第30話

 夜、眠れない時がある。

 ロボットは電源の調整をするだけで確実にスリープ状態になることができる。けれども人間は、体調や環境などに左右されて、目を閉じても心が起き続けていることがあるのだ。そんな時はいろいろと考え事をするとさらに眠れなくなってしまう。

 起き上がり、外に出る。ほぼ丸い月が、夜を明るく照らし出している。人の気配は全くない。ただ、人でない者の気配はあった。

「リード」

 広場の片隅に、ぼんやりとした存在感があった。視覚的にはほとんどとらえられない。ただ、月光が少し、薄くなっているのがわかる。魂も、光を止めるのか、吸い込むのか。

「どうした。緊張しているのか、イェ」

「どうでしょうね。疲れているのかも」

「君はいろいろと隠すのが好きなようだ」

 揺らめくものが、こちらに向いていた。リードの心は、じんわりと染み込んでくるように、僕の真実を暴きだそうとしている。

「でも、貴方も隠していますね」

「ほう。見透かしたとでも言うのかい」

「おそらく。別に僕だけじゃないかもしれません。信じたくない人たちも、本当は気付いているのかもしれません」

 月光を遮る輪郭が、不自然に固まった気がした。僕は、胸の内にあったわだかまりを、ぶつけてみる気になった。

「あなたたちにとって、人間の命はそう重くはないでしょう」

「……」

「僕も同じだから、わかります」

「……君は……」

「そして、あなたも実は星に帰りたい」

「……」

「僕も同じだから、わかります」

 共にすごしてきて、疑問は募っていった。リードやガイストにとって、人間は何なのか、と。彼らは人間が生まれることを望んでいなかったし、それ以前に生物の誕生自体を好ましく思わなかったのだ。にもかかわらず特にその存在を滅ぼそうとしないばかりか、積極的に統率し、文明の発展に加担しているようにさえ見える。恐竜などの存続も、意図的な介入によるものかもしれない。果たしてこれは道義的なことや、情が移ったということで説明できる事態だろうか。

 僕にとって、と考えることで、少しずつ分かってきた。僕にとって人間は別の種類の存在であり、メンテナンスや単純労働をしてくれる便利な存在だった。今となってはいないと困ると思うようになったが、戦争以前にはいた方がいいかもしれない、ぐらいにしか感じていなかった。

 リードたちにとっての人間もそうだったのではないか。確かに争いの火種になる危険性はあった。しかし人間たちが彼らの技術を使いこなせるようになれば、彼らにとっての可能性は広がる。彼らはもともと呪縛を嫌ったのであって技術を嫌ったのではない。人間たちをうまく使いこなす自信があるならば、支配者になろうと考えても不思議ではない。

「君は優秀な、まるでのようだ」

「まっとうな褒め言葉ですね」

 それは、宣戦布告かもしれなかった。リードも僕のことをかなり見透かしている。そのことが、お互いを無理やり信頼させるような、不思議な状況だった。

「私たちは、ずっと悩んでいた。逃げるのが正しい選択だったのか、と。戦うこともできたかもしれない。残してきた者はひどい目にあったかもしれない。もし……もし私たちがあの時より技術力を手に入れたら……もしすでに故郷に人間が残っていなかったら……。そう、考えてしまうものだよ」

「じゃあ、なんで協力しないんですか」

「敵は、敵なのだ、どうしても。それに、まだ時ではない」

 敵は敵。確かにそれは、どうしようもないことなのかもしれない。けれども、説明としては不十分に感じた。

 雲が、月を隠した。闇に包まれた中でも、僕はリードの位置がわかった。

「多くの人が死ぬでしょう。多くの生物も。でも、あなたたちは死なない。あなたたちはいつまでも待てる」

「そうだ」

「あなたたちにとって一番都合がいいのは、そこそこ人間が生き残り、そして敵が屈服する。そういうことですか」

「……そうかもしれないな」

 再び月明かりが当たりを照らし出した時、リードの気配は消えていた。僕の目は、ますます冴えてしまった。



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