第41話
いろいろなことが、つながってきた。僕がその中に組み込まれているのは恐怖するよりないが、この世界の成立は必然で構成されているのだ。
「しかし、あなたも変わらない。人間の命を悼みはしないでしょう」
「それを責められても困るわ。あたしたちにとって、この星の者はどこまでいっても異物に過ぎないのだから」
「……そうですね」
今はその主の多くを失った船。圧政から逃げ出した者たちはこの星に流れ着き、そして飲み込まれたことだろう。太陽光にさらされた者は存在の枠を破壊され、ファラオに戻ることができなくなり、精霊のような存在としてこの地に生きるしかなくなったのだろう。幸運にも太陽光から逃れた者たちは、おそらくアイネに頼って、天蓋を造ったのだ。
「もう少し教えてください。地上絵に描かれた文字は、誰に向けて書かれているんですか」
「……そこまで気付いていたのね。さすがだわ」
「僕が気付いたんじゃないですよ。そう……僕に感染した人が気付いたんです」
アイネの肩が、小さく揺れた。笑っているようだった。
「おもしろいねえ。神様がこんな方だとは思わなかった。
あそこには、こう書いてあるの。『この星はあなたたちの来るところじゃない。帰りなさい』って」
「仲間に向けてですか」
「そうね。もしあたしたちがこの星からいなくなって……また誰かが来ても、迷わないように」
「……信じましょう。それだけだとは、思わないですが」
「ふふふ」
青年が、こちらに近寄ってきた。僕の目の前で、小さくお辞儀をした。
「彼は常々言っていたのよ、創造主様が来たら、あたしのことをよろしく頼みたいって」
「何をしてほしいんですか」
「メンテナンスよ」
「……え」
「あたしたちは、新しくファラオを作り出すことができない。ファラオなしで生きていける星を探すつもりだった。人間が宇宙船を作れるその日まで……その日まであたしがあたしでいるためには、このファラオを維持するしかない」
「修理はできているようですが」
「見かけはどうとでもなるの。創造主様も、細かいことは何も知らないのね」
まるで、最初から僕自身がこの世界に感染してしまっているかのようだった。僕が助けを求めて作ったデータの中で、僕が助けを求められている。
「僕が言うのもなんですが……もっと根本的なことを求めればいいんじゃないですか。あっという間に元の星に戻すとか、この星自体を変えてしまうとか」
「できるの、イェ」
「……する義理はないですね」
「できないでしょ」
「……」
「この子は、そういうところまで感じ取れるの。あなたは、確かにこの世界を造った。でも、この世界を把握し切れていないし、何をどうすればどうなるのか、わかっていない」
「……そんな僕に、メンテナンスができると」
「あなたは船を造り出した。この世界になかったものを、造り出すことができるのよ」
僕は、自らに寄せられる期待に対して冷めていた。そして、そんな自分に気付いてはっとした。僕は、同じことを誰かに期待していたのだ。
「僕は長くはこの世界にとどまれません。確かにあなたたちの歴史を眺めていることはできるかもしれませんが、ただ眺めているだけです」
この世界は、いくつかの実験データの一つに過ぎない。そんなもののために、苦労することは考えられない。
「……そうなの。神様は、世界が正しくあることに興味があると思ってた」
「世界の正しさなんて、そのときにはわからないんですよ。あなたの信じる正しさなんて、今どうこう判断できるものじゃないです」
「でも、もう後戻りはできないの。天蓋は落ちる。大地は、元の姿に戻るのよ」
「そのあとの歴史に、興味は持ちましょう」
思いが、砕かれていくのがわかった。人間の体には空洞が多いが、それ以上にぽっかりと空間が空いてしまったような気がした。
「……そう。この子は、それも予想していたって。結局あたしが頑張らなきゃいけないのね……。まあ、見ていてください。なんとか、乗りきって見せるから」
青年の右目が開いた。その目の輝き、奥に光る物語に、僕は苦笑するしかなかった。あの人にそっくりだ。
帰りたい。切実に思った。僕は、僕の世界で乗り切っていく、それでいいんじゃないだろうか。
「帰ります。機会があれば、また」
「気をつけてね」
無機質な通路に、足音が響いている。このまま、あの家まで……
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