第21話

 なんとか生き伸びた僕らだったが、雰囲気は重苦しいままだった。僕以外の三人がどんなものを天秤(人間が古代に使っていた計測の道具)にかけて考えたのか、今聞くのははばかられる。しかし、置き去りにしてきたものはあまりにも大きく、重たい。ここまでして守らなければならなかったものとは、いったい何なのだろう。

 一度風雨を抜けてからは、快適とはいえないまでも順調な飛行だった。考えてみれば実際に空を飛ぶのは初めてだった。衛星画像などで見るだけならば何度も経験があったが、実際に空を切る感覚はとても心地いい。ロボットの感覚でも同じならば、戻ってからも体験してみたいものだ。

 フューレンやヴェルタは、そんな空の旅を楽しんでいるわけがない。彼らは同胞を見捨ててきた。無論敵としても、目的の全てを果たすことはできなかっただろうから、痛み分けと考えることもできる。

 争いは歴史の主成分だ。先ほど起こったのは「小競り合い」ぐらいのものだろう。村同士、国同士、民族同士の争いが繰り広げられ、ついには人間と機械の間での争いまで生じた。この世界に降り立って、早速争いに巻き込まれた事実。人間的な感性が、脳内でため息を漏らす。争いがなければ、僕はここに来る必要すらなかった。いや、争いが人間を成長させたという説に従うならば、争いがなければロボットが生まれることすらなかった。

 僕は、この人たちの敵のことは、まだよく分かっていない。正義や良き目的なんてものは、本当にどうでもいいものだ。僕らも、正義を語り、正義におぼれ、正義を蹴り捨てた。正義は油にもならない。

 どこが到達点なのだろう。ぼんやりとそんなことを考える。人間はいずれ滅ぶ。この世界はもっと速く、データが消滅する。それを知っている僕は、これからの過程を悲しいものだと思ってしまう。僕は、明らかにここの住人と共有できるものが少ない。

 風が冷たい。大地が乾いてきた。褐色の大地には、草木もまばらだった。山の斜面は角度も険しい。

「もうすぐだ」

 フューレンの目の色が変わった。機体が揺れる。

「ここが……」

 ヴェルタもここに来るのは初めてなのだろう。大地に目が釘付けになっている。

「あれは……」

 これは、僕の声だ。思わずもれていた。眼下に広がる光景の中に見つけたものが、僕の脳を直接刺激した。データを参照するまでもなく、それが何か、僕は知っている。人間どころかロボットにも解明できなかった、巨大な遺跡。

「地上絵……」

「絵ではない。指示記号だ」

 上空からでもはっきりと形のわかる、矢印や鳥、動物などの絵。古代の人間にどのように描けたのか、ずっと謎とされてきた。上空から観測する技術でもなければ、作成は不可能だと言われてきた。

「誰に、何を指示するんですか」

「一つは、このように飛行機に対してだ。もう一つは、知らない」

「知らない?」

「教えてもらっていない、ということだ」

 これも、族長の集団に属する技術なのか。だとすれば、ここから時代を巻き戻せば、どこかにとんでもない文明が存在するのではないか。

 機体は、矢印に誘導されて降下していく。周囲の「記号」は本当に飛行自体には全く関係がなかった。伝わらなければ記号としては意味がないので、少なくともここにいる三人に向けられたものでないことは理解できる。

「この先には何があるんですか」

「国だ。正確にいえば、首長国。一番偉い人がいるということだ」

「その割には、あまり人影がないような……」

「人がいるところに着陸できるか。飛行場は郊外にあるということだ」

 飛行場という概念の存在に、さらに度肝を抜かれた。現実の人類の歴史では、あと二〇〇〇年はしないとそんなものはできない。

 地上が近づいてくるにつれ、地上絵は視認できなくなっていく。ただの土の様子の違いになり、それすらだんだんとわからなくなってくる。現実世界のものを間近に見たことはないが、きっと同じようなものだろう。

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