対決
第32話
脳から信号が送られても、思うように体が動かない。これは、金縛りという状態のようだ。
「あなたが代表? 初めて見るタイプね」
仮面だというのに、ニヒルに笑う表情が見えた。
「ふーん。こんなもの作ってたんだ。人間の想像力って、たいしたものね」
右腕が伸びてきて、僕の左頬をなでた。冷たすぎて、火傷しそうな感触だった。
「そこまでだ、アイネ」
「あら、空気を読まない人ね」
背中からガイストの声が聞こえてくる。正直、ほっとした。
「それはお前じゃねぇか。いや、空気を掻き混ぜるというべきか」
「空気なんて、捏造すればいいのよ」
僕はその空気に耐えられず、二人の直線上から体をずらした。体が錆びつくような痛みを感じる。
「おしゃべりするために来たんじゃねぇだろ」
「別に、一つの目的のため、なんて行動しないわ。あたしは、したいことはいっぱいしたいもの。あなたたちのせいで、なかなかできなかったけどね」
「今だって、無理さ。現状に満足しな」
「相変わらずヘタレなこと。まあ、結果が全てを表すから見ておくといいわ。もう、止められないもの」
アイネが小さく首を振った、その時だった。雨音が少し弱まった。空から光が漏れる。ガイストが、「GREESSEEE!!」と叫んだ。
爆音と爆煙、衝撃。
一斉に浴びせられた攻撃は、アイネに見事命中した、ように見えた。だが、ガイストは兵士たちを一喝した。
「なぜ攻撃した、イェ! 下がれ!」
再び雨脚が強くなり、光が薄くなる。現れる、輝くファラオ。左の肩から先が吹っ飛んでいる。しかし、痛みなどないのだろう。ゆっくりと左右に揺れながら、右手を大きく振りまわしている。
「挨拶、遅すぎるんじゃないかしら?」
「したくもねぇんだよ、そんなものは」
ファラオは魂を閉じ込める器にすぎない。そして魂を殺す方法はない。これは、不毛な戦いだ。ただ、一つ疑問は残る。では、なぜ天蓋が……?
ファラオを失っても魂は残り、実体を殺すことはできない、ということはわかる。だとすれば、なぜ彼らは太陽光を避けるのか。太陽光によって、どうなるのか。
そもそも……だ。太陽光がいけないということを知るためには、誰かが被害を受けた履歴があるはずだ。いったい、どんな状態になってしまったのか。
天蓋が落ち、大地には光が届きにくくなる。それは彼らにとって活動しやすくなる状況だろう。だがそのあと、雨が止んだ時には光はより厳しく降り注ぐことになる。その時に彼らはどうなってしまうのか?
まだまだ分からないこと、知らされていないことが多い。そして僕には、敵味方をはっきりせることに対する戸惑いもある。ガイストやリード、そしてアイネ。人間。僕にとって誰もがデータの中の「もの」に過ぎない。もしアイネの目論見が成功することによって技術が進歩するのならば、僕にとってはそちらのほうが好都合だろう。
「わざわざあたしが一人で来たのよ。野暮なことはよしてほしいものね」
風が交錯して吹いていた。まるで、誰かの意志に従うかのように、生き物のように複雑にうねっている。
「おまえ、どこまでシステムをいじった、イェ!」
「いじった? 元々このシステムはあたしのものですもの。直した、と言ってほしいものだわ」
ピンときた。人間には突然のひらめきという能力があり、時折役に立つのだ。アイネは、天候に関するなんらかの技術を持っている。それはおそらく宇宙開発に生かされるような技術だったのだろう。それを使い、この星の環境を変化させ、調整することもできたのではないか。そうだとすれば、天蓋自体もアイネの手にかかっている可能性が高い。
「お前一人でできたわけじゃねぇ。それに、お前は限度を知らないだろ、ええっ! 今天蓋を落とせばどうなるか、わからないわけじゃ……」
「残念。あたしには、幸運なことがあったの。まさに天からに贈り物。あなたたちにとっても悪くない話だと思うのだけれど」
「なんのことだ」
「もちろん、ただで、ってわけにはいかないわ。だって、あたしとあなたたちは、根本的に違うんですもの。あたしに全面的に協力して、服従するなら、お仲間に加えてあげてもいいのよ」
「ふざけやがって。もとはと言えば俺もお前もただの人形に過ぎないだろうが」
「……あたしは特別なの。あなたたちにはわからないようだけれど。あたしがいなければ宇宙で延々とさまよっていたかもしれないのに、暮らせるようになった途端大きな態度。本当に残念な人たちね」
僕は、二人の間に割り込んだ。
「僕は話を聞きますよ」
「おい、ヴィーレ!」
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