第22話 バレてはいけない相手
パソコンにWEBカメラを接続して、インストールしたフェイストラッキングツールの「FaceBrink」を起動した。
モニタに表示されたアバターの選択画面から僕が作った黒神ラムリーを選ぶと、すぐにグリーンの背景にメガネをかけたボブカットの女の子が現れた。
ここまでは昨日、家でやったのですんなりいけた。
だけど、問題はここからだ。
家にはWEBカメラがなくて、ちゃんとカメラと連動することができるか確かめることができなかったのだ。
「えと……じゃあ、清野さんは椅子に座ってみて」
「う、うん」
清野が緊張の面持ちで椅子に腰掛ける。
僕はWEBカメラを机の上に置き、清野のほうに向ける。
そして、FaceBrinkの設定画面から、WEBカメラを選択。
すぐに画面の左下に、清野の顔が映ったワイプが表示された。
良かった。うまく接続できた。
「それじゃ、リキャリブレーションをするから、正面を向いて」
「え? キャリ? ……あ、うん」
リキャリブレーションのことを聞きたそうな清野だったが、背筋をすっと伸ばしてカメラを見た。
リキャリブレーションとは顔の位置をリセットすることで、これをやらないとキャラの顔の向きが変になってしまうらしい。
少し顔の角度がおかしかった黒神ラムリーが、パッと正面を向いた。
「ごめん、東小薗くん」
清野がまっすぐ正面を見たまま、視線だけを僕に向けてくる。
「これってずっと正面を向いてなきゃダメなのかな?」
「あ、もう大丈夫だよ。少し顔を動かしてみて」
「え? 動かす? こう?」
清野がゆっくりと首をかしげた。
すると、画面に映っている黒神ラムリーが清野と同じように首を捻る。
「……わっ!? 動いた!?」
「おお!」
清野に続いて、僕も歓声を上げてしまった。
「わ、わ、わ!」
興奮した清野が、ぐりぐりと頭を動かす。
その動きにあわせて髪の毛や服も細かく動いている。設定は問題はなさそうだ。
しかし──これは本当にすごい。
傍から見ればただキャラが動いているだけなんだけど、自分が描いたイラストが清野の動きにあわせて動いているのは、メチャクチャ感動してしまう。
「す、すごい! すごいすごい! 私、ラムりんになってるよ、東小薗くん!」
大興奮で目を爛々と輝かせる清野。
「え、ちょっと待って!? 私がラムりんでラムりんが私になってるけど、良いのこれ!? ごめん、この感動を伝えられる言葉がでてこなくてつらい!」
「わ、わかる! これは感動するね!」
「だよね!? だよね!? 感動しまくりでテンション鬼アガりだよっ! 見て見て、髪の毛の動きとか、ハンパないんですけど! ふわぁあああぁ!?」
「うんうん! 良い動きすぎる! 見てここの部分、結構時間かけてレイヤー分けしたんだけど……ああ、やってよかった!」
「すごすぎだよ東小薗くん! 控えめに言って、天才すぎるっ! はわあ〜! 今、最高にハスハスしてるんだけどっ!」
「か、可愛すぎるっ! ラムリーって動くとさらに可愛いんだねっ!」
「……ふぁっ!?」
突然清野が奇声を上げた。
どうしたんだと思って彼女を見たら、顔を真っ赤にして両手で口元を抑えながらこちらを見ていた。
「な、何かあった?」
「あ……いや、ご、ごめん……私のことを言ってるのかと……思っちゃった……」
「私のこと? ……あ」
そこで僕は、ついさっき、勢いで口にしてしまったセリフを思い出す。
──ラムリーって動くとさらに可愛いんだね。
「ち、違う。ラ、ラムリーっていうのは清野さんのことじゃなくて、こっ、ここ、このキャラのことで……」
「う、うん、そうだよね……」
ちょっと待て。なんでそこで少し残念そうな口調になるんだよ。
まさか「キャラだけじゃなくて中の人も可愛いね」とか言ってほしかったのか?
んなこと言えるわけないだろ。
いや、部屋着の清野がいつもより可愛いのは事実だけどさ。
──って、何を言ってんだ僕は!
「え、ええと……そそ、そうだ。口と目の動きを連動させないと……」
気を紛らわすために、慌てて設定画面に戻る。
キャラの口の動きは清野の口と連動させたが、目の瞬きは自動にすることにした。
調べた情報によるとFaceBrinkは敏感に動きに反応してしまうらしく、瞬きは自動にしたほうが自然らしい。
後は、モーションの滑らかさを60FPSにしてFaceBrinkの設定を終える。
「……これでよし。あとは配信アプリにFaceBrinkの画面を読み込めば、配信の準備は完了だよ」
「マ!? じゃあ、すぐにでもラムリー配信できるの!?」
「出来るよ。どうする? やっちゃう?」
「うん! ヤッちゃう!」
興奮のあまり、勢いよく椅子から立ち上がる清野。
「あ〜……」
だが、ちらりと壁の時計を見たあと、すとんと椅子に腰をおろした。
「やりたいけど、もうすぐママとパパが帰ってくるから、やっぱり初配信は週末にしよう」
ママとパパが帰ってくる。
そのセリフでどっと汗が吹き出してきた。
そうだった。なんだかすっかり馴染んでしまっていたけど……ここは清野の部屋なんだった。
「う、うん、そうだね。もう夜だし、騒ぐとご両親だけじゃなくて、周りにも迷惑だからね」
「あ、そっか。騒音対策も考えないとな」
清野が「う〜ん」と眉根を寄せる。
そういえば、そこまでは考えていなかった。
集合住宅で配信を行う際に注意しないといけないのが騒音だろう。配信で盛り上がって、笑ったり叫んだりしたら速攻で周りの住人から苦情が来てしまう。
それに、周囲の環境音……例えば救急車の音や生活音などをシャットアウトしないと配信に乗ってしまう。
簡単なパーテーションを組むだけで騒音は軽減されるらしいから、今度それを買いに行くべきかもしれないな。
清野は行動力と資金力があるから、いきなり防音室とか作りそうで怖い。またここに来たとき、収録スタジオみたいになってたらどうしよう。
「……ありがとうね、東小薗くん」
防音室と化した清野の部屋を想像して軽く怯えていた僕の耳を、清野の声がなでていった。
「イラストとかパソコンのこととか色々さ。君は……本当に最高のママだよ」
「そ、そんなことないよ。出来る範囲のことをやっただけだから」
「えと……それで、ね?」
清野が視線をすっとそらし、なんだか言いにくそうに指で毛先をいじりはじめる。
「よかったら、なんだけど……この後ウチでご飯、食べていかない?」
「は?」
「あ、や、今日の晩ごはんは私が作っちゃおうかな〜って思っててね。もちろん家にご飯があるなら、別にいいんだけど……」
「……」
ふわふわと視線を彷徨わせる清野。
そんな彼女を見て僕はしばらく放心していたが、ハッと確信した。
──これは、遠回しにディスられている!?
多分清野は「陰キャのクソまずそうな料理より、私の料理のほうが美味いから勉強のために食べていきなよ」と言いたいんじゃないだろうか。
確かに僕の料理なんてネットのレシピ検索サイトすら参考にしていない「ザ・適当」な料理だけど、姉からは「定食屋で出てきたら600円までは出す」って好評なんだぞ。
良いだろう。そこまで言うなら、どっちが美味いか査定してやろうか。
──と思ったけど、やめておくことにした。
だって、料理の腕も負けてるってわかったら、死にたくなるもん。
「あ、ありがたいけど、今日は帰るよ。お姉ちゃんの分を作らないといけないからさ」
「そ、そっか」
安心したような悲しいような、なんとも複雑な顔をする清野。
あれ……なんだよその顔。
逃げたな負け犬め! みたいな、僕を見下すような視線ならまだしも、なんで悲しそうなんだ。
え? もしかして、何か返答ミスった?
まさか僕をディスったんじゃなくて、普通にご飯に誘っただけとか?
いやいやいやいや、そんなことありえない。
あり得るわけがないんだけど、清野のやつメチャ悲しそうな顔してるし……。
「あ、う、ええっと……じゃあ、明日……じゃなかった、初配信する今週末ごちそうになる……から」
何だか無下に断るのも後ろめたかったので、譲歩することにした。
清野の表情がそれはそれはわかりやすく、パッと明るくなる。
「わかった! 週末……えと、じゃあ、土曜日ね!」
「う、うん」
満面の笑みを覗かせる清野を見て、軽く困惑してしまう。
そもそも僕と一緒にご飯を食べて、何が楽しいんだ?
ご両親の前で僕を蔑む……ってわけじゃないことはわかるけど。
「……そ、それじゃあ、今日は帰るね」
「うん、また明日学校で」
玄関まで見送りに来た清野が、控え気味に手を振る。
どう返したものかとしばらく悩んでしまった僕は、「フヒッ」とキモい笑顔を添えて小さく手を挙げた。
ドアが閉まり、僕はしばらくその場で自己嫌悪に陥ってしまった。
最後の最後でキモすぎる。
こういうところで素が出てしまうのが、陰キャたる所以なんだけどさ。
「……てか、こんなことをやってる場合じゃないだろ」
ヘコむのは家に帰ってから好きなだけやればいい。
ここでチンタラやってたら、清野のご両親に出くわすなんて最悪の状況になりかねないのだ。
僕は急いでエレベーターに駆け込み、一階へと降りた。
エントランスに誰もいないことを確認して、サササッと外に出る。
流れてくる冷たい夜風に、ほっと胸をなでおろした。
怒涛のような展開だったけど、キャラのチェックは概ね問題なかったし、初配信までトラブルなく行きそうなので一安心だ。
黒神ラムリーの初配信、楽しみだな。
清野はどんなことを話すのだろう。
Vtuberの初配信と言ったら、自己紹介とか今後やりたいこととか、自分を作ってくれた
もしかして、僕のことを紹介してくれたりするんだろうか。
や、別に僕は人気絵師になりたいとか、姉みたいなプロのイラストレーターになりたいだなんて大それたことは考えていない。
だけど、これをきっかけに多くの人が僕のイラストを見てくれたら……正直、嬉しい。
「……あれ?」
などと考えていたとき、ふと女の子の声がした。
何気なく声の方を見ると、イルミネーションに照らされた緑地にひとりの女の子が立っていた。
瞬間、背中にぶわっと汗が吹き出てきたのは、その顔に見覚えがあったからだ。
ショートヘアに小さな背。
女の子というより、少年みたいな雰囲気がある。
背が小さいのに、バスケットボール部のエース──確かそんなことを言っていたっけ。
「の、乗冨……さん?」
そこに立っていたのは僕のクラスメイトで清野の親友のひとり、乗冨みどりだった。
「う、嘘でしょ」
目をまん丸く見開いた乗冨が、まじまじと僕を見ながら近づいてくる。
「キミってクラスメイトの……」
「あ、ええっと……ち、ち、ちがう」
「……」
乗冨が一瞬キョトンとした顔をしたあと、ハッと我に返る。
「いやいやいや、何言ってるの!? 全然違わないでしょ!? だって見たことあるもんその顔! ……え!? てか、え!? ウソ!? マジで!?」
乗冨が、清野のマンションと僕を交互に見る。
その動きが小動物っぽかったからか「プレーリードッグみたいだなぁ」とか、のんきなことを考えてしまった。
そんなプレーリードッグ・乗冨が、通った声で言う。
「い、今……ラムりんのマンションから出てきたよね!?」
地面ががらがらと崩れていくような感覚があった。
ああ、どうしよう。
これはとてもまずいことになった。
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