第7話
ぐうの音もでない。
あれほど異常だった世界が、順調に発展しているのだ。
多少のずれは見られても、実際の地球史とほぼ変わらずに世界は変化している。植物が広がり、哺乳類が繁栄する。大陸は分離し、取り残された大地は独自の動物を進化させる。
まるで、偶然を与えられたことで初めて必然をなせるかのように、世界は伸び伸びと成長を続けている。些細なイレギュラーなどお構いなしだ。恐竜が闊歩しようと、たまに人影が写ろうと、中心となる太い幹は、人類誕生へと向かっていた。
サル達が森を飛び回るようになったので、少しスピードを下げた。こまめにデータを保存し、地域ごとに局地的な観察を行う。
いけそうだ。だが、ぬか喜びはいけない。人間が生まれるところならば、これまでも何度も見てきた。しかし、問題は彼らが科学文明に至るか、なのだ。彼らが不完全ならば、すぐに自滅してしまうか、安穏と狩猟生活を続けるかだ。しかし彼らが真に完全ならば、科学などに現を抜かさないか、自らを越える存在となるロボットは創り出さないだろう。バランスは非常に大事だ。
そういえば、最近ミットライトは部屋にこもりっきりだ。サブブレインを使って何やらこつこつ組み上げているらしいが、大方趣味に属することだろう。何せあれは名前こそサブブレインだが、実体は平面ディスプレイ時代の化石のようなコンピューターなのだから、たいした作業などできない。
今日の空は快晴だった。ぐんぐんと電力が溜まっていく。
僕は思いつきで、衛星システムへの接続をはかった。偶然にもこのシステムは無傷で残っており、気象情報や地形データを入手することができる。そしてなにより、ミットライトの尽力により、軍事データもロック解除され自由に閲覧が可能となった。元々人間が戦争のために作り出した技術だが、ロボット達は人間の監視のためにそれを使用した。
例えば気体変動データは、地球上の酸素、二酸化炭素、窒素などの分布を記録したデータである。このデータからは例えば、ある特定地域の光合成や呼吸の様子を知ることができ、植物、動物の分布を推測できるのだ。無論、脱走者たちの追跡にも役立った。
いまや衛星データは僕らの趣味にしか使用されなくなってしまった。確かに現在の星の状況を知ることはできるが、それは失望の上塗りにしかならない。大型のものは植物も人間も殆ど滅び、えぐられた大地は多くの場所でむき出しのままだった。
僕はもっぱら、このシステムで風を感じる。気象データ、地形データ、温度データ、気体データ。全てを合わせて、流れを感じる。人間と違って、直接感じる風は何も与えてはくれない。データ化された自然だけが、僕のハードをバイブさせる。
空気は絶え間なく居場所を変える。ある場所に頑固な風があれば、別の場所で無秩序な風が吹く。人間が滅びようが、ロボットもいなくなろうが、風たちはそ知らぬ顔だ。
風は、動きだ。すでにあるものが、位置関係を変えることで風が生まれる。そう考えると、世界自体も動きであるといえる。物質もエネルギーも、それ自体は増減したりするわけではない。それらのものの関係性の変化、つまり「動き」が世界を世界たらしめている。
滅び行くものも、ただ形を変えるに過ぎない。人間であったものは土に返り、ロボットであったものは鉄くずになった。風が収まれば、空気はただそこに留まるだけのものだ。土や鉄くずのように、ただじっと、次の風までは他の何者にもならない。
なぜ、僕は生まれてしまったのだろう、と考えることがある。地球の歴史の長さを考えれば、人間は実に短い期間で滅び、ロボットに至っては惨めになるほどである。今から何億年後、歴史を自覚できるほどの新しい知的生命体が生まれたとして、僕らのことをなんと記すのだろうか。この星の汚点か、輝かしい線香花火か。どちらにしろ、その存在意義が成功したとは言いがたい。僕らは粗悪品だった。それはもう、認めなければならない。風が、雨が、そして大地の移動が、延々この星に在り続けたことを思えば、自然というものさえ滅び行く運命の粗悪品に思えてくる。
永遠なるものはない、と人間は気取って見せたが、何のことはない、永遠にははるか及ばない期間しか存在することができなかった。僕達はもとよりロマンに傾倒したりしなかったが、それにしてもその栄華は短すぎた。永遠は、遠すぎた。
ディスプレイの向こうで、煙が上がっている。誰かが、火を起こしているのだ。ついに、人間は活動を開始した。短い栄華の、第一歩。
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