぇ、園?」


「……はぇ?」


 突然振られて変な声が出てしまった。


 なんでそこで僕に振る? 


 当てずっぽうで意味深なフリはやめろよ──と思ったけど、三星は黒神ラムリーのこととか、色々知ってるんだったっけ。


 三星のギャルネットワークは意外と広いみたいだし、もしかして先日の清野クビ勘違い事件も知ってたりするのだろうか。


 あのカフェで口にしてしまった、絶対に他言できないセリフのことも知ってたり?


 ……いやいや、そんなことあるわけないか。


「ごめん。何を言ってるのか、わからない」


「あ、まだそういうスタンスなんだ?」


 ニヤッと笑う三星。


 背中に寒いものが走った。


 うおおぉぉ!? これ、マジで知ってるやつじゃないか!?


「意外と近いところに…………なるほど、そういうことかぁ」


 合点がいった、と言いたげに深々と相づちを打つ乗冨。


 今度はぶわっと嫌な汗が出てくる。


 これは流石にアホ乗冨でも気づいてしまったのかもしれない。


 戦々恐々としてしまう僕。


 ──だが、乗冨はふと思い出すように言うのだった。


「ところで灯台デモクラシーって何?」



+++



「……は? なにそれ、取り越し苦労ってやつじゃん」


 姉が素っ頓狂な声で言った。


 先日の「清野クビ勘違い事件」の顛末について姉に報告していなかったことを思い出し、晩ごはんの話題として出したのだ。


「いや、取り越し苦労っていうより早とちり? どっちにしても心配して損した。てかなんだよ。そもそもオタク活動禁止してませんでしたって」


「ご、ごめん」


 食事の手を止めて平伏してしまった。


 まぁ、あんだけ騒いちゃったんだし、勘違いでしたって言われたら怒るよな。


「けどまぁ、良かったじゃん? ラムリーちゃんの活動は続けられるし、サトりんもプロのイラストレーターになれるんだし」


「ま、まぁ、そうだね」


 清野の事務所は正式に黒神ラムリーと清野の関係を公表してはいないが、ラムリーの活動を資金面でサポートすることになった。


 定期的なコスチュームのアップデートをはじめ、3D化の際には事務所からお金をもらって僕が動くことになっている。


 のげらちゃんのときに謝礼金はもらっているけれど、企業からイラスト制作を受けるのははじめてだし、これがプロのデビュー作になる……んだと思う。


 誰にも言えなかったプロのイラストレーターになる夢。


 それが叶って感無量すぎるのだけれど、はっきり言ってまだ実感がない。


「……い、色々ありがとね?」


 そう言うと、姉は小さく首をかしげた。


「あん? 何が?」


「や、相談に乗ってくれたり、さ」


「ああ……そゆこと。まぁ良いってことよ」


「このお礼は絶対に──」


「いやいやいや、やめてよ。そういうの、いいから」


 照れくさそうに鼻を掻きながら姉が続ける。


「可愛い弟のためだったら、相談に乗るくらい朝飯前だから。てか、サトりんが気づいてなかっただけで、あたしは実家にいたころから助けてたんだからね?」


「ね、姉ちゃん……」


 胸に熱いものがこみ上げてきた。


 パソコンを僕に譲ってくれたのも、イラスト制作援助の一貫だし、僕のイラストを毎回ラブリツしてくれたのもそうだ。


 僕が気づいていなかっただけで、姉はいつも僕を助けてくれていた。


「それに、いつもサトりんがお風呂入ってるとき、ぬぎたてのパンツを堪能させてもらってるし。むしろ、これがそのお礼っていうかさ。へへっ」


「へへっ、じゃねぇ」


 さらっととんでもないこと暴露したなお前。


 たまに洗濯機に入れたパンツがなぜか外に放置されてたことがあって、おかしいなと思ってたけど、お前だったのかよ!


 僕のキモキモ発言が霞んでしまうくらいのキモ発言だぞそれ!


 一瞬で感動の涙が、ただの汗になったわ!



+++



 清野の事務所からは正式に黒神ラムリーの件の発表はなかったけれど、ネットでは「黒神ラムリー=清野有朱」という認識が広まっていた。


 そのおかげか、黒神ラムリーチャンネルの登録者数は爆増しつづけ、今や寧音ちゃんの「のげらチャンネル」に迫る勢いだ。


 そんな寧音ちゃんにも、「清野クビ勘違い事件」については報告した。


 彼女はラムリーの活動継続を喜び、そして「有朱ちゃんって、芸能人さんだったんですね!」と今さら言われた。


 何ていうか、本当に知らなかったんですね。


 そんなこんなで、ふたりのユニット「のげラム」の動きも本格的になり、近々、清野の事務所を巻き込んで曲をリリースすることになった。


 寧音ちゃんはもぐらちゃん時代の一件があったからか、事務所が絡むことを少しだけ心配していたけど、清野が間に立つことで納得してくれたらしい。


 そのことを一応、蒲田さんに聞いたら、「ラムに『のげらちゃんの活動を邪魔するなら、私も一緒にやめちゃうからね』って釘を差されたよ」と笑ってた。


 この前まではクビになることを恐れていた側なのに、とんでもないこと言いますね清野さんってば。


『のげラーとラムリストのみんなやほ〜!』


 ヘッドホンから、いつもののげらちゃんの声が聞こえた。


 のげら配信のラムリーコラボ。


 もう5回目になるので、これはコラボじゃなくて「のげラム配信」じゃないかと思うんだけど、彼女たちはコラボ配信と言い張ってる。


『今日も張り切ってやっていきまっしょい! んじゃ、ラムちゃん、フリをお願いしますっ!』


『おけまる〜! はい、それじゃあ、私が世界一愛しているママ、Sato4に登場してもらいまショウ!』


「…………ブフォ」


 思わず吹き出してしまった。


 僕の出演も5回目になって少しだけ慣れてきたのだけど、こんな紹介ははじめてだ。


「ラム、おま、紹介の仕方! やめろよそういうの……っ!」


『あ〜……いいですねその少し恥ずかしそうな反応。私の性癖に刺さる』


「清楚キャラで売ってるヤツが、軽々しく性癖とか言うな!」


『……ブフッ! 早速、夫婦漫才いただきました〜! てかSato4さん、それ結構危ない発言じゃない? 良いの? ……ま、いっか。フヒヒっ!』


 ゆるーいのげらちゃん発言に、コメント欄にも熱が入る。


【草草】

【Sato4さんBANされちゃうよ!】

【ラムりん、リアルとキャラ変わりすぎw】

【その発言、俺の性癖にも刺さるわ】

【ちゃんと躾けないとだめだろSato4さんwww】

【ただのラムリストになってるのげらちゃん草】


 僕は思わずにやけてしまった。


 天然でボケるラムリー。


 ケラケラと笑うのげらちゃん。


 それを見て盛り上がるコメント欄。


 5回目になったけど…………こいつら、やっぱり最高すぎるな。


『んじゃ、早速EPEXやっちゃおうか!』


『おけ〜い!』


「了解〜!」


 そして、そんな愛すべきヤツらと出会うことができて、イラストレーターの夢を叶えられて──。


 僕は、清野のママになって本当に良かったと、つくづく思うのだった。






────────────────────────────

とりあえず、これにて本作は完結でございます。

ここまでお読みいただきありがとうございました!


清野と東小薗は今後正式に付き合うことになるのか!? などなど、妄想を膨らませていただけたらこれほど嬉しいことはありません。


約二ヶ月、お付き合いいただきありがとうございました〜!


他にもラブコメ作品をアップしております〜。

メチャクチャ面白いので、ぜひチェックしてみてください。

https://kakuyomu.jp/works/16816700429558696844


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それでは、また次の作品でお会いしましょう!

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学校一の美少女がオタク系Vtuberをやっているのは、彼女の絵師(ママ)になった僕だけが知っている 邑上主水 @murakami_mondo

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