第5話

 その後も世界は平然としたままだった。ただ、恐竜だけが所々にいるのである。調べた結果、当たり前とはいえ現存した種とは少し違うようだった。無論現存したといっても、僕らが知っているのは恐竜の死骸なわけで、その容姿は人間の想像の産物に過ぎない。今僕らが見ることのできる資料は、科学者達の勝手な選別により残ったものなのである。ひょっとしたら、人間達が闇に葬ってしまった恐竜もいるかもしれない。そのような可能性を考えれば、今回の早すぎる新種の恐竜も、完全なる逸脱とは言い切れないだろう。

 しかし、実験を続けていくにつれて、僕らはもう冷静な分析家ではいられなくなった。一万年も経たないうちに、恐竜の存在は他の生物に決定的な影響を与え始めた。恐竜の持つ耐性が、他の動物に感染し始めたのだ。遺伝子が感染する事実は知っていたが、予想以上の感染率にただただ驚くばかりである。爬虫類たちは巨大化し始め、第二の恐竜へと成長していった。哺乳類のほうは、覇権は爬虫類に明け渡しながらも、地道にその数を増やしていった。そして昆虫や細菌に至るまで、環境に対する驚異的な抵抗力を持つようになったのである。生物達は、高いレベルでの凌ぎ合いを始めなければならなくなった。大地全体が、ざわめき始めているかのようだった。

 これはあくまで、コンピューター内でのデータに過ぎない。しかし突発的な変異種からの遺伝子感染という進化論の一つの仮説は、今まさに僕達の目の前で展開しているのである。回路を流れる電流が、いつもより早くなっているような気がした。人間流に言えば、興奮しているというところか。実際のところ、僕らにもダーウィン進化論を肯定的に受け止める向きがあった。それは、有機物の機能が、偶然によりもたらされたものだとしたい無機物の願いだったのかもしれない。しかしダーウィン説はことごとく証明に失敗した。遺伝子は、まるで意志を持っているかのように、自然そのものに働きかけている。美しい、そう思った。自然は、ロボットに増して機能的だ。実際こうしてロボットがたった二体になってしまった今も、自然は苛酷な環境の中をしたたかに生き抜いている。

「ああっ」

 そして更なる衝撃に、僕は素っ頓狂な声を上げてしまった。余所見をしていたミットライトの首が、ぎぃ、と音を立ててこちらを向く。

「どうしたんだい」

「ひ、人影が……」

 あたふたする僕をわき目に、ミットライトは保存作業を行った。確かに、もし僕の錯覚でなければ、今この瞬間のデータは非常に大事だ。数値がランダムである以上、直前のデータから再生しても同じ結果になるとは限らない。

「一時停止したほうがよさそうだね。まるで、落書きみたいに突飛な世界だ」

 そう、これではまるで酔っ払い(人間はある種の飲み物により思考回路がおかしくなり、こう呼ばれる)の空想だ。哺乳類もまだそれほど進化していないこの時期に、人間が出現できるはずがない。おそらく、ダチョウのような鳥が妙な形になったのだろう、それにしても……

 部屋の中が、いつの間にか暗くなっていた。急に空が曇ってきた。

「一度休もう」

「そうですね」

 僕のブレインは、あの残像をはっきりと覚えている。あれは、人間だ。ロボットの記憶は都合よく合理化はされない。人間とは違って。

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