第14話 道具から入るタイプ
「え? スマホアプリ?」
清野との密会の場になりつつある、昼休みのマルチメディア室。
彼女の口から放たれた「スマホアプリ」の言葉に、僕は首をかしげてしまった。
「……って、携帯のアプリってことだよね?」
「そう。昨日ちょっと調べてインストールしてみたんだけど、スマホのアプリをつかって3Dキャラを動かせるらしいんだ。ほら、これ」
清野に見せてもらったのは、「Vcast」なるアプリだった。
さくっとネットで調べたところ、「Vcast」はスマホだけでお手軽にVtuber配信ができるアプリらしい。配信中は端末のカメラを使って顔の動きを認識して、アバターキャラを動かすことができるっぽい。
だけれど、アバターはオリジナルキャラを使うことができず、アプリで用意されているパーツを使って作るしかないようだ。
「ん〜……これって、用意された既存のキャラしか使えないみたいだね」
「既存のキャラ?」
「あらかじめアプリ内にあるキャラクターってこと。パーツを組み合わせて自分のアバターを作ることはできるんだけど、オリジナルイラストを使ってキャラを作ることはできないみたい」
「そっか……じゃあ、『黒神ラムリー』はこのアプリじゃ動かせないってことか」
「そうそう。だから──」
そこまで言いかけて、清野が妙な名前を口走った気がして彼女を見た。
「……ごめん。今、なんて言った?」
「え? あ、黒神ラムリー? 東小薗くんが描いてくれた子の名前だよ。『黒執事』の黒に『推しが尊すぎて失神する』の神で『黒神ラムリー』なんだけど……どう? 可愛いでしょ?」
「あ、ええと、うん」
例えが独特すぎて把握するのにすごく時間がかかってしまった。黒の例えはまだいいけど、神が意味不明すぎる。神様の神で良いだろ、そこ。
「すごく良いとは思うけど……大丈夫? バレたりしない?」
黒神ラムリーのラムリーって清野のファーストネームだよな? 名前をそのまま使って大丈夫なのか?
「平気だよ。だって見た目は東小薗くんの尊すぎるイラストだもん。それに、疑われても私が否定すればいいだけだし」
「……まぁ、清野さんが大丈夫って言うならいいけど」
不安を拭いきれないのは、多分、清野が天然だからだ。
知り合いから「Vtuberの黒神ラムリーって、清野じゃない?」とか聞かれたら、「私だけど私じゃないよ」とか答えそうで怖い。
そんな清野が、僕の心配を笑い飛ばすかのようなニコニコ顔で尋ねてくる。
「それよりさ、このアプリじゃラムりんを動かせないとすると、何を使えばいいのかな?」
「一般的なのは、『Make2D』ってアプリみたいなんだけど……あ、これだ」
パソコンの画面に、以前僕が調べたMake2Dのサイトを出した。
Make2DはVtuber御用達のソフトウェアだ。
調べたところ、イラストをモーフィング……つまり、変形させることによって自由に動かすことができるらしい。
大手のVtuber事務所では2Dイラストを元に3D化させているけれど、相応のコストがかかってしまうし原画の雰囲気が損なわれてしまう可能性もある。
なのでイラストをそのままグリグリと動かせるMake2Dが多くのVtuberに親しまれているというわけだ。
「このアプリを使ってイラストをアニメーションさせないといけないんだけど……あ、なるほど……レイヤー分けして、アートメッシュを紐付けてから動かしてるのか……あ、へぇ、目は細かくパス変形させて閉じてる絵を作るんだな……」
サイトには作り方について事細かく説明が書いてあった。
解説サイトを見たり解説動画を観たりしないとだめかなと思ったけど、公式サイトの情報が充実しすぎてここで完結できてしまいそうだ。
おまけに公式がHowto動画まで用意してある。
これは神対応だな、と思って動画をクリックしようとしたとき、清野がじっと僕のことを見ていることに気づいた。
あ、ヤバ。
つい清野がいることを忘れて熱中してた。
「……ご、ごめん。ええと、とにかくこのアプリを使えばいけそうなんだけど、有料みたいなんだよね」
「有料? アプリを使うのにお金がかかるってこと?」
「う、うん。月額サブスク型のサービスっぽい」
「そっか」
「やっぱり有料はキツイよね?」
「え? 全然いいけど?」
あっさりと了承する清野。
「い、良いの?」
「だってラムりんを動かすのに必要なものなんでしょ? お金はそういうところに使わなきゃね」
なんだかすごく大人っぽい意見だ。
Make2Dはこのパソコンに入っている動画編集ソフトよりは安いけど、それでも普通の高校生にはおいそれと手が出せるものではない。
それをあっさり了承するなんて、さすがは稼いでいる芸能人だな。
「……あ」
と、そこで僕はとある問題に気づく。
「あの……ちなみにだけど、清野さんの家にパソコンってあるの?」
「パソコン? ノーパソがあるよ。ちょっと型が古いけど」
「なるほど。古いノートPCでも配信っていけるのかな……」
僕が危惧したのは、機材の問題だった。
最悪、Make2Dでの制作は僕の自宅にあるパソコンを使うにしても、配信には別のパソコンが必要になる。
それに、配信をするだけならそこまでハイスペックなものは必要ないだろうけど、「ゲーム配信」をするとなると、高性能のゲーミングPCが欲しいところだ。
「あ、パソコンの件だったら心配しないでいいよ。近々ゲーミングPCを買うつもりだから」
「……え?」
まるで「ちょっとヘアゴム切らしちゃったから、100円ショップで買うわ」くらいの軽い雰囲気で清野がさらっと言った。
「う、うそ!? 清野さん、ゲーミングPC買うの!?」
僕の憧れであるゲーミングPCを!?
ゲーミングPCは安くても家庭用ゲーム機の倍以上の値段がするので、バイトをしていない僕には高嶺の花なのだ。
それをあっさり買うなんて……うらやましすぎる。
一体どこの店のヤツを買うんだろう。やっぱりグラボとか最新のものを積んだハイスペックのやつ買うのかな。
ああ、いいなぁ。
──などと、羨望心を抱いていたら、清野の顔が赤くなっていることに気づく。
「……」
どうしたんだろう? 何かヤバいことを言っちゃったか?
「あの、東小薗くん?」
「はい?」
「ちょっと近いかも」
「……っ!?」
そこで僕は興奮するあまり、清野に抱きつかんとばかりに身を乗り出していたことに気づいた。
光の速さで身を引いて、土下座をするレベルで頭を下げる。
「ご、ごごご、ごめん! ゲーミングPCって聞いて、つい興奮しちゃって……」
「びっくりしたけど、平気だよ。何ていうか……東小薗くんの素顔が見れた感じがして、嬉しいかも」
えへへ、と清野が笑う。
うぐぐぐぐ。
ナイスなフォローをしてくれたけど、これはやっちまった案件だ。
何を興奮してキモいことやってんだよ。ああ、今すぐ死にたい。
「えと、それで、ゲーミングPCの件だけど」
清野がコホンと咳払いをして続ける。
「パソコンを買うのはVtuber配信のためってわけじゃなくて、PCゲームをやりたいからなんだ。ほら、今結構配信者の間で話題になってるFPSの……」
「もしかして、EPEX?」
EPEXは数年前にリリースされた無料FPSだ。
最初は鳴かず飛ばずの人気だったが、数回のアップデートの後、ストリーマーの間で流行りだして、今やFPS界の覇権を握っている。
でも、あれは家庭用ゲーム機でも出来なかったっけ?
「あ、EPEXじゃなくて……エスケープ・フロム・マカロフってやつをやりたいんだよね。知ってる?」
「エスケープ……」
って、確かメチャクチャハードコアなFPSじゃなかったっけ。
ゲーム内マネーで装備を整えて戦う対戦型のFPSなんだけど、やられてしまったら装備を全部失ってしまうとか。
そのドキドキ感がたまらなくて、最近ストリーマーの間で話題になっている。
「……
「え、ウソっ!? 何気なく聞いちゃったけどEFM知ってるのっ!? すご! テンション鬼アガりなんだけどっ! もしかして、プレイしたことあるとか!?」
「いや、配信では見たことがあるけど、プレイは……」
「そうなの? じゃあ、私がパソコン買ったら一緒にやろうよ?」
「え? ええと、あ、う、うん」
「やった! それならすぐにでもゲーミングPC買わないとね!」
嬉しそうにパタパタと足をばたつかせる清野。
つい雰囲気で承諾してしまったけど、一緒にゲームしようってことはアレか?
ディスコードとかでボイスチャットしながら、一緒にキャッキャウフフしながらゲームをやろうってことなのか?
陰キャの僕と、陽キャの清野が?
そんなこと……許されるのか!?
「ち、ちなみにどこの店で買う予定なの?」
「あ〜……パソコンショップ? とか?」
「……」
心を落ち着けさせたくて何気なく尋ねてみたけど、意外すぎる返答でさらに混乱してしまった。
もしかして、パソコン関係は無知なのかもしれない。
持ってるパソコンも旧型のノートって言ってたし。
「まぁ、性能とかよくわからなくても、パソコン専門店のサイトに行けばゲーム推奨モデルのBTOパソコンが買えると思うよ」
「BTO?」
「ビルドトゥオーダーの略。受注生産ってこと」
僕はササッとネット検索して、パソコン専門店のサイトを開いた。
こういう専門ショップはゲーミングPCシリーズを用意していて、ゲームの公式推奨スペックをクリアしている「ゲーム推奨モデル」というものがある。
パソコンに詳しくなくても、そのゲーム推奨モデルを買えば大丈夫なのだ。
「……ん〜」
しかし、清野の表情は晴れなかった。
「あ、いまいち解らなかったかな?」
「あ、いや、BTOについてはなんとなくは分かったんだけど、買うなら実際に物を見てみたかなって」
「触ってみたいってこと?」
「うん。やっぱりフィーリングって大事じゃない?」
パソコンとのフィーリングっていうのはよくわからないけど、実物を見たいという気持ちはわかる。
ネットで注文して、届いてみたらパソコンケースがイメージと違っていた……なんて話はたまに聞くし、ゲーミングPCはウン十万もする高額な買い物だから慎重になるのは当然だろう。
それに、最近はBTOパソコンも店頭に並んでいるところがあるから、そういう店に行けば実際に触れるし。
「ねぇ、東小薗くん?」
清野はしばらく考えて、そっと僕に尋ねてきた。
「もしよかったら……なんだけど、一緒に行ってくれないかな?」
「……え?」
「アキバにあるパソコンショップ。今度の土曜日に一緒に見に来てくれると嬉しいんだけど……面倒かな?」
「あ〜、別に良いけど……」
などと口で言ってはいるけれど、むしろ同行させて欲しいくらいだった。
ゲーミングPCを見に行くのは、正直ワクワクする。
姉がイラスト制作で使ってるPCは、僕がパーツを買ってきて組んだものだけど、相当楽しかった記憶がある。
まぁ、今回は組むわけじゃないけど、パーツを選んだりするのは絶対楽しいに決まってる。
「ホント!? 東小薗くんに来てくれると、助かりまくる!」
ぱっと清野の顔が明るくなった。
「ええとね、土曜日は午前に雑誌の撮影があるんだけど、午後からはフリーなんだ! だから、お昼集合とかでもいい?」
「う、うん。大丈夫」
「やったぁ! ありがとう!」
清野は椅子に座ったまま、嬉しそうにくるくると回り始める。
しかし、すぐに買いに行こうなんて、行動力があるなぁ。
いや、この場合は行動力じゃなくて経済力か?
僕も清野とゲームをやるならバイトをしてお金を貯めて、ゲーミングPCを買ったほうがいいかもしれないな。
ゲーミングPCがあればイラスト制作も快適にできるし、清野とPCを見に行くついでに、僕用のPCを下見しておいても──
「……ん?」
と、そこで僕はそのことに気づく。
「清野と……パソコンを見に行く?」
土曜日の午後?
秋葉原に?
ええと、それってつまり──週末デートってことですか?
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