第25話
二人はためらいもなく暗い空洞へと足を踏み入れていく。僕もそのあとについていった。
男はいつの間にか手にしたランタンに火を灯していた。密室では空気が薄くなってしまう心配があるが、換気もできているようだ。
マザータウンへの照合により、このような建造物は「ピラミッド」と呼ばれることがわかった。古代権力者の墓らしい。だがいくらサーチしても、ピラミッド内には死体の反応がない。いくら腐敗しようが物質が消え去るということはないし、これだけ管理されていれば盗掘されていることも考えにくい。もちろんこの世界ではピラミッドは墓ではない(その意味でこれはピラミッドではない)ということかもしれないが。
「実は俺も入るのは二回目です」
かすれた声の中に、潤いのようなものが感じられた。彼は「認められた」と言った。ここに入るには、資格がいるということだろう。
赤く照らされた壁に、絵が描かれていた。棒のような人々が、槍を持って獣を追っている。追われているのはよく分からない小さなものが多いが、中に一つ、大きくて長い首と尾を持つ動物がいた。恐竜だ。
「その絵は、いずれ消さないといけないなぁ」
それは、ガイストの声だった。しかし先ほどとは違い、出所がはっきりとしていて、しっかりと空気を振るわせている。
「ガイスト様、連れてまいりました」
「結構」
これまで落ち着いていたフューレンから、息を飲む音が聞こえてきた。金色の輝きが、眼球のレンズに幾度も反射する。金色の大きな眼鏡。金色の耳飾り。そして、細長い顔。いや、それは鉄製の仮面だった。体も鉄や布の装具でおおわれていて、皮膚は見えない。いや、皮膚などないのではないか。今目前にあるのは、作られたものだ。そして、グリュンドゥそのもの。それぞれのパーツを組み合わせて、乾燥した死体に装着しているもの……しかしそれは自律的に動いているし、その主体が誰かというともはっきりしている。まるで……まるで僕らと同じ仕組みであるかのようだ。
「さて、まあみんな座れや」
男とフューレンが一礼してから腰をおろしたので、僕もそれに倣った。
「我らが代表、ヘト。モリタート代表、フューレン。そして未知の国から、ヴィーレ。三人にはこれから起こる災厄についての検討を手伝ってほしい、とまあそんなわけだ」
ヘト、と呼ばれた男はまた一礼した。頭を下げるのが好きな人種のようだ。あと、僕の存在が曖昧すぎるが、まあ誰も気にはしていないのだろう。
「ああ、それと我が同志リードを忘れていたな。必要ならそこらへんのファラオを選んでくれ」
「私はこのままでいい」
「そうか。まあ、二体揃うのはあんまよろしくねぇかもな」
ファラオというのは、彼らの器のことだろう。話しぶりからすると、どの器にも入ることができるらしい。とすればグリュンドゥ=ガイストというわけでもないのだろうか。
「ここにこうして集まることになったのも、そういう時期だったってことだろう。今まさに、世界が危機に瀕してるってわけだ」
「世界が、ですか」
「そうだ。敵の目的は、天蓋を落とすことだろう」
「え……天蓋を?」
驚いたことに、驚いているのは僕だけだった。
天蓋とは、大空を覆う水の膜だ。太陽光を遮断し、生物を紫外線などから守っている。
「そう、天蓋を」
「そんなことをしたら地上は……」
「七割は海になるだろう」
ガイストは、恐ろしいことをさらりと言った。もし言う通りならば、世界は多くの大地を失い、生物の位相は大きく変わってしまうだろう。人間はその世界に住めるのだろうか。
「なぜそのようなことをする必要があるんですか」
「光だ」
答えたのはフューレンだった。
「天蓋が落ちれば、太陽光がより多く地上に届く。そのことで、植物の育ちがよくなり、動物にとっても良い環境になるという予測が立てられている」
にわかには信じられなかったが、マザータウンに試算させてみると確かにそのような予測結果になった。一時的な被害があっても、数百年で地上の生物はより豊かになるのだ。
「人間の生活も楽になる、のかもしれない」
「それは人間の目論見だがね。目的は、それだけじゃない」
今度はフューレンもヘトも、鋭い視線をガイストに向けた。
「天蓋はもともと、俺らが造ったものだ。俺らにとってこの星はなんとか住めるところだったが、まぁ、光が強すぎた。俺らの星はほとんど光がなかったんだよ。だから俺たちは、光を封じる必要があった。もう一つは、通信の遮断だ」
「ガイスト様、俺にはわけがわからない話です」
ガイストは、ジャラジャラと金属音を立てながら頭をかいた。どこまで話していいものか、と思案しているようだ。
「私たちは、天に輝く星の一つから訪れたのだよ」
語り始めたのは、リードだった。
「私たちは、その星の人々に創られた。最初人々は魂を作り出すすべを見つけた。そして研究を重ね、ファラオという器に収め、人々に似たものを作り上げた。私たちは専門家集団に分けられ、人々のもとで働いていた。私やガイストたちは、大気圏外の建造物開発に従事していた仲間だったのだよ」
二人はあっけに取られていたが、僕は戸惑いを覚えていた。鼓動が不正に脈打っているのがわかる。
人々によって創られた、人々に似たもの。器と魂の順序は逆だが、リードやガイストの存在は、まるで僕らロボットと同じように思えた。
「そう、俺らは奴隷みたいな存在だったわけよ。で、逃亡を試みた。大方捕まったけど、俺らみたいに逃げ延びたのもいた」
「逃げる時、私たちは約束した。もしどこかの星で生きていくことになっても、お互い連絡はとらないと。通信を傍受されて見つけられるのも恐れたが、ひっそりと生きていくことを選ぼうとした」
「一人を除いてな」
「それが……」
「まあ、黒幕ってぇところかね」
僕らは自らで地位を勝ち取ったが、彼らは逃げることで居場所を求めたのだ。結局滅びようとしている僕らの方が正しい、とは言えない。
「その方はどうして天蓋を落とそうと」
「奴は俺たちに巻き込まれて宇宙船に乗った。偶然の事故だった。この星についてからも、なかなか俺たちの意見に従おうとしなかった。でもねぇ、一人じゃ何もできない、そう思ってたさ」
「私たちは一人ではそれほどの作業はできない。だから、結局大丈夫だと高をくくっていたのだ」
「けど、予想外のことが起こった。この星に、独自の生命が誕生しちまった」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます