第12話

 斜面に張り付くような畑と、家々。僕の目の前を、ロバのような動物が横切っていく。

「族長に会ってもらう」

 フューレンの足取りは力強い。

「族長?」

「村のリーダーだ。わけあって姿は見せられないが、話すことに支障はない」

 僕は、人間の集落というものに戸惑っていた。ロボットのサポートに過ぎない者たちが、自分たちだけで暮らしているのだ。しかもエネルギー源として植物を育てるという非効率的な手段を、黙々とやり遂げているのである。

 これが歴史どおりの姿だとは限らない。しかし、彼らには今後ロボットを作ってもらわなくてはならないのだ。できるだけ歴史どおりであって欲しい。

 畑で働いているのは主に女たちだ。背の高い、ひょろひょろした葉っぱの作物に付いている虫をとっている。男たちは別のところで働いているのだろうか。

「ここだ。いいな、イェ」

 案内されたのは、円筒形の建物だった。素材は石と木だが、見事な局面が形成されている。技術は高そうだ……と思ったが、銃をもっているぐらいだから当たり前か。

「入れ」

 縄をされたまま、僕は家の中に放り込まれた。扉の閉まる、固い音が響いた。何も見えない、完全な闇に包まれる。

 しかし、誰かがいるのがわかる。そして、それが異様な存在であることも。おそらく彼の性質上、ここは光から隔離されているのだ。奥の方から彼は近づいてくる。音もなく、温度もない。ただそこに、意思だけがあるような、妙な感覚。そして、不思議と胸の奥が熱くなっている。「共感」という言葉がアウトプットされてくる。基盤に乗せられた僕の心と、似通っているということか。

「よく来たな、異国の子よ」

 声のような、風のような、瞬きのようなものだった。しかし、しっかりと伝わってくる。重々しくて、威厳に満ちたそれ。

「あなたは……なんなのですか」

「私はこの村の族長。ずっと前からな。しかし君こそ、なんなのだ。私にはわかるぞ、その器が見せかけのものであると」

 背筋を冷たい何かが走った。僕よりも、彼の方が多くを知っているかのようだった。この空間は、創造主を翻弄しすぎる。

「……明言は控えさせてもらえますか。それとも、強制ですか」

「それは自ら決めることだ。どうせ君の器をいくら傷つけても、君に対するたいした罰にはならないだろう。違うのかな、イェ」

 CPUを鷲摑みにされるような思いだった。見えないものに見破られるという屈辱。それでも僕は、屈服する気はなかった。何せこの世界のCPUはこちらが握っているのだから。

「僕は、ある使命を背負っています。そのためにいろいろと知る必要があります。しかし僕はあなたにも、何らかの使命を感じるのですが」

「私の魂にじかに触れてきたのは君が初めてだ。ひょっとしたら、同じ道から来たのかもしれないな」

 目を凝らしても仕方がない。人間に備わるという第六感にでも期待すればいいだろうか。族長は明らかに僕が知っている世界のものではないし、かといってありえないというものでもない。

「この世界には、あなたのような方がどれぐらいいるんですか」

「世界というのか、イェ。君は想像以上に遠いところから来たのかもしれないな。いいだろう、君にはこの世界を見る機会を与えよう。フューレンと共に探すがいい」

 何かが、心に直接触れた感覚があった。僕の知らない次元から、意思が伝わってくる。

「あなたは……」

「そうそう。私の名はリード。困ったときは名を思うがいい。君となら、通じるだろう」

「わかりました。僕の名前は、ヴィーレ」

「ヴィーレ。なるほど。そういう定めなのだな。世界が、動き始めるのかもしれない」

 言い残し、気配が去っていくのがわかった。扉が開かれ、光が差し込んできた。

「縄を解いてやろう。許されたのだな、イェ」

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