第37話 転生しちゃうってマ?
「えと……ママっていうのは、Vtuberのママってこと……で当ってますよね?」
恐る恐る尋ねると、寧音ちゃんは不思議そうに小首をかしげた。
「……? そうですけど、他になにかあるんですか?」
「あ、いや、何もないです。あるわけがないです」
引きつった笑みが漏れ出してしまった。
しかし、デジャヴ感がすごい。
何だろう。最近は色々と過程をすっ飛ばして、いきなり「ママになって」と頼んでくるのが流行っているのかな?
いや、寧音ちゃんがママ活なんてするわけがないだろって話なんだけどさ。
最初は僕たちと同じ年代かもと思ったけど、話している感じだと年下……雰囲気的に中学生っぽいし。
でも、それが「
「な、なんで僕なんですか?」
まず、何よりの疑問はそれだった。
だって、寧音ちゃんは日本一有名なVtuberなのだ。彼女が手をあげれば、文字通りの神絵師が協力してくれるはず。
「簡単に言えば、一目惚れです」
少しだけ恥ずかしそうに、寧音ちゃんが言った。
「ツイッターで黒神ラムリーちゃんのイラストが流れてきたとき、ビビッと来たんです。私、この人の絵が好きだって。だから聡さんにお願いしたかったんです」
「……っ」
鼻水が出そうになってしまった。
僕のイラストが好きだって?
あのもぐらちゃんが?
あり得なすぎて笑ってしまいそうになった。
もしかしてドッキリをしかけられてるのか?
そう思って、しばらく様子を伺ってはみたものの「大成功!」のプラカードを持ったスタッフが現れるわけがなく。
なるほど。どうやらマジのマジらしい。
……う、うおおおお!
何この状況!? 最高すぎるんですけど!
「でも……小俣さんって、もぐらたゃをやってますよね?」
感無量になっている僕を代弁するように清野が尋ねてくれた。
それが2つ目の疑問でした。すみません清野さん。
もぐらちゃんをやってるのに、ママになってとはこれ如何に。
新しいコスチュームデザインをお願いしたいとか?
でも、それだったら、今のママ……つまり、僕の姉にお願いするだろうしな。
「そうですね。ええと、どこから説明しよう……」
寧音ちゃんが困ったふうに口元に指を当て、何やら考えはじめた。
店内に流れている優しいピアノがふんわりと流れていく。
「あの」
そして、意を決したように寧音ちゃんがパッと顔を上げた。
「絶対ヒミツにしてくださいね?」
「え? あ、は、はい」
なんだろう。
改めて言われると、すごい緊張してしまう。
「ご存知かわかりませんが、私って元々『のげら』って名前でゲーム配信をしていたんです」
「あ、はい! 知ってます!」
すかさず清野が手を挙げた。
「私、その頃から追いかけていたので!」
「……え? 本当ですか?」
「はい! マジのマジです! 『マニンクラフト』のアンダードラゴンRTA最高でした! あれ、控えめに言って神回ですよね!」
「あ、ありがとうございます」
ポッと頬を赤らめる寧音ちゃん。
実に可愛い。格好がちょっと怖いけど、これはこれでギャップ萌えだ。
猫田もぐらで活動する前の「のげらちゃん時代」は僕も知っている。
配信拠点はYoutubeじゃなくてTwichだった。FPS系のゲームをやっていて、メチャクチャ上手い女性プレイヤーがいると話題になったのを覚えている。
その腕は折り紙付きで、当時人気を博していた「サバイバルエース」というFPSの日本大会で準優勝するほどだった。
そして、のげらちゃんの配信でサバイバルエースと同じくらい人気があったのが「マニンクラフト」というゲームだ。
マニンクラフトは、自由に世界を探索して生活したり、物を作ったりする「サンドボックス」というジャンルのゲームで、今でも多くの配信者がプレイしている。
清野が言う「アンダードラゴンRTA」は本当に神回だった。
RTAとは、簡単に言えば「ゲームクリアまでのタイムアタック」のことで、当時、マニンクラフトのラスボス的存在であるアンダードラゴンをどれだけ早く倒せるかを競うチャレンジが配信者の間で流行っていた。
そして、類に違わず、のげらちゃんもアンダードラゴンRTAにチャレンジすることになった。
ファンの誰しもが「のげらがやれば、世界的なRTA記録の更新もある」と期待に胸を膨らませたのは言うまでもない。
だけど──いざ始まってみれば、ものの1分足らずで高所から足を滑らせて落下死するという凡ミスでRTAは終わってしまった。
のげらちゃんの悲鳴に呼応するように光の速さで流れていく阿鼻叫喚のコメント欄は、今でも瞼の裏に焼き付いている。
いやぁ、あれは本当に笑った。
その配信は「のげら、天国までのRTA」と題されて、Youtubeにアップされたまとめ動画は100万回再生を記録している。
というか、のげらちゃん時代からすごい人気があったけど、やっぱり清野も知ってたんだな。
「……でも、2年くらいのげらちゃんで活動してないですよね?」
僕が尋ねると、寧音ちゃんは少し悲しそうな顔で頷いた。
「そうですね。今、所属している事務所との契約で、のげらでの活動ができなくなったので」
「あ……そうだったんですね」
これはヘビーな話だ。
そういう話はネットでよく耳にする。特にVtuber黎明期に良く起きていたトラブルで、当時人気を博していたVtuberが何人もそれで引退している。
「最初は活動して良いって話だったんです。だけど、『契約だから、のげらの活動は自粛して』って言われて。そこから結構事務所と揉めることが増えてきて……」
何だかさらに重い話になってきたな。
というか、部外者である僕たちが聞いていい話なのだろうか。
しかし、気が重くなってきた僕とは裏腹に、寧音ちゃんの口調は次第にヒートアップしていく。
「この前も、もぐらの方向性で事務所と喧嘩したんですよ。のげら時代を知ってるおふたりならわかると思うんですけど、私って言いたいことを言う性格じゃないですか? だから本当はもぐらでもストレートにリスナーと会話したいんですけど、事務所が『猫田もぐらはそういうキャラじゃない』って。腹が立つでしょ!? いや、あんたらにもぐらの何がわかんだよって感じじゃないですか!?」
「あ、えと、そ、そうですね」
「そもそもの話、ブチ可愛い見た目なのに毒舌ってのが萌え要素でしょ!? ギャップ萌えって最高じゃん!? だから『絶対そっちのほうが良い』って言ってるのにあいつら……マジで金のことしか頭になくて! ああ、思い出したらまた腹が立ってきた……っ! 今すぐ事務所に乗り込んで、グーでやっちゃいたい!」
「…………」
ぺちぺちと手のひらに握りこぶしを打ち付けはじめる寧音ちゃん。
ついに相槌すら打てなくなってしまった。
「……あ」
寧音ちゃんがようやくハッと我に返る。
「ご、ごご、ごめんなさい……私、興奮しちゃうとつい心の声が出ちゃって……」
「い、いえいえ。全然気にしないでください。何ていうか……のげらちゃんっぽくて、懐かしい感じがしましたし」
「は、恥ずかしい……」
顔を真赤にしてうつむいてしまう寧音ちゃん。
ちょっと驚いたけど、「生もぐら」だけじゃなくて「生のげら」も見られるなんて、眼福すぎる。
しかし、寧音ちゃんも苦労してるんだな。
それに、ちょっと清野の状況とも似てる気がする。
清野の場合は事務所から清楚キャラを演じるように言われてるだけだけど、下手をしたら同じようなトラブルになりかねないだろうし。
「……ん?」
と、何気なく清野を見たら、小さく肩を震わせていた。
何だ何だ? 一体どうした?
と思った瞬間、突然バッと立ち上がった。
「わかりみが強いよ! 寧音たん!」
「……え? た、たん?」
「私も似たような状況だから、すっごいわかる! そうだよね、言いたいことも言えないのはアレだよね! 世の中ポイズンだよね!?」
「は? え? ポイ?」
寧音ちゃんが、これぞ目が点という顔をする。
さもありなん。
「実は私も色々とぶちまけたくてラムりんをはじめようって思ったんだ! だから寧音たんの気持ち、すっごいわかる! ていうか、最悪の事務所じゃない!? や、まっとうな意見なら聞く耳持つべきなんだけどさ。なんもわかってないじゃん、それ!」
「そっ……そうだよね!? 私、間違ってないよね!?」
「間違ってない! だって東小薗くんも、私の見た目に反してオタクなところが可愛いって言ってくれてるし、そういうギャップって絶対大事だよ!」
「つお……っ!?」
ちょっと待て清野!
今、さらっととんでもない発言を紛れ込ませなかったか!?
「清楚な見た目なのにオタクなのが魅力」とは言ったけど、可愛いなんて一言も言ってないぞ!
「えっ、有朱さんってオタクなんですか?」
寧音ちゃんが、目をパチパチと瞬かせる。
「そうだよ! ここ最近のマイ・フェイバリット・アニメは君パンです! かすみたんラヴ!」
「わ、わ、わ! 私もかすみちゃん大好きなんです!」
「マ!? 何それ最高じゃん! ああ、だからギャップ萌えが至高って言ってたんだね!」
「そうですよ! ツンデレも大好物です!」
「おおおっ! 君とは話が合いそうだね!?」
「はいっ!」
ぴょんと立ち上がり、清野と熱い握手をかわす寧音ちゃん。
そんなふたりをジト目で見る僕。
「……あの、盛り上がってるところ悪いんですけど、話の続きを」
「あっ、ごめんなさい」
恐る恐る声をかけたら、寧音ちゃんはパッと椅子に腰を下ろしてくれた。
理性を保ってくれてて、ありがたいです。
「と、とにかくですね。色々な理由で事務所と揉めちゃってて、『ああ、もういいかな』って最近思ってるんです」
「いいかな、というのは?」
「楽しい時間を制限されて、やりたくないことをやらされて……そこまでして『猫田もぐら』にしがみつく必要ないんじゃないかなって」
「え」
ちょっとまって。
「それって……」
そう尋ねると、寧音ちゃんは「はい」と力強く頷き、凛とした声で続けた。
「私、猫田もぐらを引退して、事務所を辞めてのげらの活動に戻ろうと思っているんです。だから聡さんに、のげらのママになってほしいんです!」
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