第13話

 通気性のいい一枚布の服と、柔らかい靴を貰った。そして、村の端っこにあった廃屋を与えられた。

「二十年前に私のおじいが住んでいた家だ」

 フューレンは扉に開いた穴に手をかけ、首を二回振った。

「おじいは村の掟を破った。私たちのもので私たちのためにならないことをしようとした。だからおじいは処刑され、この家には村の者は住めないことになった」

「僕は住んでいいのですか」

「村の穢れは村の中でしか移らない。お前の魂がおじいを休ませてくれることだろう」

 小さな部屋の中には、砕けた板が無数に散らばっていた。壁にはわけのわからない絵のようなものが刻まれていた。バグを起こした仲間が時折こういうものを作り出すが、フューレンのおじいもバグだったのだろうか。

「私はこれらを片付けることができない。申し訳ないが、ヴィーレ一人でやってくれ、イェ」

「わかりました」

 去っていくフューレンの背中は、小刻みに震えているようだった。ロボットと違って、人間の系列はとても結びつきが強いのだ。先祖の罪を子孫が背負わなければならないこともあるらしいから、彼女にとっておじいの存在は枷となっているのかもしれない。

 片付けるといっても、人間にとっての快適な状態がいまいちわかりにくいので、完成形が見えてこない。とりあえず役に立ちそうにないものは外に出してしまえばいいだろうか。

 外はもう薄暗くなってきている。発電の時間も終わりだな、などと思ってはみたが、よく考えたら電気自体この文明レベルでは使っていないのだった。恐竜や銃の謎は残るものの、村人たちの生活自体は実に一般的な昔の人間的なものだろうと推測できる。

 二時間ぐらいたった頃だろうか、再びフューレンがやってきた。

「お前を歓迎する宴をやるぞ。ついてこい」

 フューレンはたいまつを掲げ、歩き始めた。本当はもっと便利なもの持っているんだろう、と聞こうとしてやめた。きっと、言われないことを聞いてはいけない。それが人間たちを警戒させないためのすべだ。

 つれてこられたのは、村の中央付近にある広場だった。すでに大きな炎が燃え上がり、村人たちが周囲に集まってきている。

「客人、彼方からのヴィーレを連れてきたぞ。族長は彼に私の補佐を命じられた。今後はこの村の一員として、同じ闇と光を彼に与えることになろう」

  フューレンの言葉に呼応して、いっせいに村人たちはこちらを向いた。値踏みするような視線が突き刺さる。

「異議を挟むものはいるか、イェ」

 誰かが一つ、手を叩いた。続いて、次々と手が叩かれた。

「歓迎するということだ」

「ありがとうございます」

 輪の中に案内され、男たちが僕の肩を叩いた。女たちは頭をなでた。子どもたちはひざをつついた。

「ヴィーレよ、族長に許されし者よ、大地と天とが讃えるだろう」

「大地と天とが讃えるだろう」

 突然みなが踊りだした。僕も加われと促される。ロボットは踊らないが、どうやら踊れるように仮想主体はインプットされていたらしい。足を上げ、手を振り、腰を回し、声を上げる。最初は戸惑うばかりだったが、勝手にどこからかエネルギーが補給されるらしく、だんだん楽しくなってきた。人間は一見無駄なことを力に変えて、いつかロボットを作るにまで至るのだろう。

 そのうちに、さまざまな料理が運ばれてきた。人間の食べ物を観察したことがないので、それがどれほどのものかはよくわからない。だが、手間隙かけて作られたであろうことは推測できる。ただ空腹を満たすためならば、もっと単純な調理でいいはずだから。

 いつまでも続くかと思われた宴は、炎が消えるのにつられるように収束していった。人々は家の中へと消えていき、月明かりに照らされる中、僕の隣にはフューレンしか残っていなかった。

「なぜ、こんなところまで来たんだ」

 静寂に合わせるように、低く小さな声で聞いてきた。

「やらなければいけないことがあるからです」

「そうか」

 小さく、息の吐き出される音が聞こえた。ため息というものだろう。そして、こめかみに冷たい感触があった。まったく気付かないうちに、銃口を向けられていたのだ。

「お前はこれの意味を知っている。私たちのことも知っていてきたのではないか、と思われても仕方ないだろう。いくら族長が許そうと、もし私たちを危険にするとわかったら、すぐに殺す」

 僕は、怖かった。この体が殺されても、僕自身がいなくなるわけではない。だから、怖がるようにインプットされているのだ、 と思う。

「いいですよ。信用してもらえるよう、頑張ります」

「いい心がけだ、ヴィーレ」

 灰が崩れていく小さな音が、やけに大きく響いた。銃は、いつの間にかしまわれていた。けれども二人は、しばらくそこから動かなかった。フューレンは、目を閉じて僕に寄りかかってきた。息から刺激のあるにおいが流れてくる。解析の結果、アルコール成分が大量に検出された。人間はそれにより脳を麻痺させ快感を得るらしく、その状態を「酔っている」と表現する。

 僕も、眠くなってきた。意識が遠くなっていく。ミットライトは、ちゃんと充電してくれているだろうか。このまま目が覚めないなんて惨めな終わり方だけは、したくないよ。ああ……

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