第8話

「何故だ……」

 コンピューターに向かって、何度もつぶやいた。あまりに理不尽な結果に、納得がいかなかった。

「ヴィーレ、少し落ち着いたほうがいい」

 ミットライトはあまり驚いていなかった。そのことも僕を困らせたが、それは些細なことだった。

「ミットライト、これが落ち着いていられますか? こんな終わり方だなんて……」

 順調なはずだった。実際、さして問題は見当たらなかった。人々は狩猟をしたり、農耕をしたりして、文明を育んでいた。

 それが、一夜にして崩壊した。人間だけではない、動物も、植物も、大部分が荒れ狂う大波に飲み込まれてしまった。

「ヴィーレ、そんなに悲観することはないさ。途中からやり直せばいいじゃないか」

 そうだ、このデータは必然ではない。偶然の一部に介入すれば、違う結果が得られるはずだ。そんなことも解らなくなるなんて、僕はどうしていたんだろう。

 僕は大きく深呼吸をした。モーターの回転が速くなり、新しい空気が回路を冷却していく。僕のハードやメモリが、いつもの完全性を取り戻していく。

 バックアップデータの乱数計算をやり直し、再度仮想世界を発信させた。一つの数値が異なれば、後々の結果は大きく異なってくる。これで、全く別の世界になるはずなのだ。

 しかし。二時間後、世界は再び崩壊した。

 もう一度、違う補正をし、やり直す。

 それでも、また。

 僕の回路の一本一本が、悲鳴を上げそうなほどに熱くなっていた。まるでそれが世界の必然であるかのように、全く同じように世界は崩壊する。原因は、些細な数値には左右されないほど根深いところにあるのだ。そしてそれが何なのかは、全然予想が付かない。

「畜生……一からやり直しか……」

 思い切り壁を叩いた。それはインプットされていた動きだったが、僕自身がそうしたいからでもあった。エネルギーをどこかに放出しなければ、焼け焦げてしまいそうだった。

「ヴィーレ、直接見てもいないのに修正できると思ってはいけないよ」

 ひんやりとした感触が、右肩から伝わってきた。ミットライトの手のひらだった。

「この世界で起こっていないことが、あちらの世界では起こっている。しかも何度でも同じことが起こる。つまり、あちらの世界では当然のことが、私たちには見つけられていない可能性がある」

 ミットライトのもう片方の手には、一枚のディスクが握られていた。

「行ってその目で確かめるんだ、ヴィーレ」

「ミットライト、言っている意味が……」

 ミットライトは僕の質問に答えようとせず、ディスクを挿入した。新しいソフトが起動し、皮の服を着た人間の青年が映し出された。

「こんなこともあろうかと、作っておいたんだよ。仮想世界での君を」

 ミットライトがマウスを動かすと、ディスプレイの青年も体を動かす。時折瞬きをし、首をひねったりもする。

「いいかい、仮想世界はあくまで最適化された世界だ。こちらの世界に近似させられているだけで、実際にはスカスカだということを忘れないで。また君が潜入することによる世界の揺らぎは予測することができなかった。しかしまあ、どうせ最悪の結果ばかりなんだ。今より悪くなることはないだろう」

「ミットライト、何でそんなに楽しそうなんですか?」

 そう、ミットライトは僕そのものを仮想世界に送り込もうとしているのだ。技術的にはそんなに難しいことではなく、以前はよく研究されていたものだ。しかし仮想世界に慣れ過ぎてしまうと、現実世界での生活に支障をきたすことがわかり、法律により禁止されてしまった。

「だって君は初めて、飛び込むに相応しい世界を創り出したんだよ。目標に近づいてきたじゃないか」

 ミットライトはいつでも前向きだ。僕はいつでも、それに付き合ってきた。

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