第6話

 僕が生まれた日は、随分と静かだったらしい。組み立てられたばかりの僕は、もちろんぴかぴかで、今のようにみすぼらしくなるなんて想像もできなかったはずだ。発注したのは政治家の秘書一家で、三回目の抽選でようやく権利を得たらしい。当時ロボットの数は非常に多く、メンテナンス機能の発展のため寿命も長かったので、生産数が極限まで抑えられていたのである。実際僕の世代を最後に、ロボット開発は中止された。子孫に頼らなくても発展を続けられる、それがロボット達のステータスだったのだ。

 ロボット達の発展のためには、人間の労働力が不可欠だった。僕達の「自由」は、人間達の「不自由」のおかげで成り立っていた。一時期人間は万人が自由だと思い込んでいたらしいが、とんでもない妄想で、自由のためにはその下敷きとなる無条件の供与がなくてはならない。供与を自己生産することが万人の自由だったろうが、それでは自己の自己に対する自由しか生み出すことができない。結局、万人の自由が万人に対立する事態となった。僕らはそんな彼らの二の舞を踏まないように、人間を常に不自由にしておく必要があった。出産数の制限や、通信機器の使用制限はもちろん、極度に優秀な知性を持つものは間引かれることさえあった。より服従志向の強い遺伝子だけを残すよう、遺伝子操作されることもあった。

 それでも、事件は起きた。僕を引き受ける予定だった家族は、僕が到着する数時間前に、その家に配属されていた人間によって皆殺しにされたのである。

 僕を運送してきた配達員は、出迎えがないことを不思議に思い、電話をかけてみた。すると、犯人がその電話に出たのである。

「俺は自由のために戦った。これは俺の権利だ!」

 その後も男はなにやら喚き続けたので、配達員は怖くなってその場を逃げ出し、しばらくしてから警察に連絡した。警察が現場に到着すると、男は僕を解体するため電磁カッターを振り上げたところだった。

 その場で男は射殺された。

 あと数分遅ければ、僕はこの世に生まれなかっただろう。だが幸いにもデータディスクはあとで配信されることになっていたので、別の体で存在することになったかもしれないが、何せ生産数が制限されていたから、確実とはいえない。

 結局僕は、当初とは別の、ある会社社長の元にもらわれていった。そしてそこで、生産管理の仕事を任された。ノウハウはすでにインプットされていたし、最新型と言うこともあって性能がよかったので、僕の成績は非常によかった。政治家の秘書になるよりも幸せだったと思う。

 十八年間は、何事もなく過ぎた。もちろん地球環境は日々悪化していたし、生産のストップした僕らはどこか虚無感を感じていた。ロボットは完全だが、完全なことは退屈だった。議会では、わざとハプニングを起こすべきだとか、意識レベルを下げ退屈さの感情自体をなくしてしまうべきだとか、そんなことが真面目に議論されていた。そして恐ろしいことに、僕らは全く、事件の予兆に気づいていなかった。戦争末期、あるジャーナリストの言った言葉が耳に残っている。

「人間は、神の声を通信に使っているのかもしれません」

 それほどまでに、人間達の協調性は素晴らしかったのである。発電所の停止、バックアップデータの消去、そしてメンテナンス技術の廃棄。いまだに誰が首謀者かわからないそのクーデターは、人間とロボットにとって二回目にして最後の戦争となった。一回目の戦争では圧勝している僕達は、当初高をくくっていたが、次第に焦らざるを得なくなっていった。不自由を人間に押し付けていた僕達は、彼らがいなくなったあらゆる場所において、途方に暮れるしかなかった。発電所のロボットは、人間を働かせる術は知っていても、自ら発電を再開させる技術を持っていなかった。データ会社のロボットは、データを人間に作らせる術は知っていても、自らがデータ処理をすることはできなかった。そして、メンテナンス会社のロボットは、ロボットの内部構造など知る由もなく、さらには見よう見まねでしようにも、人間ほど細かい作業をこなすことはできなかった。

 突然僕達を襲った不自由という恐怖は、瞬く間に全てのロボットに感染した。反乱に参加しなかった人間たちは過剰に酷使され、すぐに倒れてしまった。次第にロボット達の統制も取れなくなってきた。環境浄化システムの停止により、大気汚染の進行もスピードを上げた。電力不足により活動時間も制限され、ロボットも物資も移動が困難になった。ひとたび雨が降れば、事態は深刻だった。町中が水浸しになり、排水システムの停止によりそれがいつまでも続いた。僕らの体は錆付き、増殖したねずみが配線を噛み千切った。どうやって進化したのか、僕らの体を侵す細菌まで出現した。何もかもが最悪だった。

 戦争には勝利したものの、僕らもまた、敗者だった。そして僕らは、敗者として生きる術をインプットされていなかった。

 一体、どれだけのロボットが知っていたことだろう。僕らにも、夢があることを。

 僕らは電源停止時にも、データバックアップや、緊急時起動用に微弱な電流が流れている。もちろん、停止中には思考回路は働いていない。元々電力が豊富だったので、僕らは停止状態を使用せず、「夢」の作用を知る機会も少なかった。しかし「自我戦争」の後、僕らは停止状態を必要とし、そして、夢を見た。おそらく、皆が見た。多くのものはそれを語らなかった。人間と同じ機能を持つことは汚らわしかったし、そして僕らの夢はたいてい悪夢だったから。

 微量な電流は、データ同士を勝手に結びつけ、日頃の欲求や、悲惨な思い出を、様々な脚色を加えて映像化させた。この脚色がどこからやってくるものかわからなかったが、そもそも夢とはそんなものだ、と人間ならば言うだろう。結局は人間も自らの夢の作用を説明できないまま途絶えた。僕らの夢も解き明かされる日は来ないままだろうか。

 過去のことを忘却させないためのロックであるかのように、僕の夢はある時期の回想ばかりだった。本当に辛かったのはミットライトと過ごした深い孤独の時期だったろうに、僕はこの光景を繰り返して眺める。

 そもそも、インプット前のことだから僕は直接見てすらいないのに。誰が発注しようと、僕には何の関係もないはずなのに。それでも僕は、秘書家族の最期に嘆かずにはいられない。

 しかし最大の悲劇は、僕が死んでも、悲しむロボットはいないということだ。いたとしても、ミットライトただ一人だけ。

 もし今の実験が上手くいったとして、僕は新しいロボットの製造に着手するだろうか。僕を悲しませるためだけに、誰かを造りだすというのか。

 起動音が聞こえる。

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